ミックスジュース 2
レントは二人を見つめ、小さな声で質問した。
「二人はさ、両親……特に父親なんだけど、どう話をしたら納得してくれると思う?」
「え?」
イリーナは聞き返し、彼の顔を見た。初めて見る表情に二人はなんて声を掛けたらいいか分からない。レントは小さなため息を吐くと、その場に寝転がった。エレインは彼の顔を覗き込み、イリーナは考える仕草をする。レントは流れる雲を見つめながら話を続けた。
「前に両親と話したんだ。役者になりたいって」
「反対された?」
「そりゃあね」
「……まぁ、だいたいの父親ってそうだよね」
「イリーナはさ、教師になりたいって思った時どうやって両親説得したの?」
「え、してないよ?」
「え?」
彼女の言葉にレントは思わず起き上がる。彼女は困った顔で笑うと、レントと同じように寝ころんだ。当時のことを思い出しているのか、イリーナの声に棘が入っていた。
「だって話聞いてくれないんだもん。なら説得するより成果出した方がよくない?」
「……そうだった、イリーナはそうだよな。うん」
「何よ」
「なんでも」
「というか、そういうのはエレインに聞いた方がいいんじゃない?」
「え、僕!?」
話を振られたエレインが驚いた声を出し、二人に視線を向ける。レントは眉を顰めつつイリーナに視線をやり、イリーナは手をふらふらさせながら言った。
「だってブランさんとどう話そうか悩んでたでしょ? レントの悩みに答えやすいかと思って」
「えぇ……でもお姉さん。僕失敗してるし上手く答えられないと思うよ」
「いいのよ、失敗は成功のはじまりなんだから」
「うーん」
エレインは視線を彷徨わせたあと、二人と同じように寝転がった。風が頬を撫で、エレインはカズヤのことを思い出す。えーっと、と前置きしたあと、ぽつぽつと話し始めた。
「僕は説得というよりは、言いたいことをとにかく伝えた……かな。説得はしたくても上手くできないと思ったし、言うだけ言おう! ってなったから……」
「……エレインってブランさんと仲悪かったんだ」
「んー……悪かったと言うか、分からなかった」
「分からなかった?」
「僕って生きてていいのかなあって」
エレインがだした言葉にレントは息を呑む。小さな子ども──自分よりも年下の子ども──が言うなんて思わなかったのだ。この時レントはエレインのことを幸せな子どもと思っていた。彼の趣味に理解のある父親と環境を手にしている彼に不満などないと。そんな彼から人生を諦めたような言葉が出るなんて。衝撃が強すぎて黙ってたが、エレインは気づいていない。
「僕が話をしようって思えたのはお兄さんたちのおかげかなって」
「マスターの?」
「うん、お兄さんが話を聞いてくれたから安心できたというか。お父様たちが話を聞いてくれなくても、お兄さんがいたから一人じゃなかったって言うか……」
エレインの言葉でレント自身もカズヤによく話していたのを思い出した。彼はこちらの考えを尊重した上で意見を言ってくれる。寄り添ってくれる人が近くにいるだけですごくありがたかった。
二人に対してもそうだ。こうして悩みを聞いてくれる友人が近くにいることが嬉しかった。心の内を出せる存在がこんなにも心強いとは思ってもみなかったのだ。それはきっと、レントが夢に向かって頑張りたいと動いたからだろう。考えているうちにはなしが終わったのか、上手く言えなくてごめんねとエレインが笑う。レントは顔を横に振り、感謝の言葉を伝えた。
「ううん。参考になったよ。ありがとうエレイン」
「ほんと? 力になれたなら良かった」
照れくさそうに笑うエレインの髪を優しく撫で、レントは瞼を閉じる。今日三人と話して分かったことは、みんな自分なりに考えて動いた、それだけだった。だがその事実がレントの心の中にあるモヤを晴らしてくれた気がした。レント自身も拙いながらも自分なりに動いているのだ。その事実が揺らぐことはないし、臆病だった自身が唯一、胸を張って言えることなのだ。
周りに何を言われても諦めないイリーナ。自分の思いを拙くも告げたエレイン。そして一人でできることをして、喫茶店を開いたカズヤ……レントの中で最適解とはいかなくとも、道が見えた気がした。それは細くすぐに途切れてしまいそうな道だが、レントはそれが輝いて見えた。
──大人というのは、感謝を忘れない人のことを指すと私は思っています
かつて言われた言葉を思い出す。当時はよく分からなかったが、ほんの少しだけ、その言葉の意味が分かった気がした。
「イリーナ、エレイン」
二人がこちらを見る。顔を動かすたびに草が頬に当たりくすぐったい。レントは軽く頬を掻き、軽快な動きで起き上がった。
「ありがとな」
微笑む彼の姿はいつも通りで、イリーナとエレインは互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑った。嫌な予感がしたレントは後ずさるが時すでに遅し。二人が距離を詰め、へへ、と笑った。
「レントも素直になることあるんだね」
「ねー」
からかう気満々の二人の頭に軽くチョップを落とし、立ち上がる。叩かれた二人は悶えつつレントに抗議の声を上げたが無視した。そんな二人に呆れつつも、レントは笑う。
それは悩みを感じさせない、すっきりとした笑顔だった。
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