フレンチトースト 2
新キャラの名前がついに公開です
「……で、いたたまれなくなってここに来たと」
カズヤは目の前で落ち込んでいるレントに目をやりながら呟いた。エレインは頷き、レントに視線を向けるとカズヤにの耳元でささやいた。
「お兄さんの演技、すごく上手だったんだ。もう一回見たいけど、たぶん難しい、よね……」
「うーん、そこはレント次第だからなぁ……」
ぶつぶつと呟いているレントを見ながら苦笑する。誰だって見られたくないものを見られてしまった時、恥ずかしくていなくなりたくなるものだ。カズヤも何度か同じ目に遭ったことがある。だからレントの気持ちもわかってしまう。
しかしこのままはよろしくない。ありきたりな表現だが、彼の頭からきのこが生えてきそうな空気がこの場に漂っている。どうしたもんかなと考えながら、彼の気を紛らわすいいものがないか探すため厨房に向かい、辺りを見渡す。ふと大きな鍋が目に入った。そういえばこの中に試作のために仕込んでいたアレがある。ちょうどいい、気分転換になるかは分からないが出してみよう。カズヤは蓋を開けそれを取り出した。
「エレインー」
「なーにー」
「今から試作作るからレントを引き留めておいてくれ」
「分かったー」
エレインに一言告げ、カズヤは厨房に入る。エレインはレントの頭に生えかかったきのこが見えた気がして、スケッチブックを通りだし、絵を描き始めた。
温めたフライパンにバターを入れ、ゆっくりと溶かす。この時の火加減は弱めの中火がちょうどいい。火が強すぎると、早く溶けてしまい全体にバターが行き渡らないからだ。全体にバターが溶けたのを見て仕込んでいたパンを入れ焼いていけば、じゅわ、と大きな音がしてバターがを迎え入れる。ぱちぱちと跳ねた音の後、甘い香りがしてカズヤは上機嫌に鼻を鳴らした。
そう、カズヤが作ろうとしていたのはフレンチトーストだ。鍋でどれだけ冷やせるか実験を兼ねて用意していたがこんなところで役に立つとは。結果も申し分ないので上手くいけば新メニューとして出してもいいかもしれない。これでレントの気が紛れるかは分からないが、自分にできることはこれくらいなので気にしないことにした。
フレンチトーストは事前準備が肝だ。これに失敗してしまえばよいものは作れないだろうとカズヤは考えている。少ししっとりし始めたパンに卵とミルク、そしてクリームを混ぜ合わせた卵液に浸け、卵液が全体に染み渡るよう時々ひっくり返す。この時パンに薄く切れ込みを入れるのがポイント。パンが卵液を吸収してくれるため、洗い物が楽なのもまたよい。ちゃんとパンに染み込んでいるか確認するのがフレンチトーストを作るうえで楽しいところだとカズヤは個人的に思っている。
目の前で楽しそうに音を跳ねさせるそれらにカズヤは微笑んだ。今日もいいものができそうだ。焼き目がついたのを確認しひっくり返せば、甘さの中に香ばしさがしてたまらない。完成した時を想像して涎が溜まる。
「いけないいけない。集中しないと」
全ての面に焼き目が着いたのを確認し、皿に載せる。もちろん、トッピングのはちみつと生クリームを忘れずに。エレインたちは大丈夫だろうか。先ほどからレントの興奮した声が聞こえているような気がするが。彼らの元に向かうとカズヤの動きがぴしりと止まった。
「あーっと……何が起こってるんだこれは?」
カズヤが驚くのも無理はない。レントが目を輝かせて話し込み、エレインは困った笑顔で相槌を打っていたのだ。さっきまできのこが生えそうだった彼はもういない。あまりの変わり身の早さに何があったのか聞きたいところだが、それは食べながらでもいいだろう。
「お兄さん! 試作できたの?」
「ああ、ところでレントはどうしたんだ?」
「実はお兄さんが読んでいたお話が気になって教えてもらってたんだけど」
「けど?」
「今度ナルマーンで舞台化するよねって言ったらこうなっちゃった」
「ああ、なるほどな」
楽しそうに話すレントを微笑ましい目で見つめる。以前彼は夢を持ってはいけないと言っていたが、様子を見る限り夢はあるらしい。と同時になぜあのようなことを言ったのか気になった。きっと彼なりの理由があるのだろう。聞きたい気持ちをぐっと堪え、カズヤはフレンチトーストを二人の前に置く。
「これ?」
「ああ、フレンチトーストって言うんだ」
「パン……だよね?」
「? ああ」
「パン・ペルデュみたいだなって」
「聞いたことない名前だな。こっちではフレンチトーストのことをそう言うのか」
似た料理は少なからずあると思っていたが呼び名が違うのは面白い。以前出したプリンもエレインはプディングと呼んでいたのを思い出す。そもそもフレンチトーストはどこから来たんだ? カズヤが考えていると、待ちきれないエレインが声を掛けた。危ない危ない。カズヤはフォークを渡し二人に食べるよう促す。二人は待ってましたと言わんばかりにフレンチトーストにかぶりついた。
噛んだ瞬間、カリッとした食感の後に卵とミルクが口の中で洪水を起こす。生クリームが入っているからか、いつもより味が深い気がする。エレインはこの前食べたカステラと比べたらどちらがいいか考えて、やめた。美味しいものに優劣はつけられない。美味しいならそれでいい。
レントは無言で食べ進めていた。彼ははちみつをかけ一口頬張る。はちみつが味全体を柔く包んでいる感じがして唸る。
カズヤはそんな二人にミルクを差し出す。これは最近気づいたことだが、レントは甘いものが好きらしい。彼がここに来て頼むメニュー全てが甘いものだった。意外性に驚きつつ、甘党男子はいるもんなと結論付け、空になった皿を回収すれば、恨めしそうな顔をして彼らが見つめている。
「もうないよ」
「もっと食べたい!」
「試作分しかないからまた今度な」
「ううううう」
子どもらしく唸るエレインにいつものように紙を差し出す。同じようにレントに差し出すと、渋々受け取った。片づけを終え、戻ったころに彼らを見れば、落ち着いた様子でミルクを飲んでいた。
「それで」
カズヤは気になっていたことを聞く。
「さっきエレインが言っていた舞台化? の話だけど」
「どうかしたの?」
「いや、レントが演劇好きとは知らなくてさ。意外だなって」
「……変っすか?」
恥ずかしそうに聞いてくるレントの髪を、カズヤは容赦なく撫でる。レントは少し驚いた顔をしたが、甘んじてそれを受け入れる。
「いや、レントにもそういう好きなことがあるんだなって思ってさ」
「……」
「そういえば前に店に来た人の中に女優さんがいたな」
「えっ」
「いたっけ?」
「ほらカステラ食べに来た時にいた」
エレインは当時を思い出す。確かにいた気がする。なにか相談事をしていたことは覚えているが、カステラを食べることばかり考えていたので顔は覚えていない。
「あの時の人? うーん、あんまり覚えてないや……」
「まあ、一瞬だったしな」
「で、その人を出した理由は?」
「ああ、そうだった。彼女が話してたんだよ。『芝居好きがいるなら紹介してほしいって』。冗談かと思って聞き流してたけど、レントが好きなら紹介してみたいと思ってさ」
「ほんっっっとうですか!」
立ち上がりこちらを見つめるレントに頷く。
「ああ……と、言っても彼女が来ないと意味ないけど」
「そうっすよねぇ……」
その時、レントの背後で鐘がカランと鳴った。
「こんにちはマスター、今お時間よろしいかしら?」
つばの広い帽子をかぶった女性が中に入ってくる。カズヤは彼女を見てあっ、と小さな声を上げた。
「レント、あの人だよ。さっき話してた女優さん」
「えっ」
「マスターこの子は?」
「ヴィクトリアさん。紹介するよ、彼はレント」
「ヴィクトリア!?」
思わぬ人物の名に、レントとエレインは叫び、ヴィクトリアは優雅に微笑んだ。
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