6-3(集結)
町並みを囲む緑の山が、ところどころ赤く色づいている。おおむね針葉樹林だが、わずかに見せる秋の色が、風を肌寒く感じさせている。いや感じるだけでなく、本当に寒いのだろう。もうすぐ冬になる。
クラーヴァ国は、ロマラールより気候が冷たい。
戦争なる状況が夢物語であったかのように、クラーヴァ国王都は穏やかである。元より、戦の爪痕などカケラもついていない。あるとすれば港が騒がしかったぐらいだ。貿易は、ずいぶんと荒れた。とはいえ今年の秋も、豊作とまでは行かないが実が採れて、多少は暮らし向きが安定した。まだまだ厳しい財政ではあるが、少なくともネロウェン国に攻め入られる心配は、しばらくはない。
ネロウェンには打撃を与えてやったから。
「いつ?」
報告を聞きながらも手を止めなかったクラーヴァ王だが、打撃を与えたの言葉に、ようやく体を起こしたのだった。土にまみれた手袋を外し、首にかけた布で汗を拭う。腰に手を当てる様子は、農家の青年にしか見えない。しかも、かなり年季が入っていると見える。
クラーヴァ城に出入りする者は、王の畑仕事をすっかり見慣れたものだ。何しろ先代からの名物となっている。急ぎの謁見などだと、王は畑で相手に会ってしまう。
「イアナザール様、お足下を」
「ん、ああ」
片足をひょいと上げると、抜いて溜めた雑草を、下男が集めて麻袋に入れる。若い報告者は呆れながらも王が落ち着くのを待つだけだ。報告をする側近アンデノルクは、まだ王の農民姿に納得できないでいる2年目の新人である。イアナザールに言わせれば、そろそろ慣れろというところだが。
「で?」
体が冷える前にマントだけ羽織って、イアナザールが側近アンデに向き直る。王と共に畑仕事をしていた他の者らも、片付けて引き上げる。王らの会談を妨げない意味もあるが、日が昇ってきたためもある。畑をいじるのは、明け方と夕方だ。イアナザールは城内に作ったこの畑から朝日と夕日を眺めるのを、楽しみの一つとしている。
2人はゆるりと歩きだした。
世界が震える日は、空もどこか揺れている。
3年前にも、こんな秋の日があった。と、イアナザールは思い出す。
同じ空の下、遠い場所で流れているだろう血を。
「メルピ男爵をご記憶ですか?」
と、アンデが切り出す。またそれか、とイアナザールは額を触った。この側近が回りくどいことには慣れたつもりだったが、結論だけで構わない時には少々苛立たされる。王は息をついて、付き合う覚悟を決めた。
「覚えているとも。お前に手土産を持たせて夫人のサロンから外交官に接触させて、色々調べてもらったおかげで私はヤフリナ国の調印式にも行けた次第だが、それがどうしたというのだ?」
精一杯、付き合ったつもりである。
アンデは若干肩を竦めてから、王に一礼した。
「そちらの話ではなく、男爵がキエーラ・カネンに寄付をしていたという噂の方です」
王は苦虫を噛みそうになりながら「うむ」と頷いた。
「彼らの筋から、ヤフリナの有力者に内通できまして」
「有力者とは」
「テネッサ・ホフム・ディオネラです」
「敵対しているのではなかったのか!?」
「テネッサ商会に潜り込んでいる密偵です」
「足下をすくったか」
イアナザールは空を眺めた。ネロウェン国の若き王を思い出すだに、この戦いには心が痛む。国をまたいでの大戦争を、どう収集させるのかと思い巡らしていたのだ。資金元の一つであったテネッサ商会を崩したのなら、戦況も変わろう。
空は今日も晴れそうで、イアナザールの心中を癒すかのように爽やかな青色に染まってきている。
「テネッサに、ネロウェン駐留地への支援を渋るよう仕向けました。とはいえ動きが早かったので、こちらが働きかけるまでもなく、テネッサもネロウェン国を見限る覚悟だったかと思われます」
「と、いうことは……」
「はい。戦争中のロマラール国サプサに、ネロウェンの援軍は届きません」
やっと結論が出た。
それが聞きたかったのだ。
イアナザールは息をつき、アンデを「ご苦労だったな」とねぎらった。
「ですが、ネロウェン国のフセクシェル家にまでは手が回りません。かの豪商は、どんな手でも使うと聞きます。テネッサの裏切りもいずれ露呈して、ヤフリナも再び乱れるでしょうし」
「その時はその時で、また考えるしかないな」
ヤフリナから攻めて乱せ、と指示を与えたのは、イアナザールだ。ロマラールへ援軍を送り続けたところで焼け石に水だ。元から絶たねば。だが、もっと大元をまで絶つことができなければ、やはり付け焼刃の措置となるのかも知れない。イアナザールの表情が曇る。
そこへアンデが、さらに王を曇らせる発言をした。「それで、あの……」と言いにくそうにしている側近を肩越しに睨んでしまい、王は「何だ」と目をそらした。
「ロマラール国に行かれたリニエス様を呼び戻さねば、と思うのですが、」
「何?」
背中にかけられた名前が意外すぎて、思わず振り向いた。
元々尻すぼみだったアンデの言葉はあっさり遮られ、再び睨まれたアンデは泣きそうな顔で萎縮している。いつも飄々とした風を保って自信ありげにしている若者が、珍しい顔を見せてくれたものだ。が、今はそれどころではない。萎縮も当然である。
初耳である。
王妃の妹たるリニエスは、王都の魔法使いらを連れて辺境の復興にあたっている。と、報告を受けている。ソラムレア国が去った後の東は荒れてしまい、負傷者も多く残っている。イアナザールは戻ったが、ミネカナら魔法使いは東の辺境にとどまっている。
リニエスは供を連れて、それらの者を束ねに行ったのであった。
聞いていた報告では。
「もう一度言ってみろ」
王に凄まれてしまい、側近は開き直ったのか胸を張った。
「リニエス様は確かに東へ赴かれました。が、目くらましだったようで、その後すぐ船でサプサに渡ったという情報が入ってきたのです。王妃様のサインが入った通行許可証であったと港の関税官が証言していたそうですので……その……」
「共犯か」
言いよどんだアンデの語尾を、イアナザールが補完する。道理で耳に入ってこないわけである。リュセスを責めても、聡明な奥方はあの子が望んだからとしか言わないだろう。一点の曇りもない微笑で。
クリフォードが発つ前後にリニエスが見せていた、厳しい表情。自分も人の役に立つべく東へ行こうと決意した顔だと、イアナザールは認識していた。が、まさか戦場へ乗り込むとは。
さすが、あの老婆が育てた少女だけのことはあるのか。と思ってから、いやいやと自戒する。
ラハウは関係ない。リニエスの性分だろう。
「イアナザール陛下?」
呼ばれ、はっと顔を上げる。手に顔を埋めていたことに気付き、イアナザールは背を正した。日が高い。一日が始まる。王の間には、仕事が山積みだ。
歩きだすイアナザールに、アンデノルクが「どうしましょう」と問うた。
「ロマラールに使いを出し、妹君を戻して頂くよう要請せねばと思うのですが、」
「当たり前だ!!」
イアナザールの怒号は、遠くロマラールの地にまで響きそうなほど木霊した。
◇
――が、当然サプサのクリフに、声が聞こえるわけもなく。
もし聞こえていたとしても応える暇もないほど、サプサは戦いの真っ最中であった。助勢軍が到着して半月後、満を持して総攻撃を開始したのだ。
「進めーっ!」
クリフが叫ぶ。朗々と響き渡り、全軍がこれに呼応し、港へと押し寄せる。閉じ込めたネロウェン軍を一気に叩く計画である。
ゴーナに乗るクリフは、英雄たるにふさわしいマントをひるがえして、先頭を駆ける。ざんばらに伸びた髪は、水色の組み紐でしばってある。ラウリーの血や汗の染みこんだ紐をあの時、誰かが拾ってくれていたのだ。出立の際に助勢軍の兵が「預かりました」と言ってクリフに渡してくれたものだったが、拾ったのが誰かは聞いていない。おそらく緑の魔道士ではないかと思いながら、クリフは紐を懐に忍ばせていたものだった。
この戦いに備えて。
決着をつける、という決意の表れでもある。
ネロウェン軍に援軍が届かないと知ったからではない。むしろ逆で、援助が届く前に殲滅してしまわねばという覚悟を含んだ進軍である。
町を縫って進む全軍はゴーナ隊と歩兵で構成されており、歩兵が投石機を守っている。全員で盾を構えているのだ。ゴーナ隊が討ち取りそびれたネロウェン兵を、歩兵が仕留めて行く。
元々ロマラールの剣は片手持ちである。クリフが両手持ちしか知らないだけだ。グールを相手に、盾など悠長に構えていられない。
だが今の相手は人間である。
全員が一丸となって揃えた盾は、一枚の壁のように通路を塞いでいる。前列が前面に構え、後ろの者達は盾を頭上に掲げている。上から降ってくる矢や爆弾を防ぐためである。
爆発する球での攻撃は、予想より少なかった。持ち球は少ないと見えるぜ、と誰かがはやった。ロマラールの歩みが速くなる。皆、長く続いた戦いを一刻も早く終わらせたいのだ。
ネロウェンも同じ気持ちでは、あるのだろう。
でなくば今になって魔軍など出てこない。
「懲りない坊やね」
盾部隊を背に先陣を切って走っていたクリフのゴーナが、震えていななく。続いていたゴーナ隊も、足を乱して止まる。声の主もゴーナで駆けてきた者だった。かばった頭上で金属音が響く。女の手には短剣があった。
続いて3頭のゴーナが走りこんできて、たちまち衝突した。そこからすかさず飛び降りている敵は、いずれも黒マントである。2人でゴーナに乗り、一人が斬りつけ、一人が後ろから何やら呟いている。すぐにゴーナは仕留められたが、6人の黒マントは散り散りになった。
初めて彼らを見た者は、戸惑っていた。しかも一人は女性である。クリフも2度目だが慣れない。どうにも、近所の主婦を相手にしている気分に陥るのだ。『魔の気』がなければ。
『気』の放出を止められたら、果たして斬りかかれるだろうかと思う。戦場に立つ以上、女子供とて敵だ。と、自分に言い聞かせている。例え『魔の気』を携えたままでも、目を細めて微笑む様が人を生かすことに向けられていれば、どんなに心強いことか。茶の髪と肢体を豊かに持つ、ライニの魔道士。
クリフは唇を噛んだ。
「あんた一昨年、何してたんだ」
「山にいたわねぇ」
クリフの殺気に応じて、黒マントが動く。クリフはライニの魔道士だけを睨む。
「世界が飢饉に陥った。ネロウェンが飢えた。奴らは、生き延びるために戦いを仕掛けてきたんだ」
噛んで含める口調は、彼女に言って聞かせるというよりも自分に伝えんがためである。やもすれば怒りに任せて剣を振るいたくなる自身を抑えて、クリフは女を睨む。
「豊穣の神が、今さら殺戮かよ!」
返答を待たずに、ゴーナ上から斬りつけた。返事を望んではいない。ただ訴えたかっただけだ。
「クリフ!」
少女の甲高い声がクリフを意識を引き戻す。剣先から逃れた黒マントの女は、ふわりと浮き上がってクリフに手をかざしている。クリフは咄嗟にゴーナの手綱を引いた。
石畳が燃えた。
辺りの兵が悲鳴を上げて散る。靴に引火した兵がバンバンと叩いて火を消していた。隊のゴーナも前足を上げて、いななく。いななきの向こうで、ロマラール語の叫びが上がる。分散した黒マントからの攻撃である。騎手を落として身軽になったゴーナが右往左往して、歩兵の足を止めてしまっている。戦いにくい。
ゴーナ隊でネロウェン軍を切り崩して進む作戦が、裏目に出た形となった。
「お前も、今さら愚痴かよ!」
叫びながら黒マントに突進する少女は、言うまでもなくマシャである。ゴーナに乗る彼女は槍を構えて、女を一突きにしようとした。避けられるのを計算の上だ。すかさず横にないで、女の顔を矛先で引っぱたいてやるつもりだった。が、それも避けられてマシャは舌打ちをした。
「おばさん、すばしっこいじゃん」
わざと挑発する。するとライニの魔道士も面白そうに浮き上がり、マシャのゴーナに乗ってきた。横座りしてマシャの鼻先で微笑まれ、つつと顎と喉を撫でられて、マシャの毛が逆立った。
「口の悪いこと。それに頭も悪いわ。それとも、わざと私の名を呼ばないでいるのかしら?」
「マシャっ」
取って返したクリフが、ヌクスを突く。剣先を避けて、ヌクスは体をそらしながらゴーナから飛び降りた。喉を解放されて、マシャは咳をした。呼吸が荒い。優しげな指先だったが、魔法で喉を絞めていたと見える。
クリフはマシャをかばって立ち、ゴーナ上からヌクスを攻めた。だが背後のマシャにも黒マントが迫ってくる。ゴーナもずいぶん減らされた。こちらが相手を撹乱させるより早く攻められ、徐々に追いつめられている。
黒マントらの動きを見て、クリフは目を見開いた。
魔軍のうち2人は、魔法ではなく直接攻撃をしていたのだ。早いはずである。それを補佐して、うろちょろと黒マントらが何やら唱えている。一人は仕留めたが、主流の2人が強すぎて、逃げるしかない戦況になっているのだ。うち一人は大鎌を振るっている。
「まさか」
呟き、ゴーナが止まってしまったことに気付いて、慌てて走る。いつの間にか固められていた。危険だ。
近くで、爆発音がした。この通りではない。2筋ほど向こうだろうか。ロマラール軍は、通りごとに隊列を組んで進んでいる。ネロウェンは通りごとに戦力を固めてきたらしい、とうかがい知れた。クリフが率いる中央通りに、球は飛んできていない。代わりに魔軍が現れたのだ。
おそらくはクリフのために、魔道士3人ともが出てきたのだろう。
折りしも大鎌を持つ男のフードが外れて、水色の髪が現われた。透き通るほどに煌めく髪にも顔にも、見覚えがある。大鎌を武器にしている水色髪の黒マントなど、嫌でも記憶に残る。
ゴーナ隊の足下を黒マントが駆け抜け、その大鎌でゴーナの足を斬る。獣の悲鳴が上がり、騎士が振り落とされる。そこへ、男が鎌を振り下ろす。
「ポズタ!」
仲間の名を呼んでクリフが、黒マントを蹴飛ばした。ゴーナの前足で。間髪入れずに飛んできた大鎌は、イアナの剣で遮って受け流した。鍛え直された剣は、ちょっとやそっとでは欠けもしない。火花を散らして互いの刃が、跳ね返された。
「気持ちいい生き返りっぷりだな」
水色の男に言われ、なるほどそういえばと合点する。去年に倒れた時が、この男と会った最後だ。ラウリーを連れ去った者でもある。
クリフの中でラウリーは、まだ狂って泣き叫ぶ顔で止まっている。幼子のような涙が胸に染みついて、離れやしないのだ。この男に連れ去られたせいで、というのは八つ当たりだが、今は彼ら以外に闘志の矛先が見つけられない。
「ロマラールがこんなじゃ、悠長に寝てられないさ」
「そうか? それにしちゃ遅いお目覚めだったがな」
「黙れっ」
男の唇に剣を突きつけるも、ナティの魔道士はびくともしない。むしろクリフの激昂を楽しげに見やるではないか。クリフは一呼吸してゴーナを退いた。だが退く間合いを狙っていたのか、飛び込んできたのは黒髪の青年だった。黒マントのネロウェン人。こちらも見覚えがある……クーナの魔道士だ。
振った剣を避けられ、クリフは喉を掴まれた。声が出せない。息も出来ない。さすがにクリフも、魔道士3人に囲まれては、速すぎて手が出なかった。進軍として走るだけならゴーナが最適だったが、路地で戦うとなるとゴーナは不利だった。かと言って降りていれば勝てたのかと言われれば自信がない。
ライニの魔道士だけならまだしも、魔道士3人に魔法使いまでもは、卑怯だ。
「卑怯を言い出せば、きりがない。貴様の持つイアナの剣は正当か?」
クリフの首を絞めたまま、黒い魔道士が冷静に言い放つ。心を読みやがったのかとクリフは顔を歪めた。黒い男はクリフの前に座していて、座するそこは、つい先ほどまでゴーナの首があった位置である。首を切り落とし、そこにしゃがんでクリフを手に掛けているのだ。落としたのは、ナティの鎌だ。
当然、首なしのゴーナは足を止める。ゆるゆると足を止めて揺らいで、背に2人を乗せたまま横に倒れていった。2人も一緒に地へ落ちかけたが、その前に別の手が入った。いや、足である。
飛んできた蹴りが、ちょうど黒い魔道士の腕に当たった。魔道士は声を上げて、クリフから手を放した。そんなに痛かったのかと不思議になるような叫びである。目前に火花が散った気がした。どうやら『力』ある蹴りだったらしい。
クリフは倒れるゴーナから飛び降りてマントを背にはらい、剣を構えた。蹴りの主を背に守って。
「馬鹿な。ラフタ山の麓にいてくれと言っただろっ。いや言ったじゃないですかっ」
慣れない敬語が間抜けである。だが守られる者は笑うでもなく、淡々と言葉を返す。
「私の行動があなたに及んでいた危険を回避したと見受けられる以上、馬鹿とは断定しかねます」
つむがれた声は少女のものだ。マシャが言いそうな屁理屈だが、言葉遣いも声も違う。マシャは少し離れた場所から少女を指して、あーっと声を上げていた。
「なんで来てんだよっつーか、来るんだったら早く来いよ、この馬鹿!」
「やっぱり口が悪いわねぇ」
ヌクスが突っ込みを入れながら、マシャの槍を避ける。2度も馬鹿呼ばわりされて、少女の眉間にわずかだが縦皺が寄った。よく見ないと分からないほどで、今は見ている余裕がないので、気付いた者はいない。
「なんで、とは笑止です。戦う以外に戦地へ足を踏み入れる理由などありません」
「リニエス様」
魔法を放とうとする少女の手を掴んで、クリフがため息をつく。
「あなたに何かあっては、クラーヴァ王に顔向けできない」
「大丈夫です。姉様と約束していますから、何かの前に逃げます」
「約束?」
「はい」
背の伸びた、だが幼さの残る顔に真っすぐな瞳をたたえて、少女は言う。
「一人も殺さないと」
「……」
感慨にふける暇もなく大鎌が襲ってくる。クリフはリニエスを小脇に抱えて飛びのいた。
そう上手く行くものかと呆れたが、反面、リニエスにはそのままでいて欲しい気持ちが沸いた。少女は自分が重荷にならぬようにとクリフの手から逃れて飛びのいた。代わって鎌がクリフの小脇に飛び込んでくる。すれすれで、逃れる。
すると背後のリニエスが言った。
「私だけではありません。皆様、来て下さいました」
リニエスの告げた言葉が、魔法合戦の始まりでもあった。
声に合わせて、中空に人が現われたのである。全部で4人。うち3人は、やはりと言うべきか、黒マントを着けている。そうでない一人は、嫌というほどよく見た顔だ。
空から降ってきた美女は、長い金髪を躍らせて軽やかに笑う。
「お待たせ」
とはいえ誰も驚かない。クリフも、リニエスが来たことについては慌てたが、ルイサらの登場は打ち合わせた通りだったので、むしろ安堵していた。改めて剣を振り、敵に向き直る。黒、茶、水色の魔道士がそれぞれに目を見開いている。
「やっと来たか」
クリフの軽口に応じたのは、初対面の黒マントだった。
「年寄りをこき使うと、バチが当たるぞ」
言いながらもフードの奥からは怒気を感じない。穏やかで深い碧色の瞳が、注意深く周りをうかがっているだけである。その一角だけが急激に、重力が増したかのように空気をこわばらせた。いや、膨らんだと言ってもいい。常人には計りかねる『魔の気』が一気に大きくなったのを、いくらクリフでも痛感せずにはいられない。
やもすればイアナの剣も、呼応して輝きだしそうである。
皆、自然と退いていた。平伏さんとしている者もいる。畏怖すべき圧倒的な『力』に触れて、平気でいられるはずがない。
「さて」
碧眼の男がフードを外す。髪は、すっかり白い。老人は骨だけのような手をかざした。応じて、赤い中年男性と紫の老婦人も手を挙げた。それだけで『力』が増した。見えぬはずの通りまで戦いの足を止めたようである。町の音が止んできている。
「3対3なら、少しは卑怯ではなくなったかのう?」
エノア以外の魔道士が、集結していた。