カツサンド 1
「どういうことですか!?」
イリーナの声が響く。周りにいた人はなに事かと視線を向けるが、彼女は気にする余裕がない。
「申請したのに受理されていないってどういうことですか? 確かにあの時、申請書を渡しましたよね?」
「そうなのですが、受理されていないものは受理されていないとしか……」
「説明になってません!」
どうして、イリーナの頭は疑問で埋めつくされる。先日確かに彼女は会場で申請書を提出したのだ。もちろん、ちゃんと受験費用も支払っている。鞄から受験票を取り出し受付に見せれば、担当者は困った顔をしてイリーナを見つめていた。
「確かにうちの受験票ですね……」
「領収書ももらっているので間違いはないんですけど……」
「どうしてなんでしょう?…… 少しお待ちくださいね。こちらに書かれている日付と名前を照合してきますので」
「あ、はい。よろしくお願いします」
担当者が奥に引っ込むのを黙って見つめる。いったいなにが起こっているのかイリーナには分からなかった。ただ一つ言えることは、自身が原因でないこと、それだけだった。
「あれ、イリーナちゃん?」
背後から声を掛けられ振り返れば、先日知り合ったクレストがこちらに手を振っている。知り合いがいることに安堵しつつ、イリーナは彼に駆けよる。
「クレストさんこんにちは」
「こんにちは……なにかあったの?」
「それが……今日試験の説明会じゃないですか」
「うん」
「申請もして受験料も払ったのになぜか受験資格がないって言われて……」
「ええ、どういうこと?」
聞いた話にクレストも驚いた顔してイリーナを見るが、イリーナも分からないと言いたげに横に首を振って答える。
「なので今受付の人が確認してるんですけど」
「おまたせいたしました。おや、クレストさんもいらしていたのですね」
「こんにちは。さっき聞いたのだけど、この子の受験資格どうなってるの?」
「今確認をして分かったことなんですけど、申請自体は受理されていました。ですが……」
担当者は眉を下げ、申し訳なさそうに見つめ言う。
「こちらのリストにイリーナさんの名前が載っていませんでした」
「つまりこちらの不手際だと」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。今リストに載せるよう手続きいたしましたので、説明会も参加できます。時間になりましたら会場にお入りください」
そう言って頭を下げる担当者は嘘をついているようには見えない。なんて反応したらいいのか分からずクレストを見つめていると、視線に気づいた彼はイリーナの背中を押す。
「手続きのことはこちらで調べておくから、君は会場に行きなさい」
「はい……。あの」
「うん?」
「大丈夫、でしょうか?」
クレストは笑って頷いた。
「大丈夫大丈夫、貴重な教師の卵を逃したくないからね。任せておいて」
「あ。ありがとうございます!」
彼の言葉にイリーナはほっとした様子で微笑み、会場に向かうために背を向けた。去っていく背中を見つめながらなにか思うところがあるのか、クレストは考える素振りを見せた後、様子を見ていた担当者に声を掛けた。
「君、調べて欲しいことがあるんだけど……」
*
「……って、言うことがあったの」
いつものように喫茶店にやって来たイリーナは説明を終えた後カウンターに突っ伏す。話を聞いていたカズヤとエレイン、そしてレントは顔を見合わせた。
「行き違いみたいなもんか?」
「手続きミスにしてはじゃね?」
「僕もコンクールに出す時によく申請しに行くけど、そんなこと初めて聞いたよ」
「でもイリーナだけってのがおかしいじゃん? 他にいるなら手続きしたやつちゃんとしろってなるけど、聞いた限りだとイリーナだけっぽいじゃん?」
「確かに、不自然だな……」
三人寄れば文殊の知恵、なんて言うが今回はどうにもならないようだ。レントは突っ伏して拗ねているイリーナの頬をつつきながら言葉をこぼす。
「災難だったな」
「ほんとにね……というかなんでここにいるの」
「別にここにいてもいいだろ。ここの飯うまいから来たくなるんだよ」
「それはわかる」
二人のやり取りにカズヤとエレインは微笑ましそうに見つめる。仲直りしたかは定かではないが、喧嘩するほど仲がいいと言うしこのままにしておくことにした。度が過ぎたら止めればいいし、カズヤは呑気い二人を見て頷いた。エレインも父親に諭されたからか、二人の様子を見守ることに決めたらしい。
ふと、お腹が鳴る音がして三人は音の主を見る。主──イリーナは恥ずかしそうにすると恥ずかしそうにしている。
「お昼時だもんな」
「説明会終わってすぐ来たから……」
「なにか食べたいものはあるか?」
「うーん……」
イリーナは考える。パスタの気分でもないし、かと言ってハンバーグやグラタンの気分でもない。この前食べたピザトーストでもいいが、なにか違う。渡されたメニューを見て唸っていると、カツサンドの文字が目に入った。
「カツサンド……」
「カツサンド!」
カツサンドにエレインが反応する。
「美味しいの?」
「すっっっごく美味しいよ!」
「へぇ、エレインがそう言うなら当たりよね。いや、マスターの作るものはどれも美味しいんだけど」
「じゃあそれにするか?」
「うん!」
「レントは?」
「あー……悩むけど俺はだし巻き玉子のサンドイッチで」
「分かった。今から作って来るよ」
「お願いしまーす」
厨房に引っ込むカズヤの背中を見送ったあと、エレインは二人を見て誇らしげに言った。
「二人とも美味しすぎて暴れないでね」
「あんたは俺をどう思ってるんだよ」
レントはエレインに突っ込む。だがエレインは味を知っているからか、得意げな顔をしていた。
「だって両方とも美味しいんだもん。できるならお代わりしたいくらい」
「そんなに?」
「そんなに!」
厨房越しに三人の会話が聞こえ、カズヤは微笑む。
(あれだけ言われたら下手なものは出せないよな)
材料を取り出し終え袖を捲る。カズヤは三人の期待に応えるため調理に取り掛かることにした。
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