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フレンチトースト 1

新しい章に入ります。

また今更ではありますが、カテゴリーをファンタジーからヒューマンドラマに変えました。

ファンタジーではありますが、ヒューマンドラマの側面が強く出ているなと判断したためです。

ご理解の程、よろしくお願いします。

 夢を持つことは素晴らしいことだと思う。イリーナを見てレントは考える。なぜ自分は夢を持ってはいけないのだろう、と。幼いころから両親に、「お前は店を継ぎなさい」と言われながら育った。レントの両親は平民だ。貴族ならまだわかるが、この職業選択ができる時代で夢が持てないのはおかしいのではないか。そう考えても両親の悲しい顔が浮かぶ。

 レントの実家はこぢんまりとした宿屋だ。幼いころはよく両親の手伝いをしていたが、最近は一切していない。というのも、父親からある程度の学をつけておけと言われ勉強に明け暮れていたからだ。勉強は嫌いではない。だが学べば学ぶほど、自身の境遇がおかしいと思うようになってしまった。レントには兄弟がいない。こういう時、兄か弟がいればいいのにといつも思う。


 レントはやりたいことがあった。それは役者として舞台に立つことだ。きっかけは幼いころ、宿に泊まった客の一人に役者がいた。彼は手伝いをする幼いレントにお礼として様々な物語を活かせてくれたのだ。彼の話は面白く、話が終わるたびに次の物語をせがむくらいにはのめり込んでいた。

 きっと当時の憧れもあるのだろう。彼が去った次の日から彼の真似をして、身近にあった本を一冊手に取り、内容を読み上げた。その時の高揚感は今でも覚えている。物語の中に自分が入っているような、自分が自分じゃなくなったあの感覚。その日からレントは演技の虜になってしまったのだ。

 もちろんこの道はイリーナと同じくらい狭く険しい。両親に話せばきっとやめなさいと言い、敷いておいたレールに沿って生きなさいと言ってくるだろう。それでもレントは演技の仕事をしたかった。敷かれたレールの上を歩く事だけは避けたかったが、夢を語れば語るほど、両親が悲しそうにこちらを見つめ、ひどいときは母親が涙を流す。両親を悲しませたくないレントは、そのたびに嘘の仮面を被った。


 痛む胸と心のうちに燻る炎に大きく蓋をさせながらレントは笑うしかなかった。


 一冊の本を借り、図書館から出る。人気のない河原に足を運び、腰を下ろし本を開いた。表紙に書かれたタイトルは「さようなら、またいつか」。これは崩壊すると予言された故郷の未来を変えるため、奔走する三人の青年たちの物語で、王都では話題の小説だ。主人公であるリュカ、アラン、そしてウィルの三人の友情が丁寧に書かれ、涙を誘う展開が多いのだとか。


「……よし」


 本を読み終え、立ち上がる。河原の向こう岸を見つめながら、レントは言った。


「……分からないんだ」


 彼の声が風に乗る。


「分からない、本当に分からないんだ。リュカも、アランも。どうして君たちは諦めない?」


 本に書いてあるセリフを、彼は読み上げる。


「なぜって……ここで諦めてしまえば、俺たちが今までしてきたことが全て泡になるんだぞ」

「もういいじゃないか、だって結末は変わらない。君たち二人がここでもがいたってなにも変わらないじゃないか」

「そうやって諦めてばかりいるから、君はなにもできないんだ」


 アランのセリフに、レントの胸がチクリと痛む。セリフを読めば読むほど、レントは登場人物の一人、ウィルに共感してしまう。レントが今読んでいるシーンは、崩壊しかけていく故郷を目の当たりにする三人が書かれている。その中で三人は大喧嘩をして仲間割れが起き、故郷は最大のピンチを迎えてしまう。

 リュカもアランも悪い人たちではない。彼らは自身のやるべきことを果たすために奮闘しているのだから。しかしウィルだけは違った。崩壊していく故郷を見て心が折れてしまったのだ。ウィルは内向的で、いつも二人の後ろにいた。リーダーシップのあるリュカ、辛辣だがまっすぐなアランと比べ、いいところを上げづらい。だがレントは彼にシンパシーを感じていた。物事に対し諦めてばかりいる自分と彼。似ているに決まっている。


「だったら二人でやれば! 僕はもうやりたくない!」

「ウィル、どうしてそう諦めるんだよ! 俺たちの故郷がなくなるんだぞ!」


 物語の中で彼らが喧嘩していくにつれ、レントの声が大きくなる。


「僕は!」


 がさり、近くの茂みが動いた音がして動きが止まる。振り返りたくはないが、振り返らないとまずい。レントはゆっくり振り返り、背後に誰がいるのか確認した。


「あ……えっと、こんにちは?」


 画材を持ったエレインが眉を下げてこちらを見つめていた。


「……」

「……」


 沈黙が痛い。視線を逸らすエレインにレントは尋ねた。


「……いつから?」

「えっ」

「いつからそこにいた?」

「えっと……」


 エレインが話すのを黙って見つめる。話した方がいいと観念したのか、彼は申し訳なさそうに口を開く。


「さ、最初から……」

「……」

「ごめんなさい! 近くを歩いてたらたまたまお兄さんの声がしたから気になって……」

「……」

「お、お兄さん……?」


 心配そうにこちらを尋ねるエレインから顔を背け片手で両目を隠す。そしてレントは力の限り叫んだ。


「……今ここで俺を殺してくれっ!」


 近くの木々で様子を見ていた鳥たちが二人の背後で羽ばたいた。

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