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グラタン 1

 オーディションから数日、レントは家業の手伝いをしていた。なんてことないありふれた日常、しかしレントは退屈していた。思い出すのはあのオーディションのことばかり。

 初めてだった、あんな高揚感を抱いたのは。いつも一人で演技をしていたので、こうして誰かと演技をするなんてことはなかったのだ。箒を壁に立てかけ、息を吸う。オーデションのセリフを思い出し発していく。


「……」


 やはり彼らのように上手くはいかない。ある程度セリフを言い終えたあと、その場にしゃがむ。あー……と情けない声を出し髪を掻いた。彼らの一挙手一投足を思い出し、小さくつぶやく。


「なんか違うんだよな……」


 彼らはもっと役になっていた。……いや、なっていたというよりは生きていたが正しいかもしれない。声、抑揚、張り……いろいろな視点で学ぶことが多かったと思う。彼らのようにできたら、役者として生きていけるのだろうか。彼らと自分では経験の差が出すぎている。しかし、収穫はあった。彼らの真似をして演技の経験をしてしまえばいい。何事も物事を始めるには真似からとはよく言ったものだ。レントはノマの動きを思い出し足を一歩踏み出し一人、練習に励む。彼らもきっと、こうして実力を磨いてきたのだ。これ以上遅れるわけにはいかない。

 自分が役者として生きていけるか分からないが、あの高揚感をまた味わいたい。そう思っていた。詰まるところ、レントは演技に対し中毒になってしまったのだ。それもかなり厄介の。彼らのように自分も演技一筋で生きたいと思いなおしてしまった。レントは自ら、抜け出せない沼に飛び込んでしまったのだ。


 舞台の上に立つことができたらどれだけ幸せなのだろう。想像して喉を鳴らす。輝かしいスポットライト、役者たちの気迫、湧き上がる歓声──それらを一心に受け止めることができた時、自分はどうなってしまうのだろうか。想像していると、遠くで名前を呼ばれた気がした。だが想像の世界に入り込んでいるレントは気づかない。ドタドタと足音がこちらにやって来る。扉の前で足音が収まると、今度はバン! と大きな音がして扉が開いた。


「レント! 何ぼさっとしてるんだい!」

「うわっ! え、え、なに!?」


 突然の母親の登場にレントは肩を跳ね後ずさる。母親は現状を見てなにやってんだかと言いたげに小さくため息を吐いたあと、一通の手紙を差し出した。おしゃれな封蝋で押された、古めかしさを感じる手紙だ。


「あんた宛てだよ」

「俺に? いったい誰が……」


 差出人を見れば、オーディションの運営からで目を開く。レントは奪い取るような勢いで手紙を手に取り、その場を去る。母親が何か言っていたが、レントは気にせず自室に戻った。

 部屋に入り、手紙を取り出す。読みたくない。震える手で封を開け、便箋を取り出す。オーディションの合否についてと書かれた見出しが目に入り、不安になって目をつむった。このままでは埒が明かないので、覚悟を決め内容を見るために目を開く。そこに書かれていた内容にレントはえ、と小さく声を上げた。


「一次審査合格……?」


 これは夢ではないか、見て早々レントが思ったことはシンプルだった。戸惑いが隠せない。だってあの時自分は上手くできなくて、質問もちゃんと答えれた自信はない。何かの間違いだと思い頬をつねるが、現実を知らしめるかのように痛みがやってくる。手を離し内容を見返す。そこに不合格の文字はなく、合格と書かれているだけだ。じんじんする頬を押さえ、夢ではないことに気づいたレントは、大きくガッツポーズをした。


「よっっっっっしゃ!」


 いろいろ思うところはあるが、夢に一歩近づいたのは明らかだ。不安しかないが、次のオーディションも頑張ってみよう。自分にもできることがあるはずだ。


 でもその前に背中を押してくれたカズヤに報告したい。レントは手紙をポケットに入れ、母親に出かけると告げ家を飛び出した。

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