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カルボナーラ 4

お久しぶりです。やっと更新できました……。

カルボナーラ、いいですよね。本日のお昼にいかがでしょう?

 翌日、レントは目を覚ます。ゆっくり起き上がると窓から刺す光に目を細めた。外を見れば日が高いところにあり、だいぶ眠っていたらしい。外を覗けば両親との会話を思い出し、沈んだ気持ちで部屋を出る。両親に会いたくない。思いが行動に出るのか、一歩一歩が重い。廊下を歩く音が、喧騒の中に消えていく。扉を開ければ両親は忙しそうに掃除をし、接客をしていた。レントはそんな二人の姿に目をやりつつ、裏口から実家を飛びだした。


 とはいえどこに行こうか。自身の横を通り過ぎる人たちを見送りながら考える。ぼうっとしていると肩を叩かれた。振り返ると荷物を持ったカズヤがそこにいた。どうやら買い物帰りらしい。いつもは喫茶店にいるはずの時間にここにいると言うことは、今日は休業らしい。


「おはよ」

「おはよーございます……」


 ニカっと笑うカズヤの顔を見て、レントは思わず涙を零す。突然の涙にカズヤはぎょっとし、慌てた様子で声を掛けた。


「どうした?」

「いや、なんか、マスターの顔見たら安心しちゃって……」


 なんなんすかね、と言う彼の声に覇気がない。カズヤもこちらの様子を窺っているのか、黙ってレントを見つめている。周りのざわめきがその場を覆いつくす中、二人の間だけはただただ静かな時間が流れていく。二人はどうしたらいいのか分からず、ただ立ち尽くすほかなかった。


「あーっと……」


 どれくらいの時間が経っただろうか。ざわめきが小さくなってきた頃、カズヤは小さく聞いた。


「……うちに来るか?」


 レントはその言葉に小さく頷いた。


「適当に席についてくれ」

「……っす」


 いつもの席について店内を見渡す。壁に掛かれた絵を見ながら、ここに来ることが多くなったのだなと感慨深くなった。様々な黒で描かれた絵、イリーナをモデルにした穏やかな絵……ここに飾られている絵たちを見ると、少し安心感を抱けた気がした。あくまで気がした、なので実際のところはレントにもよく分からないが。


「なにか飲みたいものとかあるか?」


 カズヤの質問に顔を横に振って答える。彼はそうか、と返事したあと水が入ったグラスを目の前に置いた。一口飲めば、乾いていた口内が潤っていく。ほっと一息つけたことでレントははじめて自身が緊張していたことに気がついた。対面にいる彼に視線を向ければ、彼は先ほど買っていたものを片付けている。


「何買ったんすか」


 気が付けばそう質問していた。アッと思った時にはすでに遅く。質問されたことに気づいた彼はああ、と手にしているかたまりを見せ嬉しそうに言った。


「いい干し肉が手に入ったんだよ」

「干し肉?」


 干し肉に良いも悪いもあるのだろうか。疑問を抱いていると彼は得意げに話を続けた。なんだか


「これは豚バラ」

「豚バラ?」

「聞いたことない? 肉に部位に名前があること」

「聞いたことはあるけど、料理とかしないからわかんない」

「じゃあ一つ賢くなったな。これは豚バラの干し肉、豚のあばら骨当たりの肉だな」


 人間で言うとここ、と自身の体を指さして教えるカズヤをレントは黙って見ている。彼はそれを片付け、カウンターから顔を出す。彼の黒い瞳と目が合う。


「なんでこれがいいか気になってるだろ?」

「え、あー、まあ……」

「今からその理由を教えるよ。ところでご飯は食べたか?」


 ご飯と聞いてレントのお腹がぐぅ、と答えるようになった。恥ずかしそうにするレントの頭を撫で、カズヤは言う。


「今から作るから待っててくれ。グラスが空いたらそこにあるやつから淹れていいから」


 厨房に引っ込む彼を見送ろうとして、ねぇと小さな声で呼び止めた。彼が振り返る。


「俺も一緒に作っていいか?」


 カズヤはきょとんとしたあと、嬉しそうに頷いた。


 カズヤの指示に従い、パスタを茹でる。ぐつぐつと湯が沸く音を聞きながらレントは悩んでいた。彼に昨日のことを話したら彼はなんて言うのだろう。寄り添う? 突き放す? 憐れむ? いや、彼のことだ。ひどい言葉は言わないだろう。鍋を混ぜながら考え込んでいると、背後から声が掛かる。


「なにかあったのか?」

「……まぁ」


 どう言えばいいか分からず口ごもるレントを、カズヤは黙って待つ。こういう時、無理に急かしてはいけないことをよく知っていたからだ。彼が話したくなったら耳を傾ければいい。切ったばかりの干し肉をフライパンに入れ、軽く炒めていると、背後から深呼吸が聞こえた。どうやら話す気になったらしい。


「昨日、さ」

「ああ」


 聞くことに意識を傾いていることが分かれば、彼はきっと話しにくくなるだろうから、作業の手は止めない。


「両親に話したんだ。役者になりたいってこと」


 茹で上がっていくパスタに視線を向けたまま、レントは話す。


「そしたらさ、案の定反対されたよ。あんなちゃらちゃらしたもんになるなってさ」

「……」

「俺には安定した生活を送って欲しいんだってさ。そのために今まで導いてたんだって」


 息が詰まる。言いたいことはたくさんあるのに、悔しさがやってきてうまく言えない。頬がほんのり温かい。レントは目を擦り、口を無理矢理開く。どうしても、彼に聞いてほしい。


「でもさ、俺そんなこと一言も言ってないんだよね」


 震えた声で話す彼の表情()はカズヤには分からない。干し肉を焼く音が続きを話すよう促している気がして、レントは答えるように鍋の火を止めた。


「結局は両親の理想を、押し付けられていただけなんだよね。親父たちが見ていたのは俺じゃなくて、世間体だったんだなって思うとすごく悲しくてさ」


 どう親父たちと向き合えばいいか分かんないんだよね。悲しそうに話す彼の様子にカズヤは眉を下げる。レントの気持ちは痛いほどわかる。夢を応援してもらえないのは辛いし、決まったレールに従うままの人生は嫌だ。


「……レントはどうしたいんだ?」


 パスタを鍋から上げフライパンに入れる。用意しておいたソースと炒めておいた干し肉を入れ混ぜながらカズヤは話を続けた。


「俺が考える選択肢としては三つ」


 出来上がっていくカルボナーラを皿に入れ盛り付けていく。チーズの香りが、レントの鼻孔をくすぐった。


「一つ、両親の説得。二つ、説得を諦める。最後に、落とし所を両親と作る。俺が浮かぶのはこれくらいかなぁ」


 カズヤの言いたいことは分かるが、レントは納得しきれない。両親を説得しようとしてできなかったし、決められた道(レール)に沿って歩くなんてもっと嫌だ。なら最後の選択が一番可能性がある、だがあの二人がこちらの意見を飲み込んでくれるのだろうか。


「夢は?」

「え」

「諦めるのか?」


 そう聞くカズヤの声は固い。こちらを見つめる彼から視線を逸らしたくなるが、目が離せない。彼は視線を逸らした阿智、フライパンを洗いながら言う。


「話を聞く限り、諦めたくないように思えるけどな。俺は」

「……そりゃ、諦めたくないよ」


 カズヤに背中を押されたとはいえ、ここまでやってこれたのだ。舞台に立てなかったとしても、自分が納得するまでやり切りたい。夢を諦めるっ選択肢は、レントの中になかった。レントの返答を聞いたカズヤは、ふっと息を吐く。


「はい、これ」


 カズヤはカルボナーラを差し出す。話を中断されて眉をしかめたが、言いたいことはあるだろうが、先に食べようと彼が微笑むので従う。事前に用意されたカトラリーを手に取り、一口食べる。最初にチーズのインパクトが強く、レントは目を瞬かせた。しかしそれは一瞬のことで、干し肉の塩っけがパスタと上手く絡んでいるのもあって深い味わいとなっている。干し肉を噛めば噛むほど塩味が増し、小麦の風味がチーズに負けていないのがすごい。卵が全体的に柔らかくし、一見喧嘩しているように見えて上手く馴染んでいるのはさすがというべきか。感心しているとカズヤがぼそりと呟いた。


「これ、干し肉の塩っけが強いのを卵がカバーしてるから馴染めているんだ」

「……そうなんだ」

「これがいいって言った理由は、この塩っけの強さだな。カルボナーラにはちょうどいい」

「へぇ」

「ここに焼いておいた干し肉がある」

「食べろってことね」


 いったいいつ用意したのか気になったが、何も突っ込まずにそのまま干し肉を食べた。途端、強烈な塩味が広がり、水を求めて立ち上がった。カズヤがグラスを差し出し、勢いよく受け取って飲み干す。塩に支配されていた口内が落ち着きレントはほっと一息ついた。


「どうだ?」

「これだけで食べろって言われたらちょっとご遠慮願いたいレベルかな!」


 いつもの様子に戻ってきたレントを見てカズヤは笑う。あまりに大きな声で笑うものだから、レントは気恥ずかしそうな顔をして、ごまかすようにカルボナーラを食べる。


「料理って言うのはいろんな食材が混ざってできるだろ?」

「? うん」

「一つの食材が強いとバランスが崩れてしまう。だからこうやっていい塩梅を見つけていくんだ」


 実際これは美味しいだろ、とカズヤはカルボナーラを見せる。咀嚼していたものを飲み込んでレントは頷いた。美味しいことには変わりはない。だが彼の言いたいことは分からなかった。


「両親を説得できなくて悔しかったか?」

「……うん」

「そうだよな。でも昨日のレントはよく頑張ったよ」

「そう、かな」

「そうさ、前は話をするのも嫌だったんじゃないか?」

「……」

「図星か」


 分かりやすく反応するレントに目を細め、カズヤは頭を撫でた。


「ちゃんと両親にやりたいことを伝えれた。そこは認めてやれよ」

「……っす」

「まぁ、言葉での説得が難しいなら、他の方法を試してみればいい」

「例えば?」

「レントの両親のこと知らないからこれ以上言えない。それはレント自身で見つけるしかないな」

「えー」


 不満気な声で言うレントを見て、カズヤは初めて老紳士の気持ちが分かった気がした。軽快に笑い皿を片付けるために立ち上がり、背を向ける。そして一言、応援の言葉を告げた。


「後悔のないように頑張れよ。レントならできるさ」

「……おう、ありがと」


 そう返す彼の声はどこかすっきりとしていた。

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