ガトーショコラ 1
実生活が忙しいので今回は短いです。
次回更新は3月10日頃になると思います。
勝負の世界というものは実に厳しい。どの分野においても言えることだ。レントは今、それを実感している。
「ねぇあなた。ひとつ教えてちょうだい? この子は今朝何を食べてきたの?」
「え?」
ヴィクトリアが投げた質問にオーディション参加者は戸惑う。彼女はただ微笑み、優雅に足を組んで返答を待つが、戸惑いの声だけがその場に響いて望む回答は来ない。ヴィクトリアはもういいわと言い、次のグループを呼んだ。その様子にレントは思わず震えた。
今回のオーディションは、三人一組のグループを作り、渡された台本を読む形式で行われている。レントは自身の周りにいる同年代の子達を見て、纏う空気が違うなと思った。なんというか、彼らは慣れている。そんな気がして場違いなところに来たかもしれないと勝手に一人で落ち込んでいた。しかしここで諦めていたら、勇気を出した意味が無い。レントは台本に向き合い、ぶつぶつとセリフを覚えることに専念する。
この震えはきっと、武者震いだ。自身にそう言い聞かせていると同グループのメンバーが レントに声をかけた。
「呼ばれるまで時間あるし、セリフ合わせしようぜ」
「あ、ああ……」
「そんな緊張すんなよ……って言っても初参加なんだろ? そりゃするよな」
メンバーの一人は慣れているのか、レントの様子を見て微笑ましそうにしている。俺たちもこうだったよなーと軽く世間話をして、セリフ合わせをするために台本を見る。指定されたシーンは冒頭。主人公三人の関係性が示唆されるところだ。
「えっと確認。俺がアランで、ノマがリュカ、レントがウィルで間違いなかったか?」
「大丈夫、です」
「大丈夫〜。リュカのセリフからだよね? それじゃ準備ができたら言って、読むから」
ノマと呼ばれた青年はひらひらと手を振り穏やかな顔で微笑む。レントは緊張しながらも手渡された台本を手にした。文字が、言葉が、内容が入ってこない。初めての場に飲まれている自覚はあった。だがレントはそこからどう乗り切ればいいのか分からない。深呼吸をして切り替えようにも、鼓動は早まるばかり。そんなレントの姿に思うところがあるのか、ノマは彼に声をかけた。
「レントくん……だよね?」
「えっ、あ、はい」
緊張して声が強ばる。
「レントくんはさ、どうしてリュカを希望したの?」
「え?」
「ああいや、純粋に気になったんだ。君みたいな子はアランを希望してそうだなって思ってたから」
「はぁ……?」
質問の意図が分からずレントは言葉を詰まらせる。この場合なんて答えればいいのか。視線を台本とノマに交互に向けていると彼は笑う。こちらを試すような、少し嫌な顔だった。
「まあいいや、君がどう演じるか楽しみにしてるね」
遠回しにバカにされた気がして、レントは苛立つ。ちくしょう、慣れてるからって調子に乗りやがって! レントはノマを一瞬だけ睨んだあと、台本に視線を落とした。先程まで混乱していたのが嘘かのように、言葉達がすんなり入ってくる。台本を一通り読んで、レントは頷いた。ここまで来たらやるしかない。
「大丈夫、です」
「俺も〜」
「分かった。じゃあ始めようか」
ノマはそう言うと息を吸い、一度視線を伏せこちらに向けセリフを発する。
「『おはよう、二人とも』」
途端、三人を包む空気がガラリと変わる。レントは自身の口元が楽しげにしていることに気づかないまま、ノマを見つめ返した。
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