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プリンアラモード

今日から第2章が始まります。よろしくお願いします。

 カズヤがこの世界に来てから三ヶ月が経った。月日というものは光陰の如しとはよく言ったものだ。エレインはあの後父親とよく話すようになったのだろう。よく父子(親子)で来店するようになった。聞こえてくる会話に耳を澄ませば、楽しそうな声が聞こえてくる。時折、口論のようなものもあるがそれもご愛敬というものだろう。あの日から彼は今まで以上に明るく──カズヤの前では明かるかったが──なった気がする。

 あの時背中を押せて良かった。カズヤはカウンター席で会話をする二人を微笑ましく見守る。


 このモノローグだけだとで空気がしんみりしているかと思うかもしれない。まるで見守っていた子が巣立ったような物寂しさを覚えるだろう。しかし、現実はそうではない。


 ──まあ、つまりだ。カズヤは今目の前で起きている惨状から目を背けているのである。


「お父様、それは……鳥でいいんだよね?」

「いや、馬だが」

「なんで!?」

(エレイン、俺も同じ気持ちだよ……)


 叫ぶエレインをなまあたたかい目で見つめる。きっかけは何だったか。確かエレインの父──ブランが絵を描いてみたいと言ったのだ。幸い、いつものように画材を持ってきていたエレインはカズヤの許可を得て彼に鉛筆と一枚の紙を渡した。ブランは少し無邪気に紙に線を引き、意気揚々と作品を二人に見せた。

 結論から言えば、彼は画伯だった。それもかなり独特の。父親の画力に驚いたのか、目にした時のエレインは動きを固めた。いやーがんばったんだよーと楽しそうに話す父になんて言葉を掛けるべきかわからず、助けを乞うようにカズヤに視線を向ける。あまりのぎこちなさに彼はブリキの人形になったのではないかとこの時カズヤは思った。しかしさすがのカズヤもなんて言葉を掛けたらいいかわからない。絵が得意なエレインでさえ固まるのだ。素人の自分にはなおさら分かるはずもない。顔を横に振り、無理だと告げる。

 カズヤが無理だと分かったエレインは、父に向き合う。父の意外な一面を見れたことに喜ぶべきなのかはわからない。エレインはあー、とかえー、と何度かうなってから適切な言葉を考える。


「……こ、個性的だね」


 よく頑張った。カズヤは心の中でエレインを褒めた。


「こんにちはー! マスターいる?」


 ベルの音が店内に響きカズヤが目を向ければ、イリーナが立っていた。華奢な腕にはたくさんの本やノートが抱かれている。図書館帰りかな、カズヤがそう思えば彼女はカウンターにやってくる。エレインの左隣に座り荷物を隣の椅子に置くとにっこりと微笑んだ。


「こんにちはマスター」

「いらっしゃい。図書館帰りか?」

「そう、今日も勉強してきたんだ。あ、注文はアイスティーね」

「はいよ、にしても相変わらずえらいな」

「もっと褒めてもいいんだよー」

「お姉さんこんにちは」

「こんにちはエレイン。……隣の人は?」


 ブランの様子を窺う彼女にエレインは父を紹介する。


「僕のお父様」

「息子がお世話になっております。ブランと申します」

「えっ、エレインのおとうさん!? 初めましてイリーナと言います」

「ああ、あなたが。息子から話を聞いてます。なんでも、勉強を教えているとか」

「は、はい。そうなんです」


 ブランの言葉にイリーナは身を固くする。女に勉強なんて必要ないと言われたらどうしよう、そんな不安が表情に表れていた。エレインは父がなんていうのか分からずどきどきしていたが、彼が発した言葉は意外なものだった。


「何を専門的にお学びで?」

「え?」

「いやなに、私は歴史が好きでしてね。家を継がなければ学者になろうと思ってまして」

「わ、私も歴史が好きです! 歴史以外だと地理とか民俗学とか……」

「おや、私もです。よろしければ少しお話しませんか?」

「ぜひ! 早速なんですけど、この本に書かれたここの解釈が知りたくて……」


 予想外の言葉の連続に驚いていたイリーナだが、専門的な話ができると分かったからか、その目は輝いていた。カズヤがアイスティーを差し出すが、彼女は熱中していて気付く気配はない。イリーナは本とノートを広げ、ブランに尋ねると彼は快く答えた。間に挟まれたエレインは専門用語の多さに聞いているだけで目が回りそうになる。何度か彼女に勉強を教えてもらっていたが、かなりかみ砕いていたのだなということだけ分かった。


「エレイン」


 カズヤに呼ばれエレインはこっそり抜け出す。そばに向かえば彼は何かを手にしていた。見たことない容器に首を傾げていると彼は皿を被せ、それをひっくり返した。驚いていると彼は容器を持ち上げる。プルンっとした物体が出てきてエレインは目を輝かせた。


「プディング?」

「そうか、そっちではそう言うのか」

「お兄さんのところではなんていうの?」

「プリン」

「ぷりん」

「これをな、こうしてな、こうじゃ」


 カズヤはプリンの乗った皿に切ったフルーツやクリームを盛り付ける。見たこともない飾りにエレインは目を輝かせた。変わった形のりんごやバナナ、オレンジに感嘆の声が出る。カズヤはそんなエレインの様子を見てやってみるか? と聞く。


「いいの?」

「試作品だからな。できたやつは食べていいぞ」

「よーし」


 エレインはそう言うと袖を捲り手を洗う。カズヤと同じように容器をひっくり返してプリンを皿に出すとフルーツを並べた。花のようにフルーツを並べるが、彼は納得してない様子でうんうん唸っている。飾り付けに悩むよな、分かるとカズヤが頷いているとエレインは納得したのか満足げに振り返った。できたよと言われ皿を見ればかわいらしいプリンアラモードがそこにあった。


「おお、すごいな」

「でしょ」

「だが……」

「だが?」

「実際に出すならフルーツは少なめかな。でも原型にはしたい」

「なるほど?」

「フルーツも高いからなぁ」

「大人の嘆きだね」

「どこで覚えるんだそんな言葉」

「えへへ」


 やいやい言い合いながら二人はイリーナたちの元に向かう。相変わらず二人は議論に熱中しており、周りが見えてないようだった。二人をどう呼ぼうかエレインが考えていると、隣でカズヤが大きく息を吸った。


「試作食べたい人ー!」


 その言葉に反応したのはイリーナだった。


「試作!? お菓子!?」

「お菓子」

「食べたい!」

「素直でよろしい。お父さんもどうぞ」

「よろしいのですか?」

「エレインが飾……」

「いただきます」


 一連の流れを見たエレインは思った。この二人素直すぎないかと、ちなみにだがエレインも同じ状況になれば釣られるので人のことは言えないのである。全て知っているのはカズヤだけだったりする。


「エレインもほら」

「いただきまーす」


 四人はプリンにすくい一口食べる。少し固めだが、口触りはなめらかで卵の味がほんのり香る。カラメルソースはプリンに合わせて作られているのか少しほろ苦い。だがエレインでも食べられる苦さだ。クリームと一緒に食べればカラメルの苦さが緩和して食べやすい。みずみずしいフルーツが口の中をさっぱりさせるのでいくらでも食べられそうだ。

 きれいになった皿を見てエレインとイリーナはカズヤに視線を向ける。その視線の意味を理解している彼は腕を交差させた。その瞬間二人はブーイングをし、カズヤは慣れた様子で皿を片付けた。ブランは初めて見る息子の姿に笑い、拗ねた二人は紙に感想を書いている。皿を洗い終わったカズヤが表に戻れば、ぎちぎちに書かれたそれを渡した。


「で、いつ販売するの?」

「早くて一週間後かな」

「また来るわね……ブランさん。今日はありがとうございました。またお話しさせてください」

「ああ、また」


 イリーナは荷物をまとめ、会計を済ませると軽快な足取りで帰っていく。扉が閉まると、エレインは父に質問した。


「お父様って歴史好きなんだ」

「楽しいからね」

「えぇー……僕あんまり好きじゃない」

「歴史は美術にも関連があるんだぞ」

「分かってても苦手」

「なら今度教えようか」

「本当!?」


 二人も和気藹々しながら帰っていく。今日もにぎやかだったな。カズヤは片付けながら思った。


 後日エレインが死んだ目をしてやって来る。どうかしたのかとカズヤが聞けば、彼は一冊のノートを差し出した。開くとあの独特な絵が目に入り、顔を引きつらせたのは言うまでもない。


「内容はわかりやすいのに、絵が目に入って集中できないよ」


 エレインは静かに言った。

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― 新着の感想 ―
 図書館という単語があったのは驚きでした。本があるとだいぶ前のエピソードにありましたが、国立なのか、市営なのか、気になるところです。  歴史があるということは、なぜ料理の部類だけが一定のままだったのか…
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