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カルボナーラ 3

カルボナーラは次回でおしまいです。

苦しい展開が続きますが見守っていただけると嬉しいです。

「俺がいつそうしてくれって頼んだよ!」


 レントの叫びに二人は黙る。母親が声を掛けようとこちらに手を彷徨わせ、父親は息を飲んでレントを見た。初めてだった。彼がこんなに声を荒げたのが。いつもこちらの言うことを聞く素直な子だったはずなのに。いったい何がこんな風にさせたのか、二人は息子の変わりようにただただ困惑するほかなかった。


「俺のこと俺のことって……親父たちが大事にしているのは俺じゃねえ」


 聞きたくない、二人は次にくる言葉を察し彼を止めようと口を開きかけた。が、レントの勢いは止まることなく、彼は思いを口にする。それは残酷で、言ってはならない言葉だった。


「親父たちが気にしているのは世間体だよ!」

「レント!」


 母親は思わず叫び、父親は体を震わせながらまた机を叩く。しかし彼が音にビビることはない。こちらを見つめる瞳は怒りに満ちており、少し腹ただしかった。自分がどれだけお前のために尽力したと思っている。出かかった言葉を飲み込み、父親はレントを睨みつけた。


「もういい! お前に期待した俺がバカだった! 勝手にしろ!」

「ああ! 勝手にやるよ!」


 レントは机を叩いて部屋を後にする。力強く閉められた扉を二人は見つめ、ため息を吐いた。


「どうしてまた役者なんてちゃらちゃらしたもんなんかに……」


 小さくこぼす夫の姿に妻はおろおろとするばかり、レントの言いたいことも分からないわけではない。あの頃の年頃の子は理想の高い夢を持ってしまうのは致し方ないことだ。だが叶わないと分かってしまったら? ただでさえ厳しい道なのに、これ以上自分を苦しめてどうする。

 夫がそうだった。彼が夢を諦めた時のことは忘れられない。あの時の彼は目の前からいなくなってしまいそうな危うさがあった。彼を引き留めようと必死に支えたことは今でも覚えている。


 ──もし息子が同じ目に遭ってしまったら?


 叶わなかった時の最悪の展開を想像し、震える体を抱きしめ、隣にいる夫に目を向けた。何を考えているか分からない彼を見て彼女は視線を落とし祈った。どうか息子が、変な道に向かいませんように、と。


 理解できなかった、なぜ息子があそこまで反抗してきたのか。自身もかつては夢を持っていたが、破れて家業を継がざるを得なかった。この生活が悪いわけではない。安定した生活を送れば誰だって幸せになれる。そう、信じていた。

 だが、この胸に残るしこりのようなものは何なのだろう。レントの言葉が頭から離れない。いや、分かっているのだ。息子をかつての自身とか重ねていることに。そんなことをしたって意味がないと言うのにあの子は自分の理想とかけ離れたところに進んでしまう。

 息を吐き、立ち上がる。今はこれ以上何も考えたくない。父親は寝室に妻に一言告げ、寝室に引っ込んだ。残された妻は一人、自身の影を見つめ、震える両手を押さえるように握りしめた。


 自室のベットに寝転がり、レントは小さく悪態をつく。どうして理解してくれないのだろう。どうして自分だけが夢を持ってはいけないのだろう。どうして……疑問は尽きることなくレントの脳内をぐるぐる回っている。聞いてもらえないとは思っていた。世間体を気にする父親と、そんな父に従う母親。結果は火を見るよりも明らかだ。でも、ほんの少しだけ、聞いてもらえるのではないかと期待していたのも事実。

 本当は応援して欲しかった。両親だからこそ、自分の言葉に耳を傾けて欲しかった。なのにどうして。


 考えれば考えるほど涙が溢れてくる。レントは自分が惨めに思えた。言いたいこともちゃんと言えず、両親の顔色を窺ってばかりの自分。イリーナやエレインのように自分のやりたいことに突き進む勇気がない自分。自身の価値が分からなくなってきたレントは瞳を閉じ眠りにつく。


 頬を伝う雫が冷たく感じた。

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