24.戦支度
「ワシにはもう後が無い。今回は必ず勝つぞ!」
レルヘンに向かう森の中。軍を率いるキハラヤス伯爵は自分に喝を入れる。
「父上。今回は油断なさらぬよう」
四十代程の中年男性が忠告する。彼はゴモラ・メラルド子爵。キハラヤスの長男で、メラルド伯爵家の跡継ぎである。
「わかっておるわ」
「フーコの街を攻める時、私はさんざん止めたのに父上は勝手に出撃しましたね。私の言う通りにしておけば、ノスファルド様から大目玉をくらうこともなかった」
「あの街の魔族は思っていたより強かったんじゃ。だが、今回は大丈夫。エルフ族は女しかいない。そんな種族に負けることなどはありえんわ!」
「それを油断というのですよ、父上。しっかりと気を引き締めてください」
「わかった、わかった。今回は慎重に戦う。そして、ノスファルドの奴をギャフンと言わせてやるわ!」
「旦那のことを呼び捨てにするとは、偉くなったもんだな。キハラヤス殿?」
キハラヤスは背後から話しかけられる。
肌の黒い筋骨隆々の身体、ノスファルドの側近として仕える元盗賊の男だ。
「こ、これはこれは、シグマ・ガネット。サフィア公爵家の家臣であるお主が何故ここに?」
「ノスファルドの旦那からキハラヤス殿を見張るように指示されたんだよ。大切な兵士達の命を無駄にすり減らされたらたまったもんじゃないからな。あんたを放置したら何をしでかすかわかったもんじゃない」
「口を慎まんか! 卑しい生まれのくせに!」
「口を慎むのはどっちだ? 俺はノスファルドの旦那の名代としてここに来ている。俺の言葉は旦那の言葉だと思え」
「くっ……」
気まずい雰囲気を漂わせたまま、キハラヤスは進軍を続けた。
「これより人間共を迎え撃つため、作戦会議を始める。ルーシー、こちらはどれくらいの戦力を揃えられる?」
レルヘンでは、女王を中心に会議が開かれた。ルーシーの口添えで、魔王とゾンビも出席させてもらっている。
「二万くらいですね。相手の半分以下になりますが、エルフは戦闘のエキスパート。簡単に負けることはありません」
「いくら一人一人のスペックが高いからといっても、やはり数の差は軽視できん。正面からぶつかるのは悪手だろう。何か手を考えねば」
女王は机の上に周辺の地図を広げる。
「なあ。国の回りを囲んでるこの線はなんだ?」
魔王は国の地形を疑問に思う。
「これは惣構といってな、堀と土塁が国全体をぐるっと囲んでいるのだ。この国の防衛力を大いに底上げしている。先代の魔王のアドバイスにより作られたものだ」
「はえ〜。母さんは面白い物を考えたな。せっかくだからこれを使って戦おうぜ」
「私も同感だ。堀に落ちれば、上がってくるのに時間がかかる。そこに矢を撃ち込めば敵兵を簡単に殺せる。まさに最強の防衛設備。これを使えばいかなる敵もはねのけることができよう」
「この惣構の内側にいる限り、敵は迂闊にこちらに攻め寄せることはできないということだな。ならば、ひたすら引き籠もって時間を稼ごう」
「時間を稼いでどうする?」
「キハラヤスは人望が無い。今回集められた兵士達も本当は戦いたくないはずだ。戦いが長引けば長引くほどそれは顕著になっていき、敵の士気はガンガン下がる。それに五万もの兵士を維持するには相当な兵糧が必要なはずだ。戦いの長期化は間違いなく相手の負担になる」
「戦いを引き伸ばし、士気の低下と兵糧の枯渇で戦線を維持できなくなった相手を撤退に追い込むというわけだな? 悪くない」
「普通ならそうなるだろうが、キハラヤスは撤退しないだろうな。奴はフーコの街での敗戦で焦っているはず。また負ければ罰を受けることになるだろう。だから意地でも撤退せずに戦闘を継続するだろう」
「兵士達が完全にやる気を無くし、物資が底をついてもか?」
「ああ、確実にな。だから相手がボロボロになったタイミングで、惣構の外に打って出て反転攻勢に出る。そしてキハラヤスの首を取る」
「お前はキハラヤスという男について知り尽くしているようだな」
「一度勝利してるからな」
「そのような者が味方についているとは心強い。今回の戦いはお前も指揮官の一人に任じるとしよう。お前が誠に魔王であるならば、キハラヤスの首しかと取ってみせろ!」
「おう、任せろ!」
「皆の者、今こそ命をかけるときぞ!」
「「「おぉぉぉぉ!」」」
エルフ達は戦いの準備に取りかかった。
「いよいよだな。ワシの今後のキャリアがかかっておる。何としてでも勝つぞ!」
王国軍はレルヘンの目の前にまで進軍した。
「キハラヤス殿。私も全力で助太刀しましょう。その代わり、勝利の折には……」
ヒョロヒョロに痩せた中年男性がキハラヤスに語りかける。彼はマクサ・メラルド男爵。キハラヤスの遠縁の親戚でメラルド家の分家の当主である。
「わかっておる、マクサ殿。報酬ならいくらでもくれてやる。だから何としてでも勝つのだ!」
「ヘッヘッヘ。ありがとうございます!」
マクサはいやらしく笑った。
「サキュロス殿。貴殿にも報酬ははずもう。思い切り戦ってくれよ!」
キハラヤスが言葉を投げかけたのは、小柄でありながら筋肉質な男性、サキュロス・マキュロ子爵だ。常に剣を持っている、二十代の若さ溢れる武闘派である。
「キハラヤス殿、報酬などは不要だ。俺様は、暴れられればそれでいい。戦いの場を用意してくれたこと、それこそが一番の報酬だぜ!」
「そうかそうか。それは結構なことよ。それではいくとするか!」
「父上。今回は何があっても敵前逃亡などしないでくださいよ。大将の存在は兵士達にとっては想像以上に大きいものです」
息子のゴモラが釘を刺す。
「安心しな、ゴモラ殿。この俺がノスファルドの旦那に変わってしっかりと親父さんを見張っておく。決してヘマはさせねえよ」
「シグマ殿、頼みましたよ」
ゴモラは無能な父親に振り回され、何度も苦労をしてきた。それを抑えてくれる存在が現れたことに心底安堵する。
「どいつもこいつもワシを見下しておるな…… まあ、良い。気を取り直して、出陣じゃ!」




