9.修行
「魔王様、お茶入りましたよ〜!」
「お〜、サンキュー」
今日は仕事が休みなため、魔王達は自宅でくつろいでいる。
「この前の会議で話した問題点だが、お金を作る手段がまだ思いつかなくてな。だから、まずは俺自身が強くなろうと思う」
お茶を飲みながら、魔王が言う。
「俺の圧倒的な力を見せつけて、魔族達を魅了してやる」
「もともと魔王軍は、先代の魔王様の圧倒的カリスマ性で結成されたものっす。その血を受け継ぐあなたなら、きっといけます!」
「よし、まずはどれくらいの力を持っているか確かめないとな」
魔王は右手を前に突きだす。
「ステータスオープン!」
「う〜わ、異世界モノでありがちな奴っす……」
「攻撃アップⅠ 攻撃アップⅡ 攻撃アップⅢ 魔力アップⅠ 魔力アップⅡ 魔力アップⅢ 魔力アップⅣ 炎属性強化 氷属性強化 自然治癒(弱) 幸運(大) 漢検2級 英検2級……」
「はい、そこまで!」
「まだステータスを確認してる途中なんだが」
「長々とステータスを説明して文字数稼ぎをするつもりでしょう!」
「別にそんなつもりはないんだが。ところで、急に寿限無を唱えたくなってきたな。寿限無、寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の 水行末 雲来末 風来末……」
「だから、やめなさい!」
「うげぇっ!?」
ゾンビは魔王に強烈なビンタを食らわせる。
「ダラダラと話さず、簡潔に説明しなさい!」
「一般人よりは圧倒的に強いけど、全盛期の1%程度の力しかない。あとは体力がめちゃめちゃ落ちてるから、魔法を使うとすぐにバテる。俺の魔力は強すぎて、その負荷に身体が耐えきれないみたいだ」
「ふむふむ。ではまずは魔力の負荷に耐えられる強い身体を手に入れないとっすね」
「そう簡単に言っても、いったいどうすれば……」
「良い方法があるっすよ!」
「ほう、どんなだ?」
「ついてきてください!」
「あ、ちょ待てよ!」
家から飛び出していくゾンビの後を魔王は慌てて追いかけた。
「つきました〜!」
「ここって、いつも俺達が仕事してる山じゃねえか! こんな所で何を?」
「そりゃ、山といったら山道ダッシュでしょう。麓から頂上までの往復を一日中繰り返しましょう」
「は? そんなことして何になるんだ」
「まずは基礎体力をつけないと。身体を鍛えれば、自ずと魔力に耐えきれる強い身体ができます。普通のダッシュに慣れてきたら、魔法を撃ちながら走りましょう」
「え〜、疲れそうだから嫌だ」
「魔族の未来を守るんでしょう? 魔王様は口だけなんすか?」
「うっ…… そうだな。頑張るか……」
魔王の修行の日々がスタートした。
「はぁはぁはぁ……」
「魔王様! スピードが落ちてますよ!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
大声を出して気合を入れると、落ちかけていたスピードが一気に加速する。
「そのまま魔法を使ってください! ほら、炎の球を発射して!」
「え、無理だって! ランニングだけでもこんなにきついのに」
「魔王様ならできます!」
「はぁっ!」
魔王の右手からは火の球が出る。しかし、それはビー玉サイズのとても小さい物だった。
「あぁ…… もう駄目だ……」
ランニングと魔法で力を使い果たした魔王は、地面にへたり込んだ。
「次は腕立て伏せっす! 百回!」
「ひぃぃぃぃ……」
悲鳴を上げながら腕立て伏せを始める。自分の体重を支えるのが精一杯で、腕をプルプルさせながら超スローペースで行っている。
「98…… 99…… 100! あ〜、やっと終わった……」
かなりの時間をかけて、腕立て伏せを終わらせる。もう腕の筋肉は限界で、その辺の小石を拾い上げることすらままならない。
「腕立てで腕の筋力が上がったはずっす! あの木をパンチで倒してください」
「は? 無茶言うな!」
「口動かさない! 手を動かす! ゴー、ゴー、ゴー!」
「くそっ! どうにでもなれぇぇぇぇ! おら! おら! おら! おら! おら!」
殴って殴って殴りまくる。しかし、木はびくともしない。
「あぁぁぁぁ! 手が痛ぇ!」
「まだ全然駄目ですね。今日はここまでにしておきましょうか」
「よっしゃ! 帰って早く寝よう!」
いつの間にか日が暮れて夜になっていた。
「明日は仕事なんで早起きしてくださいね」
「は? 仕事だと? こんなに疲れてるのに?」
「そりゃそうっすよ。働かないと生活費どうするんすか? 仕事と修行は両立させてください」
「マジかぁぁぁ……」
魔王は泣きながら帰宅した。
働きながら修行を続け、数ヶ月が経過した。
「だいぶ体力がついてきたぞ」
「修行の成果を見せてください!」
「おう! しっかり見とけよ!」
魔王はものすごい速度で山道を駆け登っていく。時間が経つにつれ、スピードが落ちるどころか、どんどん上がっていく。
「次、魔法行くぞ! はぁっ!」
魔王は左右の手を横に伸ばし、魔力をこめる。すると両手から凄まじい勢いで炎が噴射され、辺り一帯の木々が焼け落ちる。環境破壊も甚だしい。
「うぉ〜、すごいっす!」
「まだまだいくぜ!」
魔王はその場で腕立て伏せを始める。以前のへっぴり腰な腕立てとは違い、一回一回しっかりと地面に顎をつけ、あっという間に百回を終わらせた。
そのまま立ち上がると、近くにある木に向かう。
「うぉぉぉぉぉぉ! おら! おら! おら! おら! おらぁぁ!」
パンチを連打すると、どんどん木は傾いていき、ついに大きな音を立てながら倒れた。
「どうだ! ざっとこんなもんよ!」
「すごいっすね! めっちゃ成長してます!」
「これでも全盛期の10%程度なんだけどな。まあ、この前みたいに冒険者の集団に怯えるようなことはもう無いだろ」
「これからも修行を続けましょうね!」
「おう! 100%の力を取り戻すまで…… いや、200%まで成長するぜ!」