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ガトーショコラ 3

「そっか、頑張ったんだな」

「まあ、落ちただろうけどね」


 カズヤの返事にレントはなんとも言えない顔をして言葉を返す。質問の返答があれでよかったのか分からないが、レントの中で言い切ったつもりだ。レントの様子を見ていたエレインは思うところがあるのか、飲んでいたオレンジジュースをカウンターに置き、レントに問いかけた。


「お兄さんだけだったの? 演技初めましての人」

「え、多分?」

「そうなんだ」

「え、なにどういうこと? ちょっと怖いんだけど!」


 意味深なエレインの言葉に震えるレントを見てカズヤは咎めるように言う。


「エレイン、レントをからかうんじゃないよ」

「はぁい」


 クスクス笑いながら謝るエレインの髪をレントは仕返しと言わんばかりにもみくちゃにした。エレインから非難の声が上がるが、レントはお互い様だと言いたげに視線を向ける。エレインは口を尖らせ抗議したが、意味がないことを悟ったのだろう、ふてくされた様子でジュースを口に運んだ。


「マスター、今日のおすすめある?」

「ガトーショコラ」

「ガトーショコラか、いいね。あ、ちなみにクリームは……」

「無糖」

「……甘いクリームないの?」

「悪いが俺は無糖派なんでね」

「えー!」

「チョコの良さを活かすなら無糖だろ」

「はいはいはい! 甘党でも食べられるガトーショコラが欲しいです」

「よそに行くしかないかなぁ」

「聞いたかエレイン。マスターが冷たいこと言ってる」

「聞いた聞いた。客の要望を聞かないなんて……」

「いつまで続ければいいこの茶番?」


 緊張していた反動か、はたまた演技をしたことでハイになっているのか分からないレントと悪ノリするエレインに収拾がつかなくなったカズヤは投げやりに呟く。レントとエレインはいたずらっ子のように笑いあった後、ガトーショコラと紅茶を注文した。注文を受けたカズヤは奥に引っ込みガトーショコラを持ってくる。あまりの速さに二人は訝し気にカズヤを見つめ、ひそひそと話し出した。


「提供早くない?」

「いつもは出来立てなのに……?」

「ガトーショコラは作り置きした方が美味しいんだよ」

「ふぅん?」

「ということではい」

「お兄さん! 僕クリーム多めで!」

「俺も!」

「これ以上はだめでーす」


 湯を沸かすカズヤに文句を言いつつ二人はガトーショコラを食べる。生地がしっとりしていてチョコ──正確にはココアだろう──の味が強く美味しい。が、甘いものが好きなレントは少し物足りなかった。クリームと一緒に食べれば、ほんのり甘く感じるが一瞬だけ。だが食べ進めれば舌が慣れたのか、甘さを感じたような気がして、レントは少し大人になった気がした。


 なんていえばよいのだろう。うまく演技ができなくてもがいている自分と似ている。苦いだけではないのに、そのことばかり考えて余裕をなくしているような、そんな味。ガトーショコラが不味いわけではない。これはきっとレントがそう思い込んでしまっているだけだ。


 ──悔しい。


 もっと演技をしたかった。もっと上手に話したかった。後悔は募るが今更どうしようもない。実力不足で落ちるのは仕方のないことだが、それでもレントは夢を諦めきれなかった。受かったら、ではなく受かる気で行けばよかったのだと一人後悔する。結局、ウィルと同じで何かしら理由を付けて逃げ道を作りたかったのかもしれない。


 自分の未熟さに泣きそうになるのを堪え、隣にいるエレインに目をやれば、彼は苦みに慣れないのか苦そうにしている。レントはすでに置かれていた紅茶を飲み、気を紛らわした後、エレインに声を掛けた。


「苦い?」

「……苦い!」


 元気に返事する彼の素直さが羨ましい。レントは眩しそうに目を細める。


「大人の味だもんなぁ」

「だからクリームが欲しいって言ったの」

「これをクリームなしで食べきったら大人への第一歩だよ」

「意味わかんなーい。僕まだ子どもでいいー」


 けらけらと笑う彼の皿にクリームが追加され、レントは思った。なんだかんだエレインには甘いよなこの人、と。そう思っていると、自身の皿にもクリームが追加されカズヤを見る。そこには人差し指を口元にあて、微笑む彼の姿があった。


「頑張ったご褒美、お疲れさま」

「……ありがと」


 にこにこ笑う彼はきっと、こちらの気持ちなど見透かしているのだろう。レントは素気なく礼を言うと、ガトーショコラを口に運ぶ。苦さの中にある優しい甘さが、自身が抱えていたもやもやをほぐしてくれた気がした。


「あんまり自分を責めるなよ」


 彼の言葉にレントは曖昧に笑うことしかできなかった。

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