アイスクリーム 2
「へぇ、アイスクリームですか」
「ええ、最近手軽に作れるようになったみたいで、これを機に広めてみてはいかがかと」
「なるほど……でもなぜ俺に?」
「ふふ、あなたならこのアイスクリームを上手に活かせるかと思いまして」
「おっと、それは責任重大ですね」
カズヤとブランは厨房でアイスクリームを前に話をしていた。ブランがこの店に通っているとの噂を聞いた懇意の商会が、良かったらと試作品を分けてくれたらしい。物を冷やすという概念ができたのも、どうやら最近のことらしい。そのため冷たいものは高級品として王族や貴族、または裕福な商人の元に行き渡ることが多く、庶民が到底口にできるものではないらしい。特にアイスクリームは高級品の中でかなり上位にあたる。気軽に買えるものではないのだ。
ここでこう思ったものがいるかもしれない。「異世界にいるのなら魔法があるのではないか」と。魔法を使って氷を出し、物を冷やしてしまえばいいと。確かにこの世界には魔法という概念はある。だがこの国の人間が実際に使っている姿は見たことない。実際、魔法を使っているのを目にしたのも女神マーシャがカズヤの願いを叶えた時だけだ。これはカズヤの推測だが、この世界で魔法が使えるのは女神や神といった超常的存在──と言ってもそういった存在に会ったのは女神だけだが──なのではないかと思っている。一度エレインたちに魔法について話を振ってみたが、誰もが皆、口をそろえて御伽噺に出てくるものだと答えていた。つまり彼らにとって魔法というものは、実在するかわからない不明瞭なものだという認識なのだろう。そのため食材を冷やすという概念は浸透しておらず、アイスクリームをはじめとした冷たい食べ物は一般的ではない。そもそも「揚げる」の概念がなかったのだ。「冷やす」が広まってないのもいたし方ないのかもしれない。
「さて、どうしようか……」
アイスクリームが使えるならデザートのレパートリーが一気に広がるだろう。クレープ、パフェ、パンケーキなどのトッピングにも使える。カズヤは目の前にあるそれを眺めながらメニューを考える。ブランはそんな彼の様子を微笑ましそうに見つめていた。ブランとて、これをタダで渡すつもりはない。だが彼の料理の腕と今までの実績を見込んでのことだ。うまくアイスクリームが広がれば、商会との橋渡しもできるかもしれない。
各々が自身の思考に身を委ねていたが、表がどうも騒がしい。いったい何事かと互いに顔を見合わせていると、店の扉が開いた。荒々しくなる鐘の音に驚きながらもアイスクリームを冷やした鍋の中に入れ、厨房から出れば、泣いているイリーナと困った顔をしたレントが立っていた。なぜ二人が一緒に。レントがなにかしたのかと疑ったが、話を聞かずに決めつけるのはよろしくない。二人を席に案内していると、遅れてやって来たエレインがカズヤの元に駆け寄る。
「なにかあったのか」
「その……ごめんなさい!」
開口早々、エレインは謝った。彼が理由もなく謝るのは珍しい。何があったのかとカズヤが尋ねれば、エレインはここに来るまでのいきさつを話した。
*
時は少し前にさかのぼる。エレインの説明を聞いたイリーナは大きなため息を吐きながら二人を交互に見やる。
「最近見ないと思ってたら……」
「ごめんなさい。お兄さんと話してお姉さんには黙っておこうってなったんだ」
「やっぱ結託してたのか」
「どこぞの誰かさんが付きまとうせいでね!」
「俺のせいって言いたいわけ?」
「当たり前でしょ!」
喧嘩を始めた二人にエレインはおろおろすることしかできない。互いに今までの鬱憤が溜まっていたのか、次第に喧嘩はヒートアップしていく。
「そもそも! なんで私に付きまとうわけ? 私あんたに何かした?」
「別になにもしてねえよ。ただむかつくんだよ」
「はぁ!?」
レントの発言にイリーナの眉が吊り上がる。エレインは喧嘩を止めようと口を開きかけて閉ざす。こういう時どうしたらいいのか分からなかった。
「 私あんたの八つ当たりの道具にされたってこと? ふざけないでよ!」
「ふざけてんのはどっちだよ!」
二人の肩が跳ねる。彼は怒りと悲しみの色でぐちゃぐちゃになった表情をして叫んだ。
「何が教師になるだよ! 女が教師になれるわけねえのに必死に勉強して、私頑張ってます~ってアピールして優等生気取り! 頑張ったって意味ないのに、どうして頑張れるんだよ! 仕事を自由に選べる、男女平等なんて世間は言うけど実際に何人がその夢叶えてると思ってんだ! 誰一人もいねえんだ! 分かるか! 一人もいないんだ!」
「……」
「男女平等なんて体のいい言葉に踊らされてるのに、諦めないお前を見てると腹が立つんだよ! いい年して夢なんか見るの……」
レントの視界が右に逸れる。後からやってくる痛みにぶたれたのだと気づいた。イリーナを睨めば、彼女も鋭い眼光でこちらを見つめている。
「……だから何」
そう発した彼女の声は低い。一瞬、レントは怯んだが負けじとイリーナを見つめ返す。
「だから何よ! 私の夢があんたに迷惑をかけることした!? あんたの話聞いてたら勝手に諦めて、勝手にいじけて、私に八つ当たりしてるだけじゃない! あんたの都合に私を巻き込まないでよ!」
「っ、」
「私は教育は尊いものだと思っているの。性別年齢問わず、誰もが手を伸ばすことができるもの、それが学びだって私は思ってる! だからこの尊さを、勉強の楽しさを広めたいの! それが私のやりたいこと! できるできないじゃなくてやってやるの! 誰がなんと言おうと私は絶対、絶対に教師になるって決めたの!」
イリーナの中で今まで抱えていたものが溢れていく。
「お父さんによく言われたわ。「お前が男だったら良かったか」って。私だって思ったよ。男だったらって! でもさ、女であることの何がいけないの!? 私は私、それだけのことなのに。どうして性別で全てを決められないといけないの? 私の意思は? 夢は? なんで捨てないといけないの! ねえ!」
イリーナ気迫にレントもエレインも黙るしかない。確かに男だから許されたこともあった。なぜ男はよくて、女はだめなのか。そう決められたから、そう従う。それが常識だからと思っていた。実際、エレインも深く考えていなかった。以前カズヤに女騎士のことを聞かれたが、あまり考えずに返答をしたのは覚えている。
だが彼女はずっとその不満を抱えていたのだ。女だから諦めなさい、女だからこうしなさい……幼いころから言われ続けたその言葉を受け入れたくなくて、今日までずっと一人で戦ってきたのだ。実の父親に夢を否定されても彼女は諦めなかった。それら全てを糧にして、孤独と向き合ってきた彼女をバカにすることなんて誰ができようか。
同じだ。エレインはイリーナを見つめた。彼女も自身と同じで孤独に耐えてきた存在なのだと。抱えているものは違えど、本質は変わらない。ただ一人の人なのだと。
彼女の瞳から涙が溢れてくる。初めて見た時より大きい雫が重力に従い、小さな雨を降らす。
「女だから、男だから……そんなこと言う暇があったら私はやれることをやる! たとえバカにされようと、周りから心無いことを言われても、成し遂げたい夢があるから! あんたみたいに拗ねて他人をいじめるやつに割ける時間なんてないの! ……お願いだからもうほっといて!」
耐えきれなくなったのか、持っていた本を大事そうに抱えて、彼女は逃げるように走り去った。エレインも後を追いかけようと足を動かすが、画材を置きっぱなしにしていたことに気づく。慌てて取りに向かおうと踵を返せば、視界の端で何かが動くのが見え、立ち止まる。
レントだ。エレインがそう気づいて振り返れば、二人の姿はその場にいなかった。
*
「……僕が話しかけに言ったから、ごめんなさい」
エレインの話を聞いた二人は顔を見合わせる。ブランは頷くとエレインを連れ、店の外に連れ出した。カズヤは彼に言いたいことがあったが、それは父親であるブランの役割だ。彼ならきっと、カズヤが言いたいことを話してくれるだろう。
席にいるイリーナを見て、カズヤは心の中で反省した。彼女はただ守られる存在ではない。自分で道を切り開くことができる強い女性だ。危うく守り方を間違えるところだった。カズヤは自身の傲慢さを恥じながら、二人に水を渡す。反応は返ってこない。なにか自分にできることはないか考え、顔を上げれば厨房が目に入った。
(……俺にできることが一つ、あるじゃないか)
「二人とも。ちょっと待っててくれ」
カズヤはそう言うと厨房に入る。そして鍋からアイスクリームを出すと、準備に取り掛かった。




