ミックスジュース 3
ミックスジュースは次回で終わりです。
レントの章ももう少しで終わります。彼の選択を、見守っていただけると嬉しいです。
「親父、話があるんだけど」
「またその話か。前にも言ったが俺は認めんぞ」
実家に戻ったレントは父親に話をしに行った。相変わらずの態度でレントはため息を吐きたくなったが、今言いたいことはそれではない。こちらを冷たく見つめる彼をレントも負けじと見つめ返す。いつもとは違う様子に、父親は少したじろぎながらも彼み視線を向ける。以前まで彼が見せていた迷いは瞳の中にない。父親は少しだけ、寂しさを覚えた。
分かっていたのだ。自身がそうであっただけで、息子は違うことに。目を逸らしていた現実が、今なのだと突き付けてきた、それだけの話だ。親の心子知らず、子の心親知らず。上手い言葉があるものだと父親は小さく笑い、息子に声を掛ける。
「……本当にやりたいことなのか」
「え、あ、ああ……」
急に変わった父親の態度に、レントは困惑する。当たり前だ。先ほどまで認めないと言っていたのに、急にがらりと違うことを言い出すのだから。
(もしかして、今ならいける?)
話を聞いてくれるかもしれないと小さな希望を見出したレントは話を続ける。
「時間はかかるかもしれないし、迷うこともあると思う。でも俺は役者として舞台に立ちたいんだ」
「……舞台に立つだけでいいのか?」
「え?」
「役者を名乗ることがは誰にだってできる。お前は役者になって、どうしていきたいんだ」
「俺は……」
父親の質問に、言葉が詰まる。彼の言う通り、役者になってからのことなど考えたこともなかったのだ。まずは舞台に立つ、それだけを目標にしてきたレントにとって、父親の言葉は目から鱗だった。
「だが」
父親が言う。
「俺がそれを聞く資格はないな」
「……」
そう呟く父親がこちらを見る瞳は悲し気で、思わすあ、と小さな声が漏れた。彼はこちらにやってきて手を伸ばし、レントの頭を撫でる。その手つきは優しく、とてもあたたかい。
「お前がそこまで言うなら止めん。だが俺は認めはせんからな」
「……!」
「俺に認めさせたいなら、それ相応の努力をしろ。今のお前に一番足りないものだ」
そう言って去っていく父親の背中は小さく見えた。レントは父親の言葉を思い返し、撫でられた頭に触れる。久しぶりに撫でられた気がする。レントは泣きたくなる気持ちをぐっと堪え、頭を下げた。
父は曲がったことが嫌いな人だった。何かを頼んでも、自身が納得しないと動かない。レントはそんな父親が苦手だったのだと思う。だが、父の行動は最初から一貫していた。そんな父親から逃げていたのは自分だったとレントは今更ながらに気づく。と、同時にちゃんと向き合おうと勇気を出せたのだと思えた。それはもちろん、相談に乗ってくれたみんなと、このきっかけを作ってくれたヴィクトリアもおかげだ。自身の行動を後押ししてくれた人たちのことを思いだし、レントは一人、その場で頭を下げ続けた。
「珍しい。認めるなんて」
「……覗き見は感心せんな。それに俺は認めとらん」
「素直じゃないねぇ」
掃除をしていた母親の手が止まる。ねえお父さんと彼女は言ったあと、彼に質問した。
「……私たちがしていたことは、間違っていたのかねぇ」
「間違ってはない。俺達がしていたのも、一つの愛情だ」
「そうかい? でも心配だよ、あの子が役者になるなんて」
「心配なのは俺もだ。だが……」
「なんだい?」
「あいつがあそこまで何かをやりたいって言ったことなんてなかったからな」
「……そうだねぇ。いつもこの宿を継がせるって言い聞かせてたから、言いたいことが言えなかったのかもしれないね。お父さん、気づいてたかい?」
「何をだ?」
母親はニッと笑うと扉の方に視線を向けた。
「あの子の部屋に置いてある本にたくさん注釈が入ってるんだよ。それに図書館で借りてくる本は舞台化したものや、戯曲が多かったのさ」
「……」
「あの子は本当に舞台に立ちたいんだね」
「……ははっ」
自身の知らない息子の姿と、母親だけが知っていた事実に笑いが出る。レントの夢は物心ついた時からのものだったのだ。
自身はいつもそうだ。他人を見下し、何事も否定から入る。若いころは何かになれると信じて夢に向かって頑張っていた時もあった。だが叶わないと分かった途端、すぐに諦めて家業を継いだ。周りに目を向ければ、自分ができなったことを成し遂げた人たちがひどく羨ましく感じ、自身が進んだ道が正しいと言い聞かせ、平穏を保つことしかできなかった。そう思わないと、自身が惨めに見えてくるからだ。レントにそうなって欲しくない。本心からの行動だったが、レントにとっては負担だったに違いない。話を持ち掛けた時の瞳を思い出し、笑う。あの子はきっと、諦めず「前に進んでいくだろう。
自身の心を落ち着かでるように天上を見つめ、瞼を閉じる。涙が頬を伝ったが拭う気持ちにはなれなかった。
「……負けるなよ」
そう呟く父親の声は、かすかに震えていた。
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