カステラ 2
「こんな所で会うとか偶然じゃん」
「私は会いたくなかったけどね」
「そんなこと言うなって」
へらへらしながら隣に座るレントを睨むが、彼は気にしていないのかへらへらしたままだ。イリーナの隣でエレインが心配そうな顔をしているのが見えた。イリーナはエレインをレントから隠すように体を動かす。彼に絡まれるとろくなことがないからだ。彼には長居してほしくないため、必要最低限の会話だけ済ませてさっさと帰ってもらおう。イリーナはそう決め、彼を視界の端に入れることにした。
「ここ喫茶店? いい感じじゃん」
「そうね」
「なんだよ冷たいなぁ。俺達の仲なんだから気軽に来てくれよ」
こいつはいったい何がしたいのか。ワケが分からずイリーナは内心頭を抱えた。このままでは必要最低限のひの字もできるかわからない。変に突っかかっては相手の思うツボだ。現に彼はこちらの気を引こうと適当なことを言っているらしく、こちらをにやにやした顔で見ているのがちらちら見えた。席移動しようかな、そう思い立とうとすれば背中越しに疑問の声が上がる。
「お兄さんはさっきから何がしたいの?」
「は?」
「お姉さんが困ってるの見えないの? 僕でも分かるのに」
年下、しかも同性の子に言われたのが意外だったのか、レントはしどろもどろになる。先ほどまでの態度はどこにいったのか、彼が情けなく見えた。エレインは冷めた目でレントを見つめると、言葉を続けた。
「ここってそういう場所じゃないんだよね。ナンパしたいなら他をあたってくれる? 僕達カステラが食べたいんだよね」
「な、なんだよ。別にいいじゃねぇか!」
「良くないから言ってるの」
「このっ……」
「そこまで」
パンと手をたたく音がする。その場にいた全員が音の方に視線を向ければカズヤが怖い顔をして立っていた。常連の二人は見たこともないカズヤの表情に驚いていた。
「お客さん、これ以上騒ぐなら出て行ってくれないか? この子の言う通りここはそういう店じゃないんで」
「なんだよ……へーへー分かりました。すいやせんでしたー」
レントは言い捨てるように適当な謝罪をした後イリーナを一睨みしてから店を出て行った。なぜ睨むのか、睨みたいのはこちらなんだが。去っていく背中をイリーナはここぞとばかりに睨むが、二人が見ていることに気づき顔を逸らした。
「二人ともありがとう」
「大丈夫か? 助けるのが遅くなってごめんな」
「そんな! 謝らないでください! 私が上手くあしらえなかったからで」
「イリーナは悪くない」
断言するカズヤに思わずイリーナの肩が跳ねる。今日のマスターは少し怖い。何か思うところがあるのだろうか。顔を向ければ、彼は扉をじっと見つめていた。その眼付はかなり鋭い。
「お兄さん……」
「っ、ああ、悪い。カステラ持ってくるな」
エレインが声を掛けるといつもの雰囲気に戻った。厨房に向かう背中を見送れば、その場の空気が和らいだのを見て二人は安堵の息を吐く。どうやら無意識に息を止めていたらしい。二人は顔を合わせ話し始めた。
「今日のお兄さんなんか怖いね」
「そうね、見たことない顔してた」
「何かあったのかな」
「さあ……?」
「おまたせ」
カズヤが帰って来る。両手には小さなフライパンが乗ったトレーがあった。これがカステラだろうか。目を輝かせていると目の前にそれらがおかれる。黄金色をしたそれは見るからにふわふわそうで、よく見るケーキとは少し違う気がする。どんな味かわくわくしながらフォークを入れるとすんなり通った。一口分掬い上げ口に運ぶとしっとりとした口当たりがして咀嚼すれば卵と砂糖の香ばしい味が口内に残る。しばらく余韻に浸っているとカズヤが何か差し出す。小さなグラスに入ったそれは琥珀色の液体が入っている。ほんのり香る甘い香りからはちみつだと分かった。エレインとイリーナは顔を合わせはちみつを掛ける。黄金色と琥珀色が絡みあいとても輝かしい。二人は思いっきりカステラを口に運ぶと先ほどの優しくも素朴な味わいがはちみつを掛けたことによってさらにまろやかになる。用意された牛乳を飲めば口内に残った甘さが消えていく。
「私ははちみつ入りが好きかも」
「僕はない方が好き」
「ここら辺は好みだからなぁ。満足したなら良かったよ」
「……ねぇ、マスター」
「ん?」
「今日はありがとう」
「どういたしまして」
「エレインもありがとうね」
「気にしないで。でも……」
「でも?」
「あのお兄さん、何?」
「うーーん、私もわかんないんだよね」
「なんで?」
「前に同じ試験を受けたんだけど、私が彼より点高かったみたいで、逆恨みされてるんだよね。多分」
「だとしても付きまとっていい理由にはならないよ」
「……そうね。エレインの言う通り。でもどうしたらいいかわかんないんだよね。図書館でも付きまとわれるし」
「図書館でも付きまとわれてるのか? 周りの人は?」
「関わりたくないのかだんまり。大声出したら司書さんに注意されるくらい」
「それって……」
カズヤとエレインは顔を見合わせる。イリーナの状況が思った以上に深刻だったからだ。これは作戦会議をしないと、二人は頷きイリーナに向き合う。
「今日は閉店まで残れるか?」
「残れるけどなんで?」
「作戦会議をしよう」
「作戦会議? そんな大げさな……」
「大げさで済むならイリーナはここまで悩んでないだろ?」
「……」
図星なのかイリーナは黙り込んだ。事実レントのせいで勉強ができない日が続いているのだ。イリーナとて平穏に済むならそれが一番である。本当にできるのか、イリーナは二人に視線を向ける。
「大丈夫、俺達がなんとかするよ」
「……ありがとう」
そうお礼をつぶやく彼女の声は震えていた。
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