20.帰宅
ノスファルドの軍勢から逃げ出した魔王とゾンビは何日も走り続け、命からがらフーコの街へ帰還した。
魔王を逃がすために戦った魔族達はほとんどが死亡。その辺の冒険者であれば何十人も同時に相手できるはずの彼らがほぼ全滅。ノスファルド直属の配下には、とてつもない強者が揃っているのだ。
「きつい、きつかった…… 死ぬかと思った……」
家につくなり魔王は床に横たわる。命の危機を感じずに横になれるなんて数日ぶりで、久々に安心を手に入れた。
「うぇっ! 魔王様、臭いっす! 死ぬほど臭いっす!」
「はぁ? そんなわけ…… うわ、臭!」
魔王は自分の体臭が強烈なことに気づき、のたうち回る。
「休まず何日も走り回ったら、そりゃ臭くなりますよ! 本当、酷い臭いっす!」
「そういうお前もめちゃめちゃ臭いぞ。死体なんだから、もっと体臭には気を遣え」
「どれどれ? クンクン…… うわ、マジじゃないっすか! 死ぬほど臭い!」
ゾンビも自分の体臭でのたうち回る。
「風呂入るか。身体をピカピカにしないと」
「私が先に入りたいっす!」
「いや、俺が先だろ! 俺はお前の上司だぞ!」
「魔王様を庇って背中に矢が刺さったんすから、ここは優先してくださいよ!」
「それとこれとは別だ!」
二人は風呂の順番を巡って、火花を散らし合う。
「ここは魔族らしく戦いで決めようか」
「受けて立ちますよ」
激闘の幕開けだ。
「あ〜、風呂って気持ちいいなあー」
「そうっすね〜」
戦いの決着がつかず、結局二人で一緒に風呂に入ることになった。
「おい。お前もうちょっとそっち寄れよ」
「極限まで寄ってますよ! 魔王様こそそっち行ってください!」
このアパートはユニットバスなので、とにかく狭い。二人の体が触れ合い、とてもきつい。
「だいたい、どうしてお前と一緒に風呂なんか入らないといかんのだ!」
「小さい頃はよく一緒に入ってたじゃないっすか。忘れちゃいましたか?」
「何百年前の話だ、それ」
「体洗ってあげてましたよね」
「ああ、もううるさい! 上がる!」
魔王は怒りながら、風呂を上がった。
「ゴクゴクゴク…… ぶは〜っ!」
「美味しいっすね〜」
二人は風呂上がりの牛乳を飲み干した。
「んじゃあ、そろそろ寝ます?」
「いや、待て。その前に緊急会議だ」
「もう何日も寝てないんすよ。眠くて死にそうっす」
「今、俺達がどれだけピンチなのかわかってるのか? これからのことについてじっくり話し合わないと」
「仕方ないっすね…… ふわぁ〜」
ゾンビは欠伸をしながら不満気に席につく。
「俺達って今、めちゃめちゃヤバい状況だよな?」
「そうっすね。魔王様は今まで行方不明という扱いだったが、ノスファルド公爵に存在を認知されてしまいました。この情報が王国全体に広まるのも時間の問題でしょうね」
「全ての人間共が、俺を狙って目を光らすことになるわけか。もううかつに人間の支配地に足を踏み入れられないな」
「でも逆に考えてください。王国に魔王様生存の情報が流れたことは、回り回って魔族達に伝わります。自分達の王が消えて意気消沈していた魔族達が、活気を取り戻しますよ!」
「そうか。俺の存在が、魔族達の希望になるわけか。でも、俺が魔王だと名乗り出ても、例のごとく誰も信じてくれんだろ。もっと日頃から民衆の前に顔を出しておくんだったな……」
「後悔しても遅いっすよ。こうなったら、どでかい功績を立てて、魔王様が健在であることを世に知らしめましょう」
「どでかい功績って?」
「王国軍の重鎮を討ち取るんすよ。そうすれば、魔族の皆さんもあなたが魔王様であることを認めてくれるはずっす!」
「重鎮ねえ。殺っちまうか」
「ターゲットは誰にします?」
「決まってるだろ。魔王軍を壊滅に追い込んだ元凶だよ」
「ノスファルドっすね」
「何があってもあいつだけは絶対に殺す」
互いに殺意を抱き合うようになる。宿敵同士が再び激突する日も近い。
「奴の狙いは俺だ。俺が人間共の前に現れれば、確実にノスファルドが駆けつけるだろう。奴を戦場に引きずり出して首を取る」
「魔王軍に人材がいない今、私と魔王様だけで挑むことになります。その辺はどうします?」
「あいつの放った一発の矢を見て確信したよ。あれはただ者じゃない。勇者に匹敵する強さを持っている。だから無策に突っ込むつもりはない。ルシウスが言っていた残りの邪神器を集め、強くなった上でノスファルドに挑む」
「ですが、どうやって見つけます? ルシウスさんは何も手がかりを教えてくれませんでした」
「その情報はこれから調べる。またドワーフのおっさんにでも話を聞きに行こう。そして、俺の肉体を強化するためにも、明日からは修行の量を二倍、いや三倍にする。とにかく早く強くならないと」
「早く強くなって、魔族達の救世主にならないとっすね!」
「ああ」
「そのために英気を養う必要があるので、もう寝ますね」
「お前ちゃっちゃと話を切り上げて寝たいだけだろ」
「………」
ゾンビは黙って押し入れの中へひっこんだ。
「まあ、俺もめちゃめちゃ疲れてるし眠るか」
久しぶりの睡眠。二人は泥のように眠り、目覚めたのは、まるまる二十四時間後であった。




