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5-2(思惑)

 ノックがなかった。

 ので、オルセイもふいの来訪に対応できず、とりあえず慌てて身を起こすしかできなかった。ベッドの上段に頭をぶつけ、顔をしかめながら首を引っ込める。船室は狭い。その時にはもう、扉は閉じられていた。

「ごめんね。あんたを部屋から出すわけに行かないからさ」

 入室したマシャは扉を閉めて振り返り、申し訳なさそうに言った。ヤフリナ国での一件の後、マシャは覇気がない。他の船員の前では元気に振る舞っているのかも知れないが、オルセイの部屋に来るときには、決まって表情が暗かった。彼女なりに、拭えない罪と感じているのだろう。

 マシャが部屋に来るのはこれで3回目だったが、その顔はまだ沈んでいた。きっとオルセイの方が明るくならないことには、マシャも明るくなれない。

 だからオルセイは、この日になってようやく言った。

「気にするなよ」

 ベッドに座り、上着をはおる。オルセイはマシャに椅子を勧め、お昼の時食べずにおいたスカの実を枕元のテーブルから取り、マシャに手渡した。マシャは素直に座り、素直に受け取った。こうした顔を見ると、まだ彼女が15歳の少女なのだなと思う。

 捕らえられてから最初の頃に2度来た彼女には冷たく辛いことしか言えなかったので、申し訳なかったなとオルセイは思った。

「許してくれるの?」

「許すも何も。そうするしかないだろ」

 あ、まだ言い方がキツイ。と思ったが、出した言葉は戻せない。口を押さえるオルセイを見て、マシャも、ようやくいつもの笑みを取り戻した。

「ありがとう」

 見透かされた気がして、オルセイは憮然とした。

「今日は何の用だ?」

「何さ、ご挨拶じゃないか。知りたいだろうから、この件のことを少し教えてやろうと思ったのに」

 え、と思ったその驚きは、全部顔に出てしまった。

「本当はこの前もその前も、それを話したくて来たんだ。でもあんた、とりつくしまがなかったからさ。まあ、あんなことの後だったから、無理もないけど」

 そう言いながら、実を一口かじる。

 マシャの口調はまだ本調子ではなかったが、それでも聞きなれたスピードになってきた。しょげるマシャほど調子の狂うものはないので、オルセイは少しほっとした。それというのも、自分が人を受け入れられるような精神状態ではなかったせいだが。

 オルセイは数日前の自分の荒れようを思い出した。

 出航してからしばらくは怒りが止まず、誰とも会いたくなかった。部屋から脱出も試みた。入室してきたマシャを人質にして、船を引き返させようともした。すべてが憎かった。“ピニッツ”の連中はおろか、自分自身さえも。

 自分さえ、無茶な旅に出ると言わなければ。

 身のうちに潜むおかしな“声”を無視して、平穏な生活に戻っていれば。

 この黒い船に、乗りたいと言わなければ。

 あの時、崖から一緒に飛び降りていたならば。

「わっ」

「?!」

 どんどんと俯いていったオルセイの顔に、マシャが大声を浴びせかけて、現実に引き戻した。マシャはちょっと困ったような、それでいてオルセイをいたわる顔をしていた。

「考えるなって言っても無理だろうけど。でもどうせ考えるなら、もっと建設的なことを考えようよ」

「マシャ、俺の心が読めるのか?」

「まさか」

 突拍子もない問いに、マシャは思わず吹きだした。

「今の顔じゃ、どうしたって分かるよ。優れた魔法使いじゃなきゃ、読心術は無理だよ。ナザリもルイサもそこまでじゃないし、ましてあたしなんて、そんな力」

「ルイサ?」

 オルセイがマシャの言葉を遮った。

「ルイサも魔法が使えるのか?」

 やっとオルセイが違う話題に向いてくれたので、マシャの顔が明るくなった。

「本人は“私のは魔法じゃない”って言ってるけどね。せいぜい勘が鋭い程度だって」

「なるほど」

 オルセイは目をそらし、顎に手をかけた。先日自分が疑問に思ったことに、答えが出たのだ。

 気配を読むことに長けた狩人でもなければ分からなかったはずの俺たちの気配を、ルイサは分かった。森の崖下に潜む船を見つけることが、まるで仕組まれているかの勧誘だったのは、偶然じゃなかった。仕組まれていたのだ。

「それで、ようやく分かったよ」

「“ピニッツ”で魔法が使えるのは、ナザリとルイサだけだよ。あたしも覚えたいなと思ったけど、素質がないから無理だって」

 マシャは肩を竦め、ペロッと舌を出した。

「ルイサはただの行きあたりバッタリじゃなく、ちゃんと俺たちを使う計画だったってわけだ」

「まあね。本当に他に誰もいなかったら、いざとなれば、あたしだったんだ」

「マシャが?」

「あたしが一番、怪しまれないんだ。女の子供なんて、海賊とは思えないでしょ? 危険も感じさせないし。それにあたしは、捕らえられても口を割らないから」

 明るくまくしたてた後、マシャはにっと笑った。

「決してね」

 しかしそんなマシャに、オルセイは返答できなかった。どんな言葉を返して良いか分からなかったのだ。

 オルセイはしばらく思案し、ようやく言葉を探し当てた。

「マシャが滝壺に落ちるんでなくて、良かったよ。あれは冷たかった」

 マシャは、はじかれたように笑ってくれた。直後、すっと顔色を戻す。

「その、追ってきたとかいう兵たち。それはソラムレア国の軍人だよ、多分」

「え?」

 今までの経緯にはまったくなかった新しい名称に、オルセイはきょとんとした。その名前の出てきたつながりが分からなかった。

「オルセイが持ち帰ってくれた、金属の破片ね。あれ、ソラムレア軍の軍事機密のはずなんだ」

 テネッサ・ホフム邸で手紙と交換した、白く光る鉄のような金属片。何のことか分からないゴミ屑だと思ったのに、そんなに重要なものだったらしい。なくさないで良かった。

 軍事機密なる言葉がどれほど重いものなのかは理解しかねるが、それなりにはそれなりに想像がつく。

「ソラムレア軍は鉄の精製技術を高め、より軽く、より強い鉄の開発に成功したらしいという情報を、あたしたちは掴んだの。その実物と精製方法を書いた手紙を、テネッサが提供してくれる予定だったんだ」

「俺たちが受け取るものの正体を、マシャたちは知ってたんだな」

「一応ね」

「生首でなく」

 自嘲気味にオルセイは吐き捨てた。

「あんたたちのためだったんだよ。あらかじめ知っていたら、もし騙されて違うものを掴まされた時に“違う”って言うだろ? 少なくともクリフは。そしたら、そこで殺されるじゃないか」

 マシャが早口で言った後、「もう」と呟いた。いちいち立腹するなと言いたいらしい。できればオルセイだって、そうしたい。

「じゃあテネッサは、こちらがその情報をどこまで正確に掴んでいるかは知らなかったってことか」

「そう。ロマラールの手の者とだけは知り得ているけど、ルイサの顔も知らない。でもこっちが出す餌は食べたい。悩んだことでしょうねぇ」

 分かってきた。

 つまりテネッサは、オルセイらにソラムレアの機密を洩らしたは良いが、やはり持ち帰られるわけには行かないので、消しにかかった──ということだ。もしくは、最初から消すつもりだったか……でなくば、あんなにタイミングよくソラムレア軍など駐留していないだろう。おそらくテネッサは、ソラムレア軍のどこかと密接なルートを持っている。ルイサらもそれを知っているから、利用したのだ。

「ロマラール国との取引だけを重視するよりは、裏切って、上手く情報だけを盗みソラムレア国に渡した方が得だ……って計算になったってことかな?」

「柔軟で視野の広い頭しててくれて、良かったわ」

 マシャは安心したように微笑んだ。

「柔軟ついでにもう一つ。──テネッサがそんな危険な駆け引きをしてまで欲しがった、俺たちが運んだ手紙。それは、何だったんだ?」

「さあ?」

「とぼけるなよ」

「聞いてどうするの?」

「どうもしない。聞きたいだけさ」

 オルセイはむっとした。

「それを言うなら、今のこの問答自体がもう無意味だろ? 俺にとってのすべては、俺たちは裏切られて、クリフは死んだだろうってことだけだ。裏切ったのはルイサ、殺そうとしたのはテネッサ。今やってることは、単に気持ちを整理して『だから仕方がなかったんだ』って納得するための行為にすぎない」

 理論的にまくしたてるオルセイに、マシャがひるんだ。

「……ごめん」

「いや、いいよ。俺も言い過ぎた」

 せっかく不明だった諸々を教えると言ってくれたマシャに、かみついてしまった。大人げない自分の言動に、オルセイは内心ため息をついた。すると手にしていた実をかたわらのテーブルに置いて、マシャがオルセイの隣り、ベッドにポテンと腰を下ろすではないか。大して柔らかくもないベッドが、少しギシッと音を立てた。

「何だよ、急に」

「いや、何となく」

 言いよどんでから、マシャはポツリと付け加えた。

「クリフなら、こっちに座るのかなと思って」

 声を出しかけて、呑み込んだ。

 クリフ。

 いつもならクリフが先に憤っているのを、オルセイが抑える役だ。その相手がいないので、自分の抑えも効いていないのかも知れない。

 マシャはマシャなりにオルセイを観察して、気を遣っているのだ。

 オルセイはつい、マシャの頭をポンと撫でた。マシャは嫌そうに手を払いのけた。

 でも、立ち上がりはしなかった。

「ロマラール国軍の総数と配置図」

「え?」

 小さな声だったが、聞こえなかったのではない。聞きなれない言葉に、理解を要したのだ。もっとも、慣れない言葉はさきほどから山ほど飛びかっているのだが。

「本物の……?」

「さあ?」

「マシャ」

 オルセイは今度は、目に見えてため息をついた。しかし実際にはあの手紙のその総数とやらが、本当でも嘘でも、オルセイにはどうでもいいことだ。それより驚いたのが、ただ想像しただけでは思いつかないだろうそんな情報を作り出す能力が、“ピニッツ”にはあるということである。

 もう薄々は感づいていたが、明らかに、この黒船“ピニッツ”はただの海賊ではない、ということだ。

 そもそも一番最初に「ようこそ」と俺たちを迎えてくれたルイサは、何と言った?

“秘密海兵団”。

 海賊のことを、格好を付けてそう言ったのかと思っていた。

 しかし違う。何かがおかしい。

 文字通り、“ピニッツ”には秘密がある。

「ちょっと、変な質問していいか?」

 オルセイは睨むようにマシャを見つめながら、片手を挙げた。マシャは動じない。

「分かる範囲ならね」

「このことで、マシャたち“ピニッツ”は何が得られるんだい? それに、ロマラールのそんな手紙が、テネッサとソラムレア国にどんな得がある?」

「えらくまた飛躍したね」

 マシャは苦笑し、足を組んだ。ベッドに後ろ手を突く。二段ベッドの天井は低く、少し上体を伸ばすと頭をぶつける。先ほどオルセイがぶつけたばかりだ。

 オルセイは若干前かがみに、肘を膝に突いて座っていて、振り向くようなポーズで左隣のマシャを見ている。

「北のソラムレア国は、南のネロウェン国を攻めるための拠点に、海のヤフリナ国を利用したいんだ。で、テネッサと提携したわけ。南北の間にある小国ジェナルムには、ソラムレアを監視するネロウェン国の軍隊が待ち構えているからね。でもってソラムレア国はネロウェン国をけん制しつつ、ゆくゆくはロマラール国にも進軍する気だった。その仲介役がテネッサ」

 同時進行しようとしたわけか? とオルセイが内心考える。マシャの説明が続いた。

「テネッサ自身は、ソラムレア国が後ろ盾になってくれるなんて心強いし、ロマラールの弱みを握っておけば優位に立てるでしょ? 交易にしろ戦争にしろ。だからだよ。ロマラールみたいな田舎国に牛耳られてること、ヤフリナの貴族はさぞかし嫌だったろうからね」

 マシャはカラカラと笑った。

 少し自嘲的な気がした。

 自分の国のことを田舎という、その言い方がやけに、はすっぱな感じがしたのだ。

 嫌いなのかな? そうかも知れない。何せロマラールでの秘密基地は崖の下だし、自国の軍事機密をヤフリナ国に与えたのだから。

「どしたの?」

 黙ってしまったオルセイを、マシャが覗きこんだ。

「いや。何か色々な国が絡まってて、ややこしいなと思って」

 この旅に出てから得た知識は、今までの人生にはまったく必要ないことばかりだ。あのまま平穏にロマラールの片隅で暮らしていたら、知ることはなかっただろう。これらを総合して一番思うことは、

『世界は本当に広いんだな』

 ということである。自分という存在の何とちっぽけなことか。今まで、何を知ったつもりになっていたのか。それと同時に、そんなちっぽけな自分がそれでも生きていることを、何と愛おしく思うことか。重い存在を失うと、しみじみとそれを感じる。

 そう思うと、自分に降りかかった災難は、あながち災難でもなかったりするのだろうか……とも思ってしまう。

「あたしたちのメリットは、金だよ。もう分かるだろうけど、ヤフリナ国のテネッサ・ホフムがソラムレア国と組んだよって情報を、ネロウェン国に売るわけさ」

「そりゃ分からなかった」

「もう!」

 マシャがオルセイの肩をどつく。グーで殴られて、オルセイはよろけた。お前もっと女らしくしろよと言いかけたが、彼女にしてみれば、この動作だけで充分女らしいのかも知れない。オルセイは笑うだけにとどめておいた。

「本当に金だけか?」

 オルセイは笑いながら言った。

「金だよ」

 マシャも笑いながら言った。

 これ以上は、マシャの口からは聞けないらしい。オルセイは承諾した。ほぼ想像もできた。マシャはオルセイに、首を突っ込むなと言いたいのだろう。

 マシャが、自分がどついたオルセイの肩を、ちょっとだけ撫でた。すぐに手を引く。

「そういえばオルセイって」

 話したそうに言葉を切ったので、オルセイはマシャを振り返った。マシャは、不思議なものを見るような目つきをしていた。思い出したように船室が揺れ、波の音がした。2人の間に、奇妙な隙間があいた。

「隣りに座ってんのに、あたしに触ったり、押し倒したりしないんだね」

 驚いた。

 いや、顔は素のままだったが、目が皿になってしまった。想像のカケラもなかった台詞だ。

 押し倒して欲しいのかよ! とか、お前みたいな小娘押し倒してどうするんだよ! と言おうかと思ったが、言えなかった。マシャの顔が、冗談ではなかったので。

 これは正しい解答だろうか? と思ったが、オルセイは言ってみた。

「ナザリだって、皆、しないだろ? そんなこと」

 マシャの顔がゆるんだ。正解だったらしい。

「“ピニッツ”の男はそんなんじゃないからね」

「他の男だって、そんなのばかりじゃない」

 安心したオルセイは、もう一言付け加えた。

「マシャは、俺の妹より年下だからな」

 オルセイが微笑むと、マシャは目を細めた。妹がいるのだという雑談は以前にしたことがある。

「オルセイの妹なら、会ってみたいなぁ」

「うちのも気が強いぜ」

 オルセイがおどけて言い、マシャも笑った。

「ケンカしてみたいかも」

 マシャは勢いよく立ち上がった。正面に立ってオルセイを見下ろす顔は、清々しかった。

「話ができて良かったよ。オルセイが知りたいこと全部に答えられたかどうか分からないけど、少なくともあたしは、あたしの知りたいことが分かったし」

「今の会話?」

「全体的に」

 マシャは微笑んだ。足取りも軽く、くるっときびすを返してさっさと歩き、扉に手をかけた。そこで振り向く。

「そうだ、オルセイ。もう一つ、教えてあげるよ。“ピニッツ”があんたたちを利用することに決めた理由はねぇ、あんたたちの腕っぷしが強かったからだけじゃないんだ」

「?」

「お人好しだったからさ」

 オルセイはきょとんとした。

 いつもの挑戦的なマシャの顔。

 ここは怒るべきなんだろうなぁと思ったが、何も感じなかった。

「だからオルセイは、もっとあたしたちを憎みなよ。あんたには、その権利があるんだ」

 そう言い残して、マシャは出ていった。

 追う気にはなれなかった。そんなマシャに、かける言葉もない。言っても彼女は、それを突き返すだろう。

「憎め」と言いながら、こうしてオルセイの元に足を運んで彼の怒りを緩和しようとする、そんなマシャの矛盾した行動に、彼女の葛藤が見える。でも、どうしてやることもできなくて……。

「馬鹿だな」

 オルセイは呟き、マシャの残したスカの実の続きを食べた。

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