カカオ・ウィナー
ハッピーバレンタイン!バレンタイン限定SSです。
みんなチョコ食べましょう!
「バレンタインにチョコレート?」
「贈らないのか?」
「聞いたことない。だってバレンタインは恋人たちのお祭りって認識だから。チョコレートを食べる認識がなくて」
「そうか……もしかしたらと思ってたけど」
「?」
予想通りと言うべきか、バレンタインはチョコを贈りあう文化はないらしい。チョコ自体は珍しくないが、お祭りに渡すことがないらしい。これは好都合、カズヤはにこにこしながらエレインを見る。エレインは首を傾げてこちらを見ているが、お構いなしにカズヤは話し始める。
「エレイン、せっかくだからチョコレートを使ったお菓子を作ってみないか?」
「お菓子を? いいの?」
「ああ、できあがったお菓子は一緒に食べよう」
「やりたい!」
「うーん、素直」
エプロンを嬉々として着けるエレインをカズヤは微笑ましい顔で見ている。髪を結び、こちらを見つめるエレインを厨房に連れていくと、彼は目を輝かせる。
「なにを作るの?」
「カカオ・ウィナー」
「かかお・うぃなー」
「チョコレート菓子さ、ちょっと難しいけどやってみるか?」
「うん!」
エレインは頷きカズヤの指示を待つ。彼は粉ふるいを渡し薄力粉を取り出す。
「まずは薄力粉をふるいにかけようか」
「これはなんの意味があるの?」
「粉のかたまりを取り除くと同時に空気を入れてふんわり焼き上げるのが狙いだな。口当たりが悪いと食べたいとは思わないだろ?」
「なるほど? 粉をここに入れたらいいの?」
「ああ、そしたらこうやってこれを振るって……」
薄力粉がふわふわと宙を舞う姿は雪のように見え、エレインはじっと見つめる。ほら、と言われ差し出されたふるいを受け取り、カズヤの動きを真似るようにふるいを動かす。こんもりとした山ができあがるとそれらを脇に置き、ココアを同じように振るった。カズヤを見れば、彼は黒い豆なようなものを切り、中身を取り出している。
「それはなに?」
「バニラビーンズ。香りづけだよ」
「香りづけ」
「これを入れたら甘い香りがするんだ。ほら」
差し出されたバニラビーンズを嗅げば、甘い香りがする。嗅いだことのある匂いだと思い出していると、プリンにも使っていると言われ点と点がつながりエレインは納得した。
「他のお菓子にも使うんだね」
「便利だからなぁ」
そう言いながらボウルにバター、卵、塩、粉砂糖、そして先ほど取り出したバニラビーンズを入れ混ぜる。ココアを振るい終え、様子を見ているとボウルを渡される。
「今から粉たちを入れるから混ぜてくれ」
「分かった」
エレインが振るった粉たちを、カズヤはボウルに入れていく。少しずつ生地たちがまとまっていくと、カズヤは絞り袋を取り出し中身を詰めていく。天板にシートを敷き、カズヤは言う。
「さっきの生地をここに絞り出すんだ。大きさはそうだな……これくらいがいいかな」
「やってみるね……うわっ」
力んでしまい生地が勢いよく出てきて慌てるエレインを見てカズヤは笑う。
「難しいよな」
「難しい! もう一回……」
絞り袋に健闘するエレインを視界の端に収めつつ、カズヤはオーブンを温める。この様子だと、予熱が終わるころにできそうだ。呻きながら奮闘しているエレインを横目に調理器具を洗っていると隣からヘルプの声がかかった。洗い終わったら手伝うと声を掛け、カズヤは洗っていたボウルを水切りかごに置いた。
「難しかった……」
「お疲れ、初めてにしてはできてる方だよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
大きさがまばらな生地たちがオーブンに入っていく。
「十二分焼いたら生地は完成だな」
「生地は?」
「そう、生地は」
「あとはなにするの?」
「溶かしたチョコレートに浸けて冷やすだけ」
「じゃあチョコを溶かさないとだ」
「そうだな、でも生地が焼きあがって冷まさないといけないから、やるならもう少しあとかな」
「暇になっちゃったね」
「そうだな。その間ココアでも飲むか」
「飲む!」
小鍋を取り出しココアを作る、エレインはわくわくしながらできあがるのを待った。
ココアを飲み終えまったりしていると、チン、と大きな音が響いた。顔を見合わせオーブンの前に立ち、天板を取り出す。
「わぁ……」
「うん、いい感じにできてる。熱いから触るなよ」
「はーい」
天板を置き、鍋とボウルを取り出す。鍋に水を入れ、コンロに置き火にかけた。エレインはチョコレートをカズヤを見る。
「チョコレートを小さく割ってボウルに入れてくれ」
「これくらい?」
「もう少し小さくてもいいかな」
「分かった」
パキパキと割れる音がする。楽しいのかエレインは夢中でチョコを割り続けた。ある程度割れたのを見計らい、カズヤは沸かしていたお湯を別のボウルに移したあと、同量の水を注ぐ。その上にチョコレートを入れたボウルを乗せ、溶かしはじめた。
「お兄さん、僕やっていい?」
「いいけど気を付けろよ」
「うん」
エレインにヘラを渡し、ボウルを支える。チョコレートを溶かし終えたころには生地たちは冷めていた。
「チョコレートを浸けるんだよね」
「ああ、できたらここにおいてくれ」
「はーい」
チョコを浸した生地を次々に天板に乗せていく。全ての生地を浸け終えると、カズヤはあっと声を上げた。
「しまった……」
「どうしたの?」
「冷やさないといけないけど、保管庫の中身いっぱいだったわ」
「えっ」
予想外の一言に思わず声を上げる。カズヤはうーんと唸ったあと、天板に視線を向け、頷いた。
「よし、食べよう」
「えっ」
「そのまま冷やすのは難しいし、いっそのこと食べたほうが早い」
「お兄さんたまに強引になるよね」
「まあまあ、ここに置きっぱなしでほこりがつくよりはマシだろ?」
天板を持って厨房から出ていくカズヤに、エレインは苦笑しつつもついて行った。
「と、言うことでカカオ・ウィナーの完成だ」
「わーい」
エレインは小さく拍手をし、完成したカカオ・ウィナーを見つめる。艶やかなチョコレートが目を惹く。一つ手に取り口に放り込めば、ココアがバニラの香りを携えてやってきて、笑顔になる。かかっているチョコレートは苦い、だが生地が甘いため食べられないわけではない。むしろ柔らかいくらいだ。もう一つ、もう一つと伸ばす手が止められない。そんな彼の姿が微笑ましいのか、カズヤはコーヒーを飲みながら見つめていた。
「美味しかった!」
満足げに笑うエレインの頭を撫でる。髪が少し崩れてしまったのでエレインは結び目をほどいた。
「ところでお兄さん」
「んー?」
「バレンタインにチョコレートを食べる意味って?」
「ふっふっふ」
ニヤリとカズヤは笑う。
「エレイン、好きな人にチョコレートを渡して告白をする……ってのはロマンチックじゃないか?」
「そう? 好きな人がいないからあんまり……」
「まあ待て待て、他にもあるぞ」
「どんな?」
「例えば自分のご褒美としてチョコを食べたり……」
「あ、それはありかも。でもチョコレートなら食べられるよね?」
「……そこにバレンタイン限定のチョコレートがあったら?」
「!?」
「バレンタインの時にしか出ないチョコレート、とかさ」
エレインの動きが止まる。カズヤが言いたいことを察したのだろう。想像してしまったのか、ごくりと大きく喉が動いた。彼はカズヤの目を見て真剣な顔で見つめたあと、ゆっくりと頷き、言う。
「最高かも」
「だよな! 俺はバレンタイン限定のチョコが食べたいんだ! 実際の理由は気にするな! この文化を広めて美味しいチョコレートが食べたい!」
そう高らかに言う彼はすがすがしく見えた。
「ということでだ。エレイン、協力してくれないか!?」
エレインはグッと親指を出して微笑んだ。
「任せて! 僕はなにを描いたらいい!?」
「さっき食べたカカオ・ウィナーを描いてくれ!」
「分かった!」
画材を取りだすエレインを見てニヤニヤが止まらない。上手くいった、あとはバレンタイン文化を広めるだけだ。バレンタイン限定チョコを想像し、変な笑い声をあげてしまう。いつもなら鋭いツッコミを入れるエレインだが、絵を描くことに集中していて気付かない。カズヤは今後のことに期待を膨らませ、高笑いをした。
「……やっぱり連れてくる人間違えたかしら」
様子を天上から見ていたマーシャは心配そうにつぶやいた。
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