2.敗走
「魔王様、もっと早く走って!」
「ハァハァハァハァ…… こちとら病み上がりなんだよ!」
魔王とゾンビは森の中を全力疾走している。
「モタモタしてたら捕まっちゃうっすよ!」
「お前は良いよな。身体が小さくて身軽なんだから」
「ロリっ娘の特権っすね!」
「俺もロリっ娘になりてぇ…… ちょっとタンマ。休憩させてくれ……」
魔王は近くの切り株に腰かける。
「ゼェゼェゼェゼェ…… 全力で走ったのなんて何十年ぶりだ? いや、下手したら何百年ぶりかもな」
「長いこと戦闘は部下に任せきりで、城に引きこもってましたもんね。そんなんだから勇者に勝てなかったんじゃないんすか?」
「一理あるな。日頃からもっと鍛錬しとくんだったよ」
しかし、今さら後悔してももう遅い。封印の代償に魔王は大幅に弱体化し、多くの配下を失った。今はいつ殺されてもおかしくない、そんな
極限の状況だ。
「さて、そろそろ行くか」
「何かいたぞ!」
「ヤバい!」
再び走り出そうと魔王が立ち上がると、冒険者の一人に見つかってしまう。彼の声を聞きつけて、回りにいた多くの仲間達がぞろぞろ集まってくる。その数は五十人を超える。
「お前は何者だ!」
冒険者の一人が尋ねる。
「お、俺か? え、えっ〜と、通りすがりの…… あの…… その……」
「早く答えないと怪しまれますよ。魔王様!」
「おい、バカっ!」
魔王は慌ててゾンビの口を押さえるが、時すでに遅し。ばっちり聞かれてしまっていた。
「何? 魔王だと? ついに魔王を見つけたぞ! お前ら、かかれ〜!」
五十人の冒険者達がいっせいに襲いかかる。
「くそっ。戦うしかないか!」
魔王は右手を前に突き出し、そこから大量の火球を放つ。
「「「うわぁぁぁぁ!」」」
命中した数名の冒険者はあまりの痛みにのたうち回った後に、絶命した。
「弱体化してても意外と戦えるもんだな。元のポテンシャルが高いからか」
「じゃあ残りもちゃちゃっと片付けてください」
「はいよ」
魔王は更に多くの火球を放つ。五十人の冒険者達は一瞬のうちに消炭になった。
「ふぅ〜、終わった、終わった。この調子なら千人くらい簡単に始末できちゃうかもな」
「ひゅ〜! 魔王様かっけ〜!」
「あっ、ちょっと待って。何かヤバいかも……」
魔王は脇腹を押さえて地面にうずくまる。
「どうしたんすか!?」
「よくわからんけど…… 何か苦しい……」
「魔力を使い過ぎて身体に負荷がかかってるっぽいっすね。やっぱりかなり弱体化してる」
「なぁ、もう歩けそうにないんだが」
「あそこだ! あそこに魔王がいるぞ!」
最悪のタイミングで冒険者に見つかってしまった。今回も五十人程度の集団だが、今の魔王にはもう戦える力は残っていない。
「魔王様、逃げましょう!」
「もう、走れねえ。駄目だ。終わった……」
「魔王様を置いていけないっすよ! しっかり捕まっててください!」
ゾンビは魔王を抱きかかえる。
「おい、俺を抱えたまま走るとか不可能……」
「テレポート!」
「え、お前テレポートなんて使えたの……」
二人は光に包まれ、その場から姿を消した。
二人は遙か遠くの平原にテレポートした。冒険者達の気配はもう感じない。
「ここまで来れば大丈夫っすね」
「お前さ、テレポートできるならどうして最初からやらなかったんだよ」
「いや、テレポートって魔力の消耗激しいんすよ。使ったあとはしばらく魔法が使えなくなるんで、使いどころは慎重に選ばないと」
「そもそもお前が魔法を使えるの初めて知ったわ」
「能ある鷹っすから!」
「自分で能ある鷹って言ってるあたり、能無さそうだが…… ところで、ここどこだ?」
「知らないっす」
「知らないだとぉ? テレポートしたのお前だろ」
「テレポート地点をランダムで設定していたんで」
「ランダムって…… もしかしたら深海とか、火山のマグマの中とかにテレポートしてたってことか!? 何でそんな馬鹿なことを」
「どこにテレポートするかわからない方が、ドキドキワクワクで楽しいからっす」
「全然楽しくねえよ! お陰でわけわからん場所に来ちまったじゃねえか。近くに冒険者の拠点があったりしたら、それで詰みだぞ」
「まあ冒険者に会わないようにお祈り頑張ってください!」
「冒険者に会いませんように、冒険者に会いませんに……」
魔王は神に祈った。
「魔王城にはもう戻れないので、とりあえず生活できる場所を探しましょう!」
「生活ねえ…… 水、食料、家、必要な物はたくさんあるが、そう都合よく手に入るか?」
「魔族が住む集落を見つければ良いのでは? 何かしら支援してくれるでしょう」
「あー、なるほどな。でもどうやって見つけるんだ?」
「この超高性能レーダーを使います!」
ゾンビは木の棒のようなものを取り出す。
「それが、超高性能レーダー? どう使うんだ?」
「こう使うっす!」
ゾンビは地面に棒を立てて手を離す。棒は倒れる。
「こっちっす!」
「ただの棒倒しじゃねえか!」
「こういうのって意外と当たるもんなんすよ! 困った時は運ゲーあるのみ!」
「まあ人生って基本運ゲーだもんな」
この二人は割と思想が近い。
「長旅が予想されるんで、これ使っておいてください」
「何だこれ?」
ゾンビは魔王に、謎の葉っぱを手渡す。
「魔王様、さっき魔力を使い過ぎてお疲れでしょう? それを使って回復してください」
「おう、気が利くな。薬草か」
「いえ、大麻っす」
「た、大麻!? あの薬物の大麻!?」
「大麻を使えば気持ちよくなって、魔力の消耗によるダメージを忘れられますよ。ダメージを忘れることは実質回復と同じっす」
「普通に違法じゃねえか」
「平気で人間を殺すのに、違法とか気にするんすか?」
「それもそうか。なら、使わせてもらうかな」
魔王は大麻をキメてダメージをかき消すと、新たな生活拠点を探して歩き始めた。