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カステラ 1

今回は新キャラ二人出ます。

 イリーナはこの社会構図が嫌いだ。男女平等、女性進出……なぜそのような言葉があるのか理解できない。

 確かに性差による仕事の違いなどは分かっている。土木仕事は力のある男性が向いていると思うし、逆に接客は細かなことに気づく女性が向いているかもしれない。あくまでこれらは一般論ではあるが、男女平等を謳うのならそういった性差はなくしていけばいいとイリーナは考えている。男性でも細かなことに気づく人がいれば、反対に力強い女性もいるのだから。要は個人の個性を活かした職業につけばいいと思う。

 しかし一つ、イリーナは納得がいかない分野があった。それは教育である。学びというのは、性別年齢問わず門戸が開かれるべきであり、人々が一度は通るべき尊いものだとイリーナは考えていた。なればこそ教師という職業は性差の壁を壊すべきなのに、イリーナが目指す道は男しか認めないと周りが言うのである。


 ──お前が男だったらどれほど良かったか。


 父から何度も言われたこの言葉をイリーナは忘れることはないだろう。


 あくる日、イリーナは図書館で勉学に励んでいた。王都にある国立図書館で毎日二時間勉強するのが彼女の日課だ。本当は何時間でも居座れるが、家の手伝いやお針子の仕事があるため泣く泣く二時間にしている。勉強は楽しい、学んだことが自身の武器になり、誰かの役に立つからだ。実際弟やエレインに教えている時、自分がどれほど理解しているか分かるのが楽しい。また、投げられた質問で新たな解釈や答えが出るのも醍醐味だ。自分にはない視点というものがどれほど新鮮で最高か! イリーナは勉学の虜だった。


「ようイリーナ。また勉強しているのか?」


 まただ。イリーナは小さくため息を吐く。無視して本に視線を向けていると奪われてしまう。


「ちょっと、返してよレント」

「なになに~? 『航海における天文学と音楽の関連性』……なんだお前、相変わらずわけのわからない本読んでるのな」

「うるさいな。私が何読んでも自由でしょ?」


 本を レントから取り返し、荷物をまとめて席を立ち彼の前から逃げるように歩き出す。その後ろをレントはにやにやした顔でついて行った。歩く速度を速めても彼はついてくる。いつものこととはいえ、数週間も続けばさすがに腹ただしい。イライラした声でイリーナが注意すれば彼はケラケラと笑う。


「これだから女はすーぐ怒る。そうカッカすんなよな~」

「あのねぇ、誰のせいでこんなにイライラしてると思ってる?」

「おーこわこわ。こんなんだと嫁の貰い手つかねえぞ~」

「余計なお世話よ!」


 わざとらしい咳払いが聞こえ、イリーナは唇をキュッと引き締める。これ以上彼といるとさっき以上に大声を出してしまいそうだ。イリーナは踵を返し受付に向かう。彼が後ろをついて行くがひたすら無視に徹した。本の貸し出し手続きが済んだ瞬間、イリーナは走り出した。自身の背後で注意する司書に心の中で謝りながら。


「はぁ~~~もう!  なんなのよあいつ!」


 往来の中、イリーナは叫んだ。周りの何人かが彼女の声に驚くが、触らぬ神に祟りなしと言いたげ距離を開けた。少し広くなった道を歩きながら脳内に居座るレントをぼこぼこにする。

 そもそもああやって絡んでくるようになったきっかけはなんだったか。この間のテストでイリーナが彼を打ち負かしたからかもしれない。その教科は確か彼の得意分野で、かなり自信があったことは覚えている。打ち負かされた──と言ってもそんな大差はなかったが──ことで彼のプライドが傷ついたのかもしれない。

 だとしても、だ。イリーナは立ち止まり何度目かのため息を吐く。それならもっと勉学に励めばいいのになぜ他人を蹴落とす方に動いてしまうのか。


 ──お前はどう頑張ったって、教師になんてなれないんだからな!


 絡まれた初日、醜い顔をして彼が言い放った言葉を思い出す。どうしてこの世界は女の教師が存在しないのか。いや、あるにはあるがそれは貴族の令嬢に礼儀作法を教えるだけだ。イリーナがやりたいと思っている歴史などを教えるといったものではない。そもそも礼儀作法を教える教師も貴族の女性のみだけがなれる特別なものだ。平民で礼儀作法を知らないイリーナではなおさら難しいだろう。


(本来なら、私も結婚して家庭を持ってるのが正しいんだろうな)


 イリーナは今年で十七歳。勉学に励んでないで結婚してもおかしくない年だった。彼女の友人は何人か結婚し子供も設けているのを見ると、世間の在り方はこうだと言われているみたいで嫌悪が増す。


(やっぱり私は教師になりたい。お父さんに反対されようが、レントにからかわれようが、私は私の意思を貫きたい)


 自分の意思を再確認できたことで少し安心したのか、イリーナのお腹が鳴る。時計塔に目をやれば、針はおやつ時を指している。


「こういう時は……カズヤさんのお菓子よね!」


 イリーナはそう言うと目を輝かせ異世界喫茶に向かって歩き出す。変わった名前だが、店主である彼の作るものは何でも美味しい。オムライスを食べた日から時間がある時に足を運べばいつの間にか常連になっていた。試作と言われて出されたお菓子はどれもヒットしていて、最近では貴族も虜になっているとか。だが彼はあまり欲がないのか、生活ができるならそれでいいと言わんばかりにレシピを公開してしまった。お金持ちのチャンスを自ら逃すなんて! と言えば彼はここで穏やかに過ごす方が好きだと答えた。確かに彼の性格を考えれば、出世するよりのんびりと過ごした方が合っているのかもしれない。それに彼なりに商売はしているようなので、これ以上は口を出すのは無礼だ。

 考え事をしながら歩いていると背後からお姉さんと声を掛けられる。聞いたことのある声だったので振り返れば、そこには画材を待ったエレインがいた。彼の白い頬が少し黒ずんでいる。どうやら今日も絵を描いてきたらしい。


「こんにちはエレイン。今日も絵を描いたの?」

「うん、時計塔の裏側を描いてきたんだ。お姉さんは図書館帰り?」

「そ、今からマスターのとこに行こうと思って。一緒にいく?」

「行く!」


 年相応に微笑む彼を見て、イリーナは心の中で悶絶する。ちょうど同い年くらいの弟がいるからか、イリーナは自身より年下の子たちに姉心を抱いていた。そうしているうちにエレインはイリーナの隣に立ち、行こうと声を掛けた。


「今日は何食べようかなー。エレインは何にするの?」

「この前フレンチトースト食べたから、お兄さんがおすすめって言ってたカステラにしようかな」

「カステラ?」

「お兄さんの国にある有名な絵本に出てくるカステラなんだって」

「え、それすごく気になる! 私もそれにしようかなー」


 楽しく会話していると目的地が見えてくる。二人はまだ見ぬカステラがどんなものか心躍らせながら扉を開ける。来店を告げる鐘が鳴り、客と会話をしていたカズヤがこちらに顔を向けた。


「いらっしゃい。今日は二人で来たんだな」

「こんにちはマスター。偶然会ってね」

「こんにちはお兄さん。今日はね何食べるか決めたよ」

「お、なんだ?」

「カステラ!」

「私もそれでお願い」

「分かった。今から作るからちょっと待ってな。すみません、話はまた今度」

「ええ、構いませんよ。時間もちょうど良いのでまた来ますね。お代ここに置いておきます」

「ありがとうございます。ちょうどいただきました」


 女性は軽く会釈をし、店を去る。二人は彼女が出て行ったのを見届けるとカズヤに声を掛けた。


「さっきの人は?」

「ん? ああ、最近来てくれるようになったんだ」

「何かお願い事してたみたいだけど」

「それは企業秘密なので言えませーん」


 そう茶目っ気にカズヤは言うと奥に引っ込む。カステラ作りに向かったのだろう。二人はわくわくしながらカステラを待っていると店の扉が開く。誰が来たのか振り返ると、レントが立っていた。思わず顔が強張り、身構える。彼もこちらに気づいたのか、にやにやしながらこちらにやって来た。


「イリーナじゃん。隣良い?」


 最悪だ。イリーナの気分は一気に落ち込んだ。

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― 新着の感想 ―
 『新キャラでます』という案内があって、とても助かりました。脳内にいる声優さんがどんな声を出したらいいか分からなくて、とても困っていたところ、そのアナウンスがあって、とても助かりましたと言っていました…
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