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グラタン 2

「合格したのか! おめでとう!」

「ありがとう……受かると思わなかったけど」


 喫茶店に着いてカズヤに報告すると、祝福の言葉を貰う。レントは照れくさそうに笑い頬を掻いた。そんな彼の様子にカズヤは彼の頭を撫でる。あまり撫でられたことがないレントは目を開いた後、右手を上げた。しばらく右手は力なく宙をさまよい、やがてカウンターに落ちていった。カズヤはうろたえているレントから手を離すと申し訳なさそうに謝る。しかし彼は視線を外し、小さな声で言った。


「慣れてなかっただけなんで……なんかこういったことで褒めてもらったのなかなかないから……」


 そう言われて褒めない男はいない。カズヤはニヤリと笑い、レントを褒めちぎる。カズヤの言葉は留まることなく褒め続けていく。レントは始め、カズヤの言葉に反応しないようにしていたが、聞かないふりをすることに耐えきれなくなったのだろう。メニュー表を開き、そこに書かれていた品を指さし言った。


「これお願い!」

「はいよー」


 顔を真っ赤にして注文するレントの姿に微笑ましく思いながらカズヤは奥に引っ込んだ。


「さて、作るか……と言ってもチーズかけて焼くだけなんだけど」


 事前に作っておいたホワイトソースを深めの皿に注ぎ、カズヤは笑う。薄く切ったチーズを載せ、オーブンに入れ焼いていく。溶けていくチーズをよそにカズヤは付け合わせのパンを切り分けて軽く焼いておく。パンに軽く焦げ目がついたのを見て皿に移しトレイに置く。そろそろいい頃合いではないかと思いグラタンの様子を見れば、チーズが焦げがかなり広がっていたので慌てて取り出す。パンと同じトレイに皿を載せ、敷布を用意して厨房を後にする。


「おまたせ」


 レントに元に行き並べれば、運ばれた料理たちを見てレントは小さく声を上げる。


「美味しそう……」

「熱いから気を付けろよ」


 カズヤの言葉にレントは頷く。スプーンを手に取り、目の前にるグラタンを掬いあげれば、チーズがとろーりと伸び口が綻ぶ。絶対に美味しい。そう確信したレントはそのまま口に運んだ。


「っ、!?」


 だがレントを真っ先に襲ったのは熱だった。熱い、とにかく熱い。ホワイトソースが口内で暴れまわっている。少しでも熱さから逃げようとして喉を動かせば、ホワイトソースが落ちていく感覚がダイレクトに伝わり眉をしかめる。焼けるように熱い喉を冷やすために水が飲みたいのに、口内に残っているきのこや鶏肉がなどが邪魔をする。咀嚼したいのに上手く動かせない。


「だから気をつけろって言っただろ。ほら」


 カズヤから差し出された水を受け取り飲み込めば、熱さに支配されていた口内が少しだけ落ち着いた気がした。舌や上あごがひりひりするが話せないほどではない。次はちゃんと冷まして食べよう。そう決意していると小さな笑い声が聞こえ顔を上げた。一連の流れが愉快だったのか、カズヤは口を押さえて笑っている。バカにされたような気がして、レントは口を尖らせた。


「……予想以上に熱かった」

「冷まそうとしないで食べるからだよ」


 ごもっともな指摘にレントはなにも言えず、拗ねた顔をして食べ続けた。今度は食べられる熱さになるように調節して口に運ぶ。先ほどは熱さで分からなかったが、チーズの香ばしさがホワイトソースによく合う。あっという間になくなってしまったグラタンを惜しみつつ、皿に残ったソースをパンで拭い食べれば、ちょっと贅沢なパンを食べているみたいで気分が上がる。最後の一切れを食べ終えるとレントは手を合わせた。


「ごちそうさま!」

「おそまつさん」

「グラタン超美味しかったー! また食べたい!」

「気に入ってくれたようで何よりだよ」


 皿を片付ける姿をじっとレントは見つめる。


「……なあ、マスター」

「んー?」

「この店開いたときどんな気持ちだった?」

「気持ち?」

「そ、気持ち」

「そりゃ嬉しかったな」

「不安とかなかったの?」

「なかったわけじゃないさ」


 空いたお皿を回収し引っ込む彼の背中を、頬杖をついて見送る。


「不安か?」


 戻って来たカズヤの言葉に素直に頷く。楽しさもあるが同じくらい不安もある。


「落ちたらどうしようとか、受かった後どう親に説明しようとかいろんな事ばかり考えるよ」


 実際、両親に内緒にしてオーディションを受けているのだ。バレたらなんて言われるか分からない不安がある。二次審査でちゃんと演技がやれるかどうか。様々なことが頭に浮かんで回り続ける。


「不安になると考え事が増えるよな」

「うん」

「でも今のレントにできることは一つだけだよ」

「……念のため聞いてもいい?」

「オーディションに向き合うこと、それだけだ」

「……」

「難しいかもしれないけど、今は他のことを考える必要はない。それらの悩みは実現した時に考えればいいからな」

「そうだけど……」

「それにレントがこうして悩んでいる間にも、他の人はオーディションに向けて練習してるかもしれない」

「……」

「好きなんだろ、演じることが」

「うん」

「だったら悔いのないようにやって来い。話はそれからだ」


 カズヤはそう言うとレントの髪を撫でる。レントは大人しく受け入れた。


「大丈夫、レントならやれるさ」


 カズヤの言葉にレントは答えることできなかった。

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