1.魔王軍壊滅
魔王城の玉座の間で、魔王と勇者は激闘を繰り広げている。
「勇者よ。なかなかやるな」
笑いながらそう言うと、魔王は拍手を送る。
おおまかな見た目は二十歳前後の人間の男性と変わらないが、魔族を象徴する二本の角と尻尾が生えている。そして全身から溢れ出るドス黒いオーラが、彼が人間を遥かに超越した存在であることを示している。
「だが、この楽しい時間もそろそろ終わりだ。消えろ!」
魔王の右手から放たれた炎の球が、勇者の身体に直撃する。勇者は悲鳴を上げることもできずに、地面に倒れ込んでしまった。
「今回の勇者にはかなり手こずらされたな。戦闘員をごっそり失っちまった。この戦いの損害を補填するにはかなりの時間が……」
「……ない!」
「ん?」
「僕は…… 負けるわけにはいかない!」
魔王が戦いの後始末をしようと背を向けると、倒れていた勇者が起き上がっていた。
「馬鹿な! もう呼吸をすることもできないくらいにダメージを与えたはずなのに何故!?」
「国のため、仲間のため、愛する者達のため! 僕はお前を討ち倒す!」
「おのれ!」
魔王は再び火球を飛ばす。しかし、それを勇者はハエでも払うかのようにはねのける。先程より明らかにパワーアップしている。
「おらおらおらおら!」
一発で駄目ならと連打する。しかし、全て防がれてしまう。
そして、ジリジリと魔王の目の前ににじり寄り剣を構える。伝説の剣を構えた金髪碧眼の勇者は、まさに主人公に相応しい見た目をしている。
「ちょ、ちょっと待て! 俺の仲間になれば世界の半分を…… うぐっ!」
お馴染みの台詞で懐柔しようとするも聞き入れられず、強烈な斬撃を叩き込まれる。
「魔王。とどめだ」
勇者は剣を振り上げると両腕に力を込める。すると、剣は聖なる光に包まれる。
「うわ、絶対ヤバい大技が来るやつじゃん。かくなるうえは……」
魔王は自分の片方の角をへし折り、天に掲げる。
「勇者よ! 永き眠りにつくが良い!」
「何!?」
勇者の身体を氷が包んでいく。
「やめろ! やめろぉぉぉぉ!」
「この手だけは使いたくなかったんだがな。お前がすんなり負けてくれないから悪いんだ」
数秒のうちに勇者は全身氷づけにされてしまう。そして、上空に浮かび上がり、そのままどこかへ消える。
「ふう。封印成功か……」
覚醒した勇者に勝てないと判断した魔王は、封印することにした。しかし、その代償として片方の角と莫大な魔力を失った。
「ちょっと休憩でも…… うっ!? めまいが……」
魔王は突然地面に倒れ込むと、そのまま気を失った。
「……さま。魔王様」
「ううっ……」
自分を呼びかける声を聞き、魔王は目を覚ます。目に入ってくるのは見慣れた天井。自分の寝室である。
「やっと目を覚ましましたか。魔王様」
魔王に呼びかけてきたのは配下のゾンビである。肌の色が緑で着ている服がボロいこと以外は、十歳前後の普通の少女のような見た目だ。彼女は魔王城の雑用係で、魔王の身の回りの世話を一手に担っている。
「おはよう、ゾンビ。うっ……」
魔王は身体を起こして立ち上がろうとするが、足がビクビクして上手く立てない。
「無理しない方が良いっすよ。封印の時に魔力をほとんど使い果たしているんすから。しばらく安静に」
「ああ、わかった…… そういえば、何か腹減ったな。食べ物あるか?」
「私ちょうどお昼ごはんにしようと思ってたので、半分わけてあげるっすよ!」
「おお。サンキューな」
ゾンビは魔王が寝ているベットの前に机を置き、その上に料理を並べる。
「はい。ローストチキンと、ローストポークと、ローストビーフです」
「病み上がりに食べるにしてはえらいガッツリしてるな。どんだけローストすんだよ」
「いらないですか?」
「いや、食べる」
魔王は肉料理を貪るように食べる。大量にあった料理が掃除機に吸い込まれるがごとく消えていく。
「それにしても何でこんなに腹減ってるんだろうな。いつもの百倍は腹減ってる」
「そりゃ百年も眠ってましたからね」
「そうか百年か…… は? 百年!?」
魔王は驚き過ぎて声が裏返る。オペラ歌手くらい裏返る。
「はい。百年っす」
「いやいや、流石に嘘だろ。そんな、百年って…… 何か証拠とかあんのか?」
「窓の外を見てください。太陽が二つに増えてるでしょう? この百年の間に分裂したんすよ」
「うわ、マジで二つあるじゃん。てことは本当に百年経過したってことか…… 最悪だ……」
「まあ、嘘なんすけどね」
「え、嘘なの!?」
「はい。魔王様があたふたしてるところ好きなんで、からかってみました。本当は一ヶ月くらいしか経ってないっす」
「マジか、びっくりさせんなよ。良かった…… いや、待てよ? じゃあ、あの二つの太陽はどういうことだ?」
「それは普通に分裂しました。この一ヶ月で」
「なんだそういうことか」
安堵した魔王は残った料理を口にかき込み、完食した。
「腹ごしらえも済んだし、とりあえず魔王軍の方針について話し合うか」
「うっす!」
魔王とゾンビは会議室へ向かった。円卓の回りに、宝石で装飾された椅子が置かれた、悪の組織の典型的な会議室だ。
「さて、これから魔王軍の会議を始める」
「はい!」
「お前しかいないの? 他のメンバーは?」
「いないっすよ」
「は? 会議の時はいつも四天王を集合させる決まりだろ」
「全員死にましたんで」
「え?」
「四天王は全員死んだっすよ」
「おいおい、嘘だろ? また俺をからかってるんだよな?」
「いや、今度はガチのマジっす。魔王様が気絶している間、ここぞとばかりに各地の冒険者達が猛攻をしかけてきまして」
「じゃあ他の幹部を呼び出せ! 四天王には及ばないが、それなりに強いやつらがいるだろ」
「他の幹部も皆死にましたよ」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」
「十勇士も十二神将も七武海も、名のある幹部は全滅です」
「ちょっと待っててくれ」
「はい」
魔王は真顔で部屋の外に出た。
「きぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
そして奇声をあげながらハンマーで自分の頭を滅多打ちにする。
「ただいま」
「おかえりなさい。現実を受け入れられましたか?」
「おう、完全に受け入れられた」
「なら良かったっす」
「とりあえず、見どころのある一般戦闘員を幹部に登用しよう。人材を大量に失った以上、大幅な組織改革が必要だ。ゾンビ、お前から見て優秀なやつは誰だ?」
「いないっす」
「いないことはないだろ。一般戦闘員の中にも誰か一人くらいは実力のあるやつが……」
「いや、そうじゃなくて」
「何だよ?」
「一般戦闘員、一人もいないっす」
「…………」
「…………」
しばらくの間、沈黙が流れる。
「ハンマー使いますか?」
「いや、大丈夫。え〜っと、一人もいないってのはどういうことかな? 戦闘員って十万近くいたと思うんだけど」
「魔王様は意識不明、幹部は全滅、誰もそんな組織にいたいと思わないでしょう。皆、荷物まとめて実家に帰りましたよ」
「あいつら忠誠心無さすぎだろ…… つまり現在の魔王軍の戦力は」
「魔王様と私だけっす!」
「はあ、終わった……」
魔王は両手両膝を地面について、絶望する。
「そうやって落ち込んでる暇があったら、とっとと逃げる準備をした方が良いっすよ」
「逃げる?」
「弱った魔王様を倒して手柄をあげようと、躍起になった冒険者達がすぐ近くまでせまってます」
魔王は窓から顔を出し、じっくりと目を凝らす。すると、数キロ先に冒険者の大群がいるのを発見する。その数は軽く千人を超える。
「何でもっと早く教えてくれないんだよ!」
「ギリギリのところで焦る魔王様が見たくて」
「性格悪いなお前! とにかく、さっさと逃げるぞ!」
「アイアイサー!」
二人は魔王城の外に飛び出し、一目散に逃げ出した。
久々に新作を投稿しました。
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