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異世界転移は突然に

今回はカズヤ視点のお話。

 ──扉を開けたらそこは知らない世界だった。


 なんて有名な小説の冒頭をパロディした一文が頭に浮かんだ。意気揚々と買い出しを行こうと店の扉を開けたらこれだ。どこだここ。自分は東京に住んでいたはずなんだが。目の前で見えている光景は夢だろうと思い、カズヤは一度扉を閉める。深呼吸して扉を開けるが景色が変わらなかった。


「えぇ……」


 どうしたらいいか分からず漏れ出た声は空に消える。その場で狼狽えることしかできないカズヤを街ゆく人達は怪訝そうな目で見つめていた。こればかりは仕方ない。おろおろしている人がいたら誰だって不審に思う。カズヤは慌てて扉を閉め、ずるずるとその場に座り込んだ。


「何がどうなってるんだよ……試作作る予定だったのに。頼む、買い出しに行かせてくれ……」


 項垂れていると突然強い光が現れ、反射的に目を瞑る。やがて光が落ち着きゆっくりと目をひらけば、緩いウェーブの金髪に雪のように白い肌をした一人の女性がカズヤに微笑んでいた。その瞳はルビーのように紅く、思わず見蕩れてしまう。彼女は優雅に礼をするとカズヤに声を掛ける。


「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう?」


 ごきげんようって言う人いるんだ……なんて見当違いなことを思いながら返事をする。彼女は柔い笑みを浮かべカズヤに目線を合わせた。いい香りがして思わず顔が赤くなる。


「突然のことで混乱していると思われたので説明をしに来ましたの」

「は、はぁ……」

「結論から言いますと、この世界の食文化を私の治める世界に広めていただきたいのです」

「ごめんなんて?」


 突拍子な一言にカズヤは背後に宇宙を背負った。カズヤは猫ではない。だがワケの分からないことには人一倍敏感だった。ぽかんとしていると彼女はぷんぷんした様子でカズヤを見ている。


「ですから! この世界の食文化を広めていただきたいのです!」

「いやちょっと待って? 君が治めてる世界って何? なんで俺が選ばれたの? というか君誰!」

「質問が多いですこと」

「君のせいだけど!?」

「落ち着いてくださいな。私はマーシャ。とある世界を治めている神です」

「神? え、この人電波?やばい警察案件かもぉ!」


 不法侵入されていると通報しようとしてスマホの画面をタップするが、圏外と表示されいる。カズヤは遠い目をした。自分は本当に知らない世界にいるようだ、と。先ほど見た人達も近代ヨーロッパ辺りを思わせる服装をしていた。異世界転生じゃなくて異世界転移かよ。カズヤは頭を抱え呻く。てかこの人本当に女神?


「あのさ、やってること誘拐だからね? 神様だからってなにしても許されると思うなよ?」

「そうは言われましても、神って自由奔放なものですから。人間を振り回すのは仕方のないことでしてよ」

「今全世界の神敵に回したって絶対」

「あら、うふふ」


 話が進む気配が見えない。この人本当に神か? とカズヤは疑いの目を向けるが、マーシャはのほほんとしている。


「はぁ……もういいよ。それでその食文化を広めるってのはどうすればいいの?」

「協力してくださるのですか!」

「じゃあ敢えて聞くけど俺のいた世界に返してくれるの?」

「無理です」

「それ協力せざるを得ないって言うんだわ」


 誰かこの女神(仮)シバいてくれないかな。カズヤは思った。


「そうですね……私の世界は食文化が停滞しているんです。あなた様の世界で分かりやすく言うのなら食事のレベルが19世紀なんです」

「19世紀って言うと江戸時代か……ん? その辺ならある程度食文化は固まってきてるんじゃないのか? ローストビーフとかあるはずだが」

「いいですか。19世紀レベルと言っただけで実際はかなり酷いです。野菜は茹でるだけで肉や魚は焼くだけ……いえ魚は違いましたね。魚は酢漬けすることがありますが味がきつくて食べられるものではありません。そもそも揚げるという概念がないのです」

「うーん、聞いてる限りかなり質素だな」

「良くて質素、悪くて壊滅的ですよ。それであなた様の世界の料理をぜひ作っていただきたくて」

「事情はわかった。でもどうして俺なんだ?」

「それは……その……」


 マーシャは恥ずかしそうに身体をくねらせながらカズヤを見る。なんだその動きは、ツッコミたかったが話が進まなくなりそうなのでなんとか堪えた。


「放った矢に刺さったのがこのお店だったので転移させていただきました。矢が変な方向に飛んで行ったので焦りましたが無事刺さって良かったです」

「そっかー、もしかして俺生贄かなにかだったりする?」


 思わずでた言葉だが許して欲しい。これくらい言わないとメンタル保たないんだわ。カズヤは目の前で照れているマーシャに菩薩の笑みを浮かべた。マーシャはカズヤの顔を見て良くない空気を感じ取ったのか、こほんと咳払いをして話を続けた。


「こちらの都合であなた様に話もせず連れてきたのは事実。ですのであなた様の望みを叶えましょう」

「へぇ、例えば?」

「そうですね……よくあるのは最強になりたい、とかでしょうか?」

「うーん、別に強くなりたいわけじゃないしな……」


 なんだかんだ文句を言ったがせっかくの異世界だ。平穏に生きられるのならそれでいい。カズヤはうんうん唸りながら自身の望みを考える。ふと思う。カズヤ一人でこの世界に来たのかと


「今思ったんだけど、この世界に来たのは俺だけ?」

「いいえ、この建物ごと転移させました。だって住む所がないと困るでしょう?」

「変なところで気を遣うなこの女神。でもちょうどいい」


 それならば話が早い。カズヤは立ち上がりカウンターに向かう。彼に倣いマーシャも立ち上がると慌てた様子で後を追った。厨房に入り、道具を点検しながらカズヤは言う。


「望みを言うよ。まず一つ目、しばらく俺が生活できる資金を用意して欲しい」

「それは構いませんよ。一生遊んで暮らせるレベルの資金を用意しますね」

「ほどほどにしてくれ……。二つ目、この世界で会話や読み書きができるようにして欲しい。これくらいかなぁ」

「その二つでよろしいのですか?」

「ああ、あとは俺の実力次第だからな」

「実力?」

「この世界で喫茶店を開くことにするよ」

「本当ですか!」


 マーシャはカズヤの両手を握りぶんぶん振り回す。


「ありがとうございます! あなた様ならきっと食文化を広めることができますわ!」

「ほどほどにやらせてもらうよ。それに喫茶店を開くのは俺の夢だったし」

「それは素敵なことですわ。店の名前は決まっておりますの?」

「うーん……」


 カズヤは腕を組み考える。実はまだ決まっていないのだ。インパクトのある名前がいいよなぁ。在り来りな名前だと客が来ないかもしれないし。


(そうだ、この世界から見れば自分は異世界人なわけだ)


 ならば名前に「異世界」を入れたらみんな興味を引くかもしれない。


(異世界喫茶……ふふ、いい名前かもしれないな)


 名案だ。異世界喫茶にしよう。カズヤは頷きマーシャに言う。


「今決まったよ」

「なんて名前にしましたの?」

「異世界喫茶」

「……」


 途端に苦虫を噛み潰したような顔をするマーシャ。きょとんとしていると彼女は目を伏せ言った。


「……もう少し検討した方がよろしいかと」

「えー!」


 結局カズヤが「俺がオーナーだから!」という暴論で押し通し店の名前が「異世界喫茶」になったのはここだけの話である。


 転移させる人間違えたかも、マーシャは少し後悔した。

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― 新着の感想 ―
 ようやく異世界喫茶の”異世界”のネーミングに迫るエピソード5ですね。そして前々から仮説としてカズヤの人種は、ここで日本人と分かる。(東京の人でしたか、それは推測できませんでした。あっぱれです!!) …
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