12.第一次フーコ防衛戦
魔族達が会議を行った二日後。王国軍はフーコの街の数キロ先まで進軍していた。
「貴様ら! 準備は良いか!」
七千人の王国軍を率いる司令官、キハラヤス伯爵は大声で叫ぶ。七十を超える老人であるが、その野心は衰えることなく、手柄を立てることに心を燃やしている。
「伯爵。本当にやるのですか? 独断で開戦して負けたとなれば、罰を受けることになりますよ」
部下の男が忠告する。
「こちらには七千の兵がいるのだぞ? それに対して相手は五百にも満たないらしいではないか。負けることはあるまい」
「相手が五百という情報は出どころが怪しいです。もう少し慎重に偵察してからでも……」
「ええい、うるさい! ワシに反論するなら、その首をぶった切るぞ!」
「も、申し訳ありません!」
魔族の兵力が五百以下という情報は、魔王がばら撒いた嘘の情報だ。部下の男はそれを見抜いていたが、伯爵はその意見を突っぱねてしまった。
「貴様ら! 速度を上げい! さっさと魔族共の集落を焼き払うぞ!」
王国軍はフーコの街へ進軍を続ける。
「全員持ち場についたか?」
「バッチリっす! あとは敵の到着を待つだけっすね!」
「王国軍なんかボコボコにしてやるぜ」
砦の中で魔王とゾンビが話していると、遠くから多くの人影が見えてくる。
「お、噂をすれば王国軍のお出ましじゃないか。お前達、作戦通りに頼むぞ!」
王国軍は川の前に布陣した。
「者ども! ワシの出世のため、命をかけて戦うのだ!」
「「「は、はい……」」」
キハラヤス伯爵が呼びかけるが、部下達の反応は薄い。あまり士気は高くないようだ。
「まずは、作戦の第一段階だ。うちの精鋭部隊を動かせ!」
「狼煙を上げるっす!」
狼煙を見ると、魔族軍の部隊およそ三百人が、川を挟んで敵と向かい合うように布陣する。この三百人は警察を中心とする戦闘能力に自信がある精鋭部隊だ。
「やはり敵は少数ではないか。魔族など恐るるに足らず! 開戦じゃ! つっこめ!」
伯爵が指示を出すと、王国軍のうち四千の兵が進撃を開始。川を渡ろうとする。残りの三千は本陣で伯爵を守備する形だ。
「我々の出番だ! この街の未来を守るため、しかと戦おうぞ!」
警察署長のワーウルフが号令をかけると、精鋭部隊はいっせいに攻撃を始める。弓での狙撃や、遠距離攻撃の魔法を使い、渡河している王国軍を攻撃する。
「うわぁっ!」
「ぐはぁっ!」
川の中は足場が悪く、一歩一歩ゆっくり歩くだけで精一杯だ。そんな中で攻撃まで避ける余裕はなく、一人また一人と王国軍の兵が遠距離攻撃の餌食になる。
「貴様ら! 何をしておる! 進め、進め、進めぇ〜! ワシは必ず勝たねばならんのだ! 負けたら貴様ら全員打ち首じゃ!」
打ち首は嫌なので、兵士達は全力で前進する。部隊の前方の兵が徐々に渡河を成功させる。
「そろそろ頃合いか。皆、引き上げるぞ!」
魔族の精鋭部隊は踵を返し、山の上の砦へと撤退していった。それからしばらくすると、王国軍は完全に渡河を終えた。
「敵が逃げるぞ! 逃がすな! 追いかけろ!」
「お待ちください、伯爵。まだ本格的な戦闘をしていないのに敵は引き上げました。何かの罠かもしれません。ここはどうか慎重に……」
「ワシの軍勢に恐れをなして逃げたのであろう。魔族に罠をしかけられる程の知性は無いわ! ただちに追撃せよ!」
「は、ははぁ…… そのように指示いたします……」
部下の忠告など聞き入れず、伯爵は軍を前に進めることしか考えない。
王国軍は砦に逃げた敵をしとめるため、山を登る。
「ははは。あの片角の小僧が言ったように、まんまと登ってきやがったな。お前ら、やれ!」
サイクロプスが指示を出すと、山の中に隠れていた軍勢が一気に顔を出す。川沿いから撤退してきた部隊も吸収し、その数は千五百に上る。
魔族達は弓や魔法で、下から迫りくる敵兵を撃ち抜く。弓も魔法も使えない者は岩や丸太など、投げれる物なら何でも投げて攻撃する。
「うわぁっ!」
「うぐっ!」
ここでも、王国軍は苦戦する。前に進もうにも何重にも張り巡らされた柵がそれを阻む。柵を越えようとすると、遠距離から攻撃をされ、敵に近づくことすらままならない。魔族達の大規模な工事により、山そのものが堅固な要塞と化していたのだ。
「クソッ! 分が悪い。いったん下がるぞ!」
指揮官のうちの一人が指示を出すと、四千の兵は山を下りる。その様子を後方から眺めていた伯爵は激怒した。
「あいつらは何をやっているのだ! こうなったら本隊の一部を前線に送るぞ!」
後方に控えていた三千の部隊のうち二千が前進。川を渡ろうとする。
それを砦にいる魔王はニヤニヤしながら眺めていた。
「よし、伯爵様の本隊が動いたな。全部俺の予想通りよ!」
「いよいよ魔王様の出番っすね!」
「久しぶりに力を解放するぜ!」
魔王は天に両手を掲げ、自分の持てる全ての魔力を注ぎ込む。
すると、川の上流に禍々しい雰囲気を放つ黒い雲が現れ、そこから莫大な量の雨が降る。勢いが強すぎて、雨というより滝のようだ。
大量の水が注ぎ込まれたことで、川は増水し、流れが急になる。
「うぶぁぁっ!」
「助けてくれぇぇぇ!」
渡河を始めた王国軍の兵が流されていく。この水害で百人を超える兵が犠牲となった。
「俺の魔力を見たか!」
魔王は勝ち誇るように言った。
「あいつ、本当にやりやがったぞ」
「だが、あの量の水を発生させるには相当な魔力が必要なはず。あいつは、どうやったんだ?」
一連の出来事を見ていた魔族達はざわつく。
本来、川を氾濫させるためには一流の大魔法使い数百人分の魔力が必要だ。魔王はそれをたった一人でやってのけた。彼の魔力がそれだけ莫大ということだ。
「川の流れが強くなったくらいで動揺するな! 進め! 前に進め!」
「なりません、伯爵! 無理に渡ろうとすれば壊滅します!」
「クソっ……」
伯爵は無力にに立ち尽くすしかなくなった。
「おい、あの川の流れヤバくないか?」
「俺達、もう戻れねえよ」
「本陣からの援軍も望めない……」
前方の部隊と本陣が川によって完全に遮断され、連携を取ることが不可能になった。兵士達は大混乱に陥る。これこそが魔王の狙いであった。
「さてと。俺も、もうひと暴れ…… うぐっ!?」
「魔王様!?」
魔王が突然吐血して地面に倒れ込む。
「畜生…… 身体が動かねぇ。こんな大事な時に……」
「魔力を使い果たしてしまったみたいっすね」
「情けねえ。こんなこと昔は朝飯前だったのに、今じゃ死にそうになる程体力を消耗しちまう……」
「全盛期の一割の力しか無いのに、あれだけの大仕事を成し遂げたのだから無理も無いっす。魔王様はよく頑張りました。あとは皆の働きに任せましょう!」
「そうか…… そうだな! 魔族の底力を見せてやってくれ。信じてるぞ、皆!」
そう言うと、魔王は気を失ってしまった。
「仕掛けるなら今っすね。狼煙を上げるっす!」
ゾンビが狼煙を上げると、新たな部隊が動き出す。
「伯爵! ご報告申し上げます!」
「どうした?」
「本陣の側面から奇襲を受けています!」
「何だと!? 敵は川の向こうにしかいないのではなかったのか?」
伯爵が本陣を置いた地点から少し西に、木々が生い茂る森がある。そこには魔族の五百の部隊が隠れており、ゾンビの狼煙を合図に一斉に本陣への奇襲を開始したのだ。
本陣には現在、千の兵しかいない。川の前まで進軍した兵が戻ってくるには時間がかかる。
手薄となった本陣に魔族達はどんどん迫ってくる。伯爵の目にも認識できる程近づいてきた。
「ご安心ください。敵は少数。落ち着いて対処すれば本陣が崩されることはありません!」
「……だ」
「はい?」
「撤退だ!」
「え……」
伯爵の言った言葉が理解できず、部下の男は固まってしまう。
「敵の奇襲を受けてワシに万が一のことがあったらどうする?」
「しかし、ここで撤退すれば川の向こう側の四千の部隊を置き去りにすることになります!」
「そんなの知ったことか! ワシの安全が第一優先であろう!」
「あなたは兵士達の命を何だと思っている!」
「ワシを守るための駒よ。ワシを生かすために死ねるのなら、奴らも本望だろう」
「何ということを…… あなたは人の上に立つ器ではない!」
「黙れ! 無礼者!」
伯爵は剣を抜くと、部下の首をはねる。讒言してくれる数少ない者を失ってしまった。
「さっさと撤退するぞ!」
王国軍の本隊は敵に背を向け、そのまま引き上げていった。その情報はまたたく間に戦場に広がる。
「本隊が撤退したらしい!」
「伯爵は俺達を見捨てたのか!」
「どうすんだ! 前線で孤立しちまった!」
当然、前方の部隊は絶望に打ちひしがれる。
「さ〜て。総仕上げっすよ! 勇敢な魔族の皆さん、突撃!」
全軍が山を下りて、攻勢に転じる。
「おい、敵が迫ってくるぞ!」
「終わりだ…… もう終わりだ!」
現在戦闘している兵の人数は王国軍が四千なのに対し、魔族は千五百。大きな戦力差があるが、それを上回る士気の差がある。
魔族達は次々と人間を蹴散らしていく。
「逃げないと、逃げないと!」
「川を泳ごう!」
逃げようと川に飛び込む者が続出する。しかし、そのほとんどは急な流れに逆らえず、流されてしまう。
逃げずに戦う者もわずかにいたが、勢いに乗る魔族達にあっけなく殺される。
ここから先の戦いは魔族側の一方的な蹂躪となり、王国軍は三千人近くの損害を出した。
戦争において、兵力の三割以上を失うと「壊滅」と言われる。今回の戦いは王国軍の大敗北となった。




