3-3(仲間)
さて、こちらはサプサの北である。
出航までの数日間は、クリフらは船で寝泊まりをさせられた。町に行って、余計なことを喋らないように、だ。体の良い軟禁だった。クリフは憤慨したが、オルセイは「当然だろうな」と悟った顔をして“ピニッツ”の言いなりになっていた。
船には幾つかの個室が並んでおり、2人はその中の一つに押し込められた。ベッドは2つあった。
「特等室なんだからね」
クリフたちを案内した、少年のような娘が、部屋の狭さに閉口している2人に対して言った言葉だ。短い茶の髪を振り、水色の瞳がくりっと輝いている。意志の強い、勝ち気な目だった。
「試しに、他の船員がどんなところで寝てるか、見てごらん。隅から隅まで全部見せてやるよ」
挑戦的で早口なその言い方に、オルセイが片手を揚げて愛想笑いをした。
「船に乗るのが初めてなんだ。気に障ったなら、勘弁してくれ」
すると娘はすんと鼻を鳴らして、
「あたしの方こそ、気に障ったらごめんね。こういう性格だからさ」
と笑った。カラリとした笑みだった。それから手を差し出した。
「マシャ・オリミアよ」
「オルセイ・コマーラだ」
通路に立ったままだと、船員が通るのに邪魔になる。3人は自己紹介をしながら階段を上って、甲板に出た。明るい場所で風にさらされたものだから、グールたちがぎゃいぎゃいと騒いだ。彼らの首の紐をぐいと引っ張り、クリフがマシャと名乗った娘に手を差し出した。
「俺は、クリフォード・ノーマ。クリフだ」
「オーケィ、クリフ」
マシャはクリフの長ったらしい本名に何も思わなかったらしく、すっと手を握りかえした。
「マシャ。“ピニッツ”の……“秘密海兵団”てのは、その……隠語かい?」
クリフが聞きづらいことをズバリと聞いた。マシャは鼻白んだし、オルセイも何とも言えない顔をしたが、気になるものは仕方がない。
「隠語ってのは何さ。海賊って言えって思ってるでしょ」
「いや、そんなことは」
思ってるけど。
口ほどにものを言うクリフの顔に、マシャは笑いが堪えきれなくなった。
「いいや、そうだよ」
マシャは笑いながら、気軽に言った。甲板をプラプラ歩きつつ、あっけらかんと。
「客船を襲って金品強奪、貴族の屋敷を襲って情報強奪。場合によっては人殺しもやるしね」
やるのかよ。
オルセイは内心だけで「げ」と思うにとどめたが、クリフの方はモロに顔に出ている。まったく正直な男だ。マシャも苦笑して諸手を揚げた。この話はここで終わりだと言いたそうである。確かに海賊たる内容を詳しく聞いても、殺伐としていて不毛そうだ。
「こっちの子たちは?」
マシャがクリフの足元を指さした。グールたちが風を避けようと、クリフの足元に丸まっている。
「ああ、母グールを仕留めちまったんで……引き取って来たというか。今の季節、放っておくと死んじまうし」
クリフは口の中でもぐもぐと言った。歯切れの悪い話し方に、マシャが口を尖らせる。せっかちなのかな、とオルセイは思った。
「そうじゃないよ、子グールだってことぐらい、あたしだって見れば分かるって。名前よ名前。自分の飼ってる動物に、名前つけたりはしないわけ?」
よく回る口だ。クリフたちは密かに感心した。ラウリーが口うるさい時でも、ここまで長文を早口で流暢には喋らなかっただろう。
その喋り方に感心してしまって、内容を把握するのが遅れた。名前、と思ってからクリフは、グールたちに名前をつけてやっていないことに気が付いた。
「名前は……ないんだ」
「ペットじゃないの?」
「つい数日前からのペットだしな」
オルセイが助け船を出した。その会話の間にマシャはしゃがんで、子グールに手を伸ばしていた。娘の粗雑な態度から、クリフは一瞬ギクリとしたが、マシャは、ゆっくりと優しくグールを撫でてやっていた。子グールを見る目が、母親のように慈しみ深い。
「動物が好きなんだな」
クリフの言葉にマシャが顔を上げた。優しげな目が消えていて、怒りすら秘めている。今しがたの自分を否定するかのように、目をつり上げていた。何か悪いことを言っただろうかと思い、慌ててクリフは言った。
「いや、俺たちは正直に言うと、こいつらを飼いたいから連れてきたというわけじゃないんだ。なぁ? オルセイ」
助けを求めてクリフがオルセイを見た。言わんとするところを察して、オルセイが後を継ぐ。
「そうそう。今は冬眠の時期だから眠らせてやった方が良いんだが、俺たちは旅があるし」
2人の男の言いたいことを、マシャも察した。ふうん、という顔をして目を細め、立ち上がり、腰に手を当てた。
「あたしの部屋なら、毛皮も敷いてあって暖かいから、引き取ってやっても良いよ」
話の分かる娘に、男2人は安堵した。ただしこの貸しは高いよ、と付け加えられたが。町で子グールを売るとなると、おそらくすぐ肉の塊にされるだけであることが分かっているだけに、気が引けていたのだ。この娘なら、そんなことはないだろう……多分。
ふと、クリフが思い当たって、マシャを指さした。
「お前……いや、マシャ。毛皮って。何か良い身分なわけかい?」
「失礼だねぇ」
マシャはクリフの指先を、ペシンと叩いて弾いた。
「そうだね、あたしも言い忘れてたからお互い様か。あたし、一応ここの副船長だから。この船にいる限りは、あたしの指示が絶対になるからね」
見事な早口の上に乗せられた言葉を、やっぱり一拍置いてから呑み込む2人。頭に浸透してから、その言葉の意外さに目を見開いた。
ちょっと待て。
思わず言いそうになって、口に手を当てる。オルセイの方も言葉なく、口をポカンと開けていた。
一旦言葉を呑み込んでしまうと、次に何を言えば良いのか分からなくなる。返答はなかったが、2人の反応に満足したマシャは、にっこりと笑って見せたのだった。
「嘘じゃないからね」
「いや、そんなことは思わないけど」
「するとあれかい? ルイサがここの船長ってわけか?」
オルセイが尋ねた。
「違うよ。船長は別にちゃんといる。あたしの兄さんなんだけどね、頭の切れる男だよ」
なるほど、兄妹で船長と副船長か。そう思うと、少し納得できた。10代の小さな娘が、十数人の猛者たちを束ねているというのは、無理がある話だ。
「その船長さんには、会えるのかい?」
とクリフ。
「必要が出れば会ってもらうよ。普段は部屋に籠もってて、姿を見せないんだ」
クリフは何か言いたい気分になったが、発言を控えた。余計なことを言ってしまい、マシャを怒らせそうな気がしたからだ。オルセイが、ちょっと待てよと手を挙げた。
「そしたら、ルイサは何なんだ? 偉い立場に見えたぜ」
「あ、そうだ」
ルイサの役職がない。しかし海賊の頭領たる立場にはあるだろう、あの様子は。
と考えた時、その会話を狙っていたかのように、皆の視界に長い金髪が現れた。
厚手の服だがはやり腰が細いのがよく分かり、プロポーションが良い。誰だというのがすぐ分かるのに、一瞬ボンヤリと見てしまう。黒い甲板の上に、金の髪は鮮やかに映えた。
「なぁに、噂話?」
ルイサは邪気のない微笑みを作った。それがかえって何かを考えているように見えて、男2人は口をつぐんだ。意味もなく愛想笑いをする。マシャが少し前に進み出て、腕を組んだ。
「こいつら、ルイサは何者かって聞くんだよ」
「待てよ、そんな聞き方はしてないぞ」
クリフが慌てた。
「内容は一緒でしょ? 美人踊り子がどうしてあたしたちみたいな連中をまとめているのか、どうしてあんたたちを船に乗せることにしたのか、何を言いつけられるんだか、それが知りたいんだろ?」
まくしたてられ、一蹴された。クリフは閉口するしかなかった。代わりにオルセイが言った。
「乗せてもらえる以上、文句は言わないさ。ネロウェン国までちゃんと送ってくれるって言ったんだしな」
「そのつもりよ」
ルイサの答え方に、クリフが少し気色ばんだ。ルイサはすぐに言葉を続けた。
「航海には危険が付き物だわ。嵐も起こるし、何より、私たちは先日言った“戦争”の地へとおもむくのだということを忘れないでちょうだい。ちゃんと送るつもりだと言ったのは、そういう意味よ」
そう言うとルイサは微笑んで、クリフに首を傾げてみせた。
クリフは相手の言葉一つに反応してしまう自分を恥ずかしく思い、視線をそらした。もう少しオルセイのように落ち着きたいものだ。オルセイも実際考えていることはクリフとそんなに変わりがないと思うのだが、それを口や顔に出さないだけ思慮がある。クリフは小さく息をついた。ルイサが笑った。
「私の正体だなんて、そんな大したものじゃないわ。町で踊り子やってる程度の女だもの。でも、秘密めいて見てもらえるってのは、怪しげで色気があって良いわね」
ルイサは自分の唇に人差し指を当てて、軽くキスをする仕草をした。謎がなくても充分色気はあるが、と思う男2人だった。
結局“ピニッツ”におけるルイサの役割は、教えてもらえないらしい。船長の女である等の邪推は色々とできるのだが、クリフたちは考えないことにした。
マシャが気を取り直して、クリフの手からグールの紐を取り上げ、ルイサに掲げて見せた。
「貰ったんだ。名前はまだないんだって」
「グールの子供ね」
ルイサもしゃがんで、にこにことグールを撫でた。まだ警戒することを覚えていないグールは、気持ちよさそうな声を出した。女性は皆、動物が好きなのかなぁとクリフは、明後日なことを考えた。
クリフはふと、このグールらがオルセイに懐かない理由を考えた。オルセイの中にいる「何か」──それが子グールらのお気に召さないのではないだろうか、と。そう思い当たってしまった自分の顔が暗くなっている気がして、クリフは慌てて顎を上げた。
「夏にはもう、人の手には大きすぎるし凶暴になってくる。だからその前に、森に帰してやった方が良いんだけど……そうしてくれるかい?」
「人の手で育ててやれば、大人しいままなんじゃないの?」
「多分無理だな」
オルセイが口を挟んだ。
「グール狩人の中にも、グールを育てようとした奴がいたんだ。殺されちまったらしいよ」
「それができれば、家畜になってるだろうな」
「自然の生き物の、元々持ってる本能ね」
ルイサは感慨深げにグールを撫でて、立ち上がった。
「船から出すわけには行かないけど、ゆっくりしていて。鍵のかかっていない部屋なら、どこをどう見てもらっても構わないわ」
そう言ってルイサは甲板を離れ、船底に降りて行ったのだった。
船の中にも外にも、働いている男たちがいる。おそらく、先のケンカで、ほとんどの船員がクリフたちの顔を覚えてしまっているだろう。逃げる前に捕まるだろうし、逃げてもすぐバレる。
「出航は3日後だから」
とマシャが言い、ニッと笑った。
「暇だろうから、きっちりこき使ってあげるよ。心配しなさんな。うちは専属の料理長も抱えた船だからね、しっかり働けばその後のご飯も倍美味しいってもんさ」
クリフとオルセイは揃ってげっそりとした顔をした。本当に容赦なくこき使われそうだ。
そうして出航までの間、2人は他の船員に混じって、掃除や点検や修理やと船中を走り回り、船が出発準備を整えた頃には船内の地図と船員の顔と名前がほぼ頭に入ったのだった。
それが、マシャなりに2人を“ピニッツ”に馴染ませようとして、もしくは名前を覚えさせようとして、やってくれたことだとかと考えることもできるのだが、おそらくは地だろうと思うクリフだった。