カフェラテ 1
翌日、イリーナは試験会場に向かっていった。理由は今回の件を報告するためだ。面接官と受験者、どちらの発言に重きを置くかは明白だ。しかし自身のような人を出さないためにも、報告をしようと決め、イリーナは向かうことにした。
一歩が重い。当然だ。トラウマを植え付けられた場所に向かうのだから。今すぐ帰りたいに決まっている。しかしそうしないのは、彼女なりの反抗だ。こんな形で夢を終わりにしたくない。昨夜ベッドの中で悩み続け、出てきた答えがそれだった。
「大丈夫か?」
同行しているレントが心配そうに声を掛ける。大丈夫を言いかけて、体が震えていることに気づいた。イリーナは両手を組み、祈るように息を吐く。大丈夫、ちゃんと伝えられる。
「イリーナちゃん?」
名を呼ばれ肩が跳ねる。いったい誰かと思い振り返れば、荷物を抱えたクレストがこちらにやって来る。
「どうかした? 合格発表はまだ先だけど……」
「あ、えっと……」
イリーナは悩んだ。知り合いとはいえ、自身の話を彼が信じてくれるか分からないからだ。もし話をして、嘘だと否定されてしまったらどうしよう。かと言って彼の言う通り合格発表の日でもない。困っていると隣にいたレントが彼を見て言った。
「この人誰?」
「あ、えっとこの人はクレストさん。図書館で知り合ったの」
「初めまして、私はクレストと言います」
「どーも、俺はレントです」
小さく会釈をする二人をイリーナは黙って見ていた。軽い挨拶を終えると、クレストは警戒するように辺りに視線を向け、二人と距離を開けたあとイリーナを手招きした。いったい何だろうと思いつつレントに視線を向ければ、イリーナの言いたいことを察したのか、レントは小声で言う。
「なにかあったらすぐ行くから。行ってみるだけ行ってみたら?」
「うん……」
「安心しろ、変なことしないか見ておくから」
この距離ならクレストがイリーナに何かしてもレントが止めることができるだろう。不安に思いつつもクレストの元に向かえば、彼は声を潜めてイリーナに話しかけた。
「説明会の時のこと、覚えてる?」
「……あの受験資格のことですか?」
「そう。調べていくうちにいろいろ分かったことがあるから話しておきたくて」
どうやらクレストはあの後ちゃんと調べてくれたらしい。
「本当ですか?」
「うん、でもここだと他の人に聞かれる可能性があるから、どこか落ち着いて話せる場所ないかな?」
そう言われ浮かんだのは異世界喫茶だった。カズヤには受験資格のことも話しているし問題はないだろう。イリーナはありますと答えレントを手招きした。ジェスチャーに気づいたレントがやって来る。
「どうした?」
「クレストさんが受験資格のこと調べてくれたんだって。それでマスターのところに行こうと思うの」
「……信じていいのか?」
疑いの目で見るレントをイリーナは失礼だと咎める。クレストはなぜ疑われているのか分からず、苦笑しながら二人を見つめた。
「えっと……なにか疑われるようなことを私はしたかな?」
「まあ、いろいろあったんで。行くぞイリーナ」
「あっちょっと! すみません……」
「気にしないで、彼について行けばいいのかな?」
「はい、お願いします」
先を歩くレントの後を二人は追いかけた。
「マスター、ちょっといいー?」
「いらっしゃい。どうかしたのか?」
「この前の試験のことでね」
「……なにかあったのか?」
「逆よ逆。受験資格のことで分かったことがあるんだって」
そう言うとイリーナはやり取りを見ていたクレストをカズヤに紹介する。カズヤは挨拶をしつつ席に案内し、クレストも手にしていた荷物を床に置き席に着く。イリーナとレントも席に着き態勢が整ったのを確認し、クレストが口を開く。
「お二人は知っている……ということでお間違いないですか?」
「ええ、イリーナからある程度話は聞いています」
「……同じく」
「なるほど、でしたら結論から先に言いましょう。どうやら一部の教員が受験者の記録をわざと消していました」
クレストの言葉に三人は驚いて声も出ない。わざと消していた?そんなことが許されるわけがない。いったい何のために。先に言葉の意味を理解したカズヤがつぶやく。
「どうしてそんなことを……?」
カズヤの疑問に対し、クレストは悔しさと怒りを混ぜたような顔で言った。
「自身の子供を、教師にするためですよ」
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