4.豚箱送り
「「ごちそうさま〜!」」
満足するまで食べた二人は席を立つ。
「さ〜ーん。お会計!」
「かしこまりました。え〜……一万ゴールドになります」
「わ〜。割と良いお値段だな」
「たくさん食べたっすからね。でも、これだけ食ってこのお値段はだいぶ良心的っすよ」
「だな。あのさ、ゾンビ。俺、城から慌てて逃げ出してきたから財布持ってないんだよ。今度返すから、ここは一旦お前が払っておいてくれないか?」
「私もお金無いっすよ」
「は?」
「所持金は全部スキンケアで使い切ったっす。お陰で死んでから何百年も経っているのにプルプルのお肌でしょ?」
「お〜、本当だ。超プルプル…… じゃねえよ! お互いに一文無しで、ここの支払いどうすんだよ!」
「まあ、なるようになるっすよ。ケセラケラ〜!」
「どうにもならんわ!」
「あの〜、お客様。いかがなさいました?」
いつまでも揉めている二人に、店員が割って入る。
「いや、あの、その…… 俺達、お金持ってなくて」
「なるほど。では店長を呼んで參りますので、少々お待ちください」
ゴブリンの店員は、店の奥に店長を呼びに行った。しばらくすると、「ズシン、ズシン」という地響きと共に店長が現れる。
「お客様。お金を持っていないということでよろしいですかね?」
「は、はいっ……」
店長の姿を見て、魔王は腰を抜かす。店長が巨大なトロールだったからである。頭が天井につきそうで、とにかく大きい。そして、明らかに殺傷力の高い棍棒を持っている。弱りきった今の魔王では間違いなく敵わない相手だ。
丁寧な言葉遣いだが、それが逆に怖い。
「つまり、無銭飲食と言うわけですか」
「いや、待ってくれ。俺は魔王だぞ! お前達魔族を束ねる王だ! ここは顔パスでどうにか……」
「とりあえず、警察に行きましょうか」
「あ、いや、ちょっと…… うわぁ!?」
トロールは魔王とゾンビを片手で担ぎ上げると、そのまま警察署まで連行した。
「それで、あなた方は無銭飲食をしようとしたわけですね?」
「だから違うって!」
魔王達は警察署で、二足歩行の狼モンスター「ワーウルフ」に取り調べを受ける。
「お金を払おうと思ったけど、無かったんだよ!」
「つまり無銭飲食と」
「俺は魔王だぞ。俺がその気になればお前をクビにすることだってできるわけだが」
「ちょっと、署長。来てもらって良いですか?」
ワーウルフの警察官は、署長を呼ぶ。署長は一回り大きいワーウルフだ。これもまたとても強く、今の魔王では敵わない。
「どうしたんだね?」
「この無銭飲食をした方、自分のことを魔王だと思い込んでいるようで。もしかしたら精神に異常があるのかもしれません」
「ふむ。ここは私が担当しよう。君は席を外したまえ」
「はい!」
部下を退室させると、署長は取り調べの椅子に座る。
「それで? 君は誰だって?」
「だから、俺は魔王だってずっと言ってるだろ!」
「ふむ、本当に精神に異常があるようだね」
「お前も魔族ならわかるだろ! この顔をよ〜く見てみろ! どうみても魔王だろ!」
「君が魔王だというのなら、その身分を証明するものはあるのかね?」
「ああ、もちろん。確か財布に身分証が…… って、財布忘れたから身分証もねえわ」
「やはり精神異常者か。精神病院にブチ込んだ方が良いかもしれんな」
「お前も魔族だろ? 魔族ならわかるだろうよ。魔王がどんな顔をしているか!」
魔王は机をバンバン叩いて威圧する。
「そう言われても、君はどこにでもいるような印象の薄い顔をしているからねえ。やはり身分証が無いと」
「くそっ…… 顔の印象が薄いのは気にしてるんだよ!」
「このままじゃ精神病院送りになるけどどうする? もう一度だけ聞くよ。君は魔王なのかい?」
「い、いえ…… お、俺は…… ま、魔王では…… あ、ありません……」
非常に屈辱的な台詞であるが、魔王は自分の心を押し殺して言った。今、自分が魔王であることを証明できない以上、このまま食い下がっても意味はないからである。
「ほう? なら、最初に自分が魔王だという嘘を?」
「魔王に憧れていまして」
「へえ。まあ、そのボロボロな身なりからして、家も仕事も無い浮浪者だろう。常習犯ではないみたいだし、今回は見逃してあげるから、これからはまっとうに生きなさい」
「はい」
無事解放となり、魔王とゾンビは取り調べの席を立つ。その瞬間、魔王のポケットから何かが落ちる。
「何だね、それは?」
「あ、いや。何でもありません」
「見せなさい!」
魔王が物を隠そうとすると、署長がそれを没収する。
「クンカクンカ…… この臭い、そしてこの色合い。間違い無い。これは大麻だ!」
「な、何だって〜! どうして俺のポケットに大麻が〜!」
魔王は白々しい演技をするが、そんなことで騙せるわけがない。
「取り調べはだいぶ伸びそうだね。とりあえず今日は泊まっていきたまえ」
「え、泊まるって?」
「もちろん牢屋だよ!」
魔王とゾンビは違法薬物所持の疑いで投獄された。