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6-4(継続)

 親切が仇になるという経験は一度や二度ではないが、ここまで理不尽なのは久しぶりだ。

「オルセイ!」

 近くでマシャが甲高い悲鳴を上げているのが、聞こえる。だが大丈夫だと声をかけてやりたくとも、もう腹に力が入らず、喋れなかった。なぜなら、自分の体でないほどにめった打ちにされていて、意識すらも消えかけているから。

 マシャは両腕をねじり上げられて押さえつけられ、地面を舐めさせられている。土がマシャの体中を汚しており、涙なのか汗なのか、顔にもべっとりと砂が付着している。華奢で小さな彼女の背に、2人もの大の男がのしかかっているのが痛々しく、何とかしてやりたかったが、どうにもならなかった。

 オルセイの方は両手両足を、これもやっぱり複数人の男に掴まれている。仁王立ちにさせられ、まるで物みたいに軽薄に簡単に、何発も、容赦のないパンチを体中に浴びせられていた。腹に受けて体をくの字にしても、すぐに起こされ、また次の拳を入れられる。

 服もぼろ布のように引き裂かれて体がむき出しになり、直接胴に叩きつけられる拳が次々に痣になっていく。痣で、全身が真っ赤になり、それはどす黒く色を変えつつあった。吐瀉物や汗と涎と……とにかくありとあらゆる液体がオルセイの足元に溜まっていて、オルセイはもう吐く物が何もない状態で。歪んだ顔はどこまで歪んでいるのだか、もう分からないほどに感覚がなくて。

 ルイサも、ナザリも。

“ピニッツ”のメンバーはもう、誰もいない。

 自分たちを囲んでいる、数え切れないほど大勢の見知らぬ男たちは、その全員が頭に血を上らせ、大声でわめいている。けれどオルセイの耳には、もうほとんど聞こえていなかった。元々、何を言っているのだかも分からない。

 オルセイらを囲む一帯は、夜の荒野だ。

 砂を含んだ乾いた風が、氷のような冷たさと鋭さで、遮るものの何もない土地を刺していく。背の低い木々がところどころに生えていて、風に揺られてザワザワと鳴るが、その音は男らの声にかき消されている。

 その何もない土地に、今は小さな“町”ができている。男たちの乗っていた馬車やら馬やらが、そこにびっしりと広がっているからだ。たき火が何カ所にも設けられ、火の番をする者や見張りをする者と様々だった。それでも一人の男を囲むその輪には、一体何十人、いや何百人かというほどの人垣ができている。その人垣は全員が男で、老人子供がおらず、一様に同じ服を着ている。襟に角張った柄の入っている、長袖のシャツ。それは、そこに吹く風の冷たさを考えると、かなり薄手だ。中には、その上から毛皮や毛布の上着をはおっている者もいる。だが多くの者はそのシャツ一枚で、それどころか上半身が裸の者までいた。その一帯が、人口密度の高さと気分の高揚とで熱気に溢れているためだ。

 オルセイに拳を繰り出している男も、上半身を裸にしている。隆々とした筋肉に、玉の汗を光らせている。髪のないつるりとした頭の先まで、彼は褐色の肌をしていた。他の男たちも皆そうだ。茶褐色の肌をしている。それが、昼間は異常な暑さになるせいで日焼けしたものなのか、この国特有の“人種”なのかは、オルセイには分からない。

「──! ──!!」

 マシャが押さえつけられたまま、苦しげに叫んだ。オルセイの知らない言葉で。だが男たちはオルセイを吊し上げることに興奮しきっているので、誰もマシャに耳を貸さない。

 よもや、降り立ったネロウェン国でこのような目に遭うとは、これっぽっちも思っていなかった。いや、それなりに何かあるとは覚悟していたが、オルセイにとってその場所は、まだ全然ゴールじゃない。自分の中に「行かなければ」と叫ぶものがある。けれどもう動けない。何発目になるのか分からない重い拳に目を見開いては、また気を失いかけ、けれど気を失ったら、そのまま二度と目の覚めないところに行ってしまいかねない、そんな気がした。

 こんなところで。

 そう思うが、もう反撃する気力すらない。

 オルセイの視界が狭くなっていく。


          ◇


 ──2人がそうなるには、話はかなり前にさかのぼる。

 まず、漆黒の船“ピニッツ”が南の国ネロウェンに上陸する時に、マシャを押しつけられたことがことの始まりだった。

「はぁ?!」

 オルセイは思ってもいなかった依頼に、当然二の句が継げなくなった。

「いや、連れて行けという言い方は間違いだな。マシャは、自主的に君に付いていくのだから」

 その依頼を口にした“ピニッツ”の若き船長は、涼しい顔で杯を口に運んでいる。

 まだ上陸直前で、その準備に泡を食っている中での会見だった。オルセイを船長室に案内したマシャは同席せず、ルイサもいなくて、2人きりにさせられた。

 部屋に取り残されたオルセイは最初、ヤフリナ国を出航して以来ずっと会っていなかったナザリの顔を、睨みすえた。頭にバンダナを巻いたナザリは、しれっとオルセイの視線を受け流し、悠然とテーブルにカップを用意している。これが船室かと思えるほどちゃんとした木造の部屋は、整然としている。客用の丸テーブルが中央に、奥には四角い机が。食器棚や飾り棚が並び、宝箱らしき箱まで置いてあるが、決して散らかってはいない。壁に地図が貼ってあり、その横には絵まで飾ってあって、普通の家と変わりがない。──この揺れと、窓からの景色さえなければ。

 青と白の風景は、オルセイに逃げ場がないことを教えてくれる。

「一発なら構わんが」

 開口一番、ナザリはそう言って微笑んだ。垂れ目気味の穏和に見える顔が、さらに柔らかく見える。だがオルセイは表情を変えない。その下にある冷酷さを知っているから。

「余計に腹が立つ」

 オルセイは吐き捨て、ナザリにすすめられた椅子に腰かけた。今さらナザリを殴ってみたところで、何の利もない。向かいにナザリが座り、カップに液体を注ぎ入れて、オルセイの前に置いた。琥珀色の酒が強烈な匂いをさせながら、中で揺れた。

「突然、私が君に何の話だと思っているだろうな」

「当然」

「結構」

 ナザリは破顔して、酒に口を浸けた。乾杯はない。

 オルセイはそれを、匂いだけ嗅いで止めた。久しぶりに嗅いだ酒の匂いは、最初にそれを飲んでむせそうになった馬鹿野郎を思い出させた。カップをテーブルに戻す。

 そこにナザリがもう一つ、別の物を置いた。置いた瞬間、中でざらんと複数のものが動く音がした。金属の音をさせる皮の袋。手の平ほどの大きさはあるだろうか、もしその中身が予想通りのものだとすれば、ロマラール貨幣でなら一番安いコインでもかなりの額になる。

「報酬だ」

「いらない」

「ロマラールの通貨は通用せんぞ。換金できる場所もない」

「え?」

 初耳だった。いや“通貨”なる単語の意味は、理解できる。ヤフリナ国で、ひともめあったから。

「ヤフリナ国では普通に使った」

 テネッサ・ホフムの屋敷から逃げおおせた時に、一刻も早く戻るためにゴーナを買った。巻くつもりなどなかったが、包帯を買わされた。外国人だからと足元を見られ、高い買い物になった。服の中に入れてあった金が無事だったことが情けなくて、叩きつけるようにして支払った。

 でもこの先にも、やっぱり金は必要で。

「ネロウェン国とはまだ国交がないから、ロマラール貨幣に価値がない。それに、こちらからの依頼は終わっていない。そのためにも、君はこれを受け取らなければならない」

 選択権がない。けれど、今度は従う気はない。そう思うオルセイは顔を険しくしたが、ナザリはそこまで分かっているのだろう、微笑みを崩さなかった。一見、優しそうな笑み。

 だがなぜか前回と違って、その手が口元に酒を運ぶ量はかなり頻繁に見えた。

「君の旅にマシャを連れることが、最後の依頼だ」

「はぁ?!」

 と、ここで話は最初につながる。

「いや、連れて行けという言い方は間違いだな。マシャは、自主的に君に付いていくのだから」

 わけが分からない。

“連れて行け”ということは、また行き先などを指定されるのではないということだ。

 指定されても行く気はないが、オルセイの行く先にマシャがついてくる理由が分からない。仮に──本当に仮にだが、自分がマシャを撒いたり、殺したりなどしたら……?

「どこまでも、とは言わない。彼女が別れを望んだ時点で任務は終了、君を解放する。君たちを監視する別の者が潜んでいる、下手な気は起こさない方が良い」

 なんだよそりゃ!

 と叫びたい気持ちを抑えて、唇を引き結ぶ。

「何の任務だ、今度は?」

 オルセイは顎を引き、窺うような視線でナザリを睨んだ。が、ナザリはやっぱりビクともしない。

 しかもピシャリと言いきった。

「“ピニッツ”に乗船したことが運の尽きと思いたまえ、オルセイ。君は他人だし、我々は、君やクリフォードが死ぬことを何とも思っていない。駒だ。駒に自分たちの事情や真意を話すことなど、必要かね? 君は狩りでグールを殺す時に、グールに向かって説教をし、許しを請うかね?」

 オルセイは、膝の上で拳を握った。爪が手の平にくいこんでいたが、そのことに気付いていない。だが悔しいのとは、何かが違った。むしろスタンスのはっきりしているナザリの口調は、爽快ですらあった。

 信じ込まされ利用され、それでも自分はここにいて。

“ピニッツ”に対して復讐するでもなく、先を急いでいる。

 行かなければならないから。

 目的のために手段を選んでいない、人を人と思っていないのは──自分?

「オルセイ」

 呼びかけられ、はっと顔を上げる。目前の霧が晴れたような気はしなかったが、何かが分かりかけた気がした。分かりかけて……また消えてしまった。ただ、もう少し近付いたら分かるのかも知れない、と思った。そしてそのためには、近付かなければならない。

「話は以上だ」

 ナザリは、もう笑っていなかった。笑いの下に秘めていた冷たい目だけが、オルセイを射る。オルセイは黙って立ちあがり、皮袋を掴んで船室の扉を開けた。

 多分もうナザリとは、永久に会わない。そんな気がした。ルイサとも。

 オルセイは最後にナザリに「もうちょっと悪党になれよ」とでも言ってやろうかと思ったが、何も言わずに部屋を出た。

 一人残ったナザリは、空になったカップに酒を注ぎ入れて、また飲んだ。


          ◇


「何でそんな風に思ったの?」

 詰め寄られて、オルセイは苦い顔をしながら、

「そう考えた方が、つじつまが合うなと思っただけさ」

 と答えた。

 答えるオルセイの頭には、この国でターバンと呼ばれている布が帽子のように巻きつけてあり、その背にはマントがひるがえっており、その肩には、赤茶色の丸い動物が乗っていた。

 マシャの世話が良かったのか、毛並みも良くコロコロとしていて、心なしか最初の頃よりも大きくなっている。正直、肩に担ぎ上げて片手でゴーナの手綱を握るのはかなり難だった。せめてゴーナの背に置いて自分の足の間に挟んでやった方が固定できるし、オルセイとしても楽だ。マシャだって、マシャが受け持つ黒毛の方をそのように抱いてやっているというのに、オルセイの担当した方──子グールは、どうも肩が気に入ってしまったらしく、オルセイの顔の横に安穏とした表情を並べている。

 ネロウェンの夏のような荒野を2頭のゴーナで駆けながら、オルセイの後をついて走るマシャは、涙を堪えて笑っているような次第である。

 オルセイの苦い顔の原因は、半分はこの子グールのせいだった。彼らのことを綺麗さっぱり忘れていたのだ。もっとも、憶えていたとしても現状以外にはなりえなかっただろうが。

「つじつま? どこが?」

 先ほどのオルセイの答に、マシャが問う。

 何しろ広くて、何もない荒野で、話す時間はたんまりあって。

 低い木々とわずかな草がしげる風景は地平線の果てまで続いており、山もなにも見えない。小さな町は幾つか通り過ぎてきたし、低い山にも登ったが、基本的には赤く乾いた土しかない寂しい国だった。時々砂漠もあって、ゴーナの足を取られたりする。今はネロウェンの北側だから良いが、もし南だったら道は大変だったよとマシャは言う。太陽はもっともっと熱くて焼かれているようで、砂漠だらけになっていて、なのに夜は今以上、すべてが凍る寒さになって、人が住める状態ではないから。

 広大なネロウェン国の、その半分は砂漠だという。冬だというのにそんなに暑いというのもやっぱりピンと来なくて、オルセイは自分の行き先が北で良かったなどと思ったりした。正確には北東だ。オルセイは、ジェナルム国に向けて歩いている。ただ、その“ゴール”がどの辺りにあるのかは、未だに分からなかった。

 そんな不明な旅に、大事な妹であり副船長であるマシャがついてくるというのがそもそも変だ、とオルセイは言ったのだった。

「ただの物見遊山にしても何か目的があるにしても、日程も行き先も分からない俺と行動を共にすること自体がおかしい。それに、このだだっ広い場所のどこに監視がいるって? もしいたとしても、そいつが俺を殺す前に、俺はマシャを殺せる」

「殺す?」

 マシャは面白そうにオルセイの横顔を覗きこみ、オルセイはマシャを睨んで口をつぐんだ。

「じゃあ“あたしがオルセイについて行くこと”に目的も何もないと仮定して、オルセイ、どう思う?」

 オルセイの最後の任務。

 監視がいるという嘘の話。

 目的のないマシャ。

 一緒に連れてきた子グール。

 宛のない旅。

 ナザリは、言わなくて良いことまで言って、オルセイをわざと脅した。

 オルセイはふり向き、肩の子グール越しにマシャを眺めた。いつもと変わらない、あっけらかんとした笑う少女を。

 けれど、それでも。どうしてもマシャ自身が、マシャの方から“ピニッツ”を降りたのだとは考えにくかった。

「あ」

 考えていたら、肩の上が飽きてしまった赤毛のグールが、ポーンと飛び降りてしまった。思いきり肩を踏み台にされたオルセイはよろけた。小さくとも、それなりの力がついてきているらしい。こんな国でも体力を落とさず、元気なものである。ゆっくり眠る暇もないのだから、元気にならざるを得ないのかも知れないが。

 もう首に縄をしていないグールはどこまでも走って行きそうだったが、マシャの一声でピタリと止まった。

「こら“クリフ”! 逃げるんじゃなーい!」

 だから縄も外してあるのだ。よく懐いているし、よく躾てある。

 しかし聞いてはあったものの、何度聞いても不本意きわまりないその名前に、オルセイはげんなりするのだった。

「“クリフ”、飛びな!」

 すると膝丈ほどしか身長のない四つ足の動物は、その丸い形に似合わない跳躍力でオルセイの膝に飛び乗ってくるのだ。乗り切れなくて、オルセイの膝に爪を立ててうんしょうんしょと登ろうとするので、オルセイはそのたびに痛みを堪えて引きずり上げてやっていた。グール“クリフ”がまたオルセイの肩に落ちつくと、マシャはそれを見てけけけと笑うのだった。

「本当にこいつ、クリフそっくりなんだから」

「言いたいことの半分は認めよう。でもそっちが“俺”ってのが納得行かん」

 するとマシャはゴーナを操りながら、器用にグール“オルセイ”──股の間に鎮座している黒グールを、ポンポン叩くように撫でてやり、言った。

「容赦なく怒れて、気持ち良いんだわ」

「……」

 この話題からは逸れよう。

 オルセイはふいと前を向いてから、またマシャにふり返った。

「けれどマシャを“ピニッツ”から降ろしたいなら、俺がナザリなら、このネロウェン国を選ばない」

 意表をついたオルセイの返答にマシャが顔をこわばらせ……オルセイはそれを、しっかりと見てしまった。言い訳のできないほど真実を浮かべてしまった目を。

 黒毛のグールが、マシャを見上げた。歩みの止まってしまったゴーナに気付いて、また手綱を引いて歩かせる。その隣りに、オルセイもゴーナを並べて歩かせる。マシャはため息をついて、肩を竦めた。

「半分正解で、半分間違いだけど、その通り。あたしだって、あたしがナザリなら、あたしをネロウェン(ここ)に降ろしたくなかっただろうね」

 オルセイの脳裏にふと「当てつけ?」と言葉が浮かんだ。ナザリはマシャをネロウェンで降ろしたくなどなかったはずで、けれどマシャはここにいて。そんなオルセイに向けて、今度はマシャは少し余裕のある笑みが出せた。

「ナザリがあたしを“ピニッツ”から外したがってたのは知ってたんだ。っていうか出会った一番最初から、ずっとナザリはそうだったからね。あたしを拾ったことがナザリの負い目になっちゃってたのかなぁと思うと、ちょっと寂しいんだけどさ。……だから、あたしから降りちゃった」

 タガの外れたらしいマシャから、するすると言葉が漏れ出る。いつもと変わらない口調で。マシャのような少女が「海賊」をやっていた理由が分かったし、ナザリの態度も理解できた。「オルセイはあたしに触らないね」と言ったマシャ。ナザリと出会う前がどんなだったのかなぞは想像したくない。それだけに、“ピニッツ”が彼女にとってどんなに大切だったのか、それを離れるということがどれほど重いことなのかは、オルセイには想像できない。

 マシャがオルセイに笑いを強要するかのように底抜けに明るい顔をするので、オルセイも苦笑してしまった。このマシャという子は、自分などが中途半端に同情して悲しんでやるような、そんな次元ではないのだろう。

「あ、待って」

 その時マシャが顔色を変え、遠くに目を移した。ゴーナの歩みを止める。

 砂と低い木々ばかりだった風景に、うっすらと隆起する影が見えた。山か丘かと思ったが、もっと細かくデコボコとしているようだ。すると、町か?

「キャラバン?」

 マシャが言った。

「キャラバン?」

「こっちの言葉で、旅をする一行って感じの意味さ。大きな馬車みたいなのが、いくつも見える。そうとう大勢だね、あれは」

 マシャは額に手をかざして、目を凝らした。左から右に横切っていく連中に向かって自分たちが近付いていたようで、オルセイらがそこで立ち止まっても、長い行列は一向に途切れず、歩き続けていた。

 ゴーナから降り、子グールらも大人しくさせて木陰に隠れ、一行が通り過ぎるのを見送る。その間、マシャはずっと彼らの姿を懸命に観察していた。

「ずいぶん多いな。100人……いや、1000人?」

 まさかと思ったが、先頭に行ってしまった見えない団体を合わせると、それぐらいいるかも知れない。しかも、皆が同じ服を着ており、同じマントに身を包み、規則正しく歩いているところまで見える。年の頃は分からないが、どうも腰の折れた老人や小さな子供はいない気がする。女は同じ格好をしているのかも知れないが、そこまで判別できる距離ではない。

 オルセイはヤフリナ国で追われた一件を思い出し「これは……」と呟いた。

 あっさりマシャが言った。

「軍隊だね」

「分かるのか?」

「多分。馬車に(ほろ)がかかってるけど、あの中には槍や剣が乗ってるんじゃないかな。大きいのは投石機かも」

 聞き慣れない言葉に、オルセイが悩む。

「石を投げる機械さ。文字通りだよ」

 マシャが当たり前に説明してくれた。当たり前に知っている15歳もどうかと一瞬思ったが、オルセイも当たり前に聞いておくことにする。

「どこの……ネロウェン、か?」

「ここがネロウェンである以上、他の国の軍がうろついてるってのはないと思うんだけどね。でもネロウェン国軍はすでに、ソラムレア国との国境に軍を駐留しているはずだよ。ジェナルム国にだって正規軍があるんだし、そこに新しく軍を投入する必要なんて、」

 と、そこまで言ってからマシャは目を見開き、

「まさか、もう始まった?」

 呟いた。

 彼らが行ってしまったのを見てから、グール“オルセイ”を抱き上げ、マシャはゴーナにひらりと飛び乗った。オルセイも同じように乗った。グール“クリフ”も2人の緊張感を察したのか、素直に従ってくれた。

 彼らが去った跡に立ってみると、そこは街道と呼ばれる道だった。ほんのわずかだが道が平らにされており、幾多の人が通ったらしき跡が付いている。それを見たマシャが言った。

「オルセイ、提案があるんだけど」

「乗った」

「まだ何も言ってないのに」

 マシャが鼻白み、ゴーナが足踏みした。回転しかけて、手綱を操作する。オルセイはしっかりと子グールを肩に担いで手綱を握り、目を細めてマシャを見た。

「俺が旅を急ぐって言ってる以上、マシャはそれを妨げる提案なんか出さない。とすれば乗った方が利があるに決まってる。違うか?」

「違うかもよ」

 マシャは笑って、ゴーナの腹を蹴った。

 キャラバンの後を追って。

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