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5-9(窮地)

 ネロウェンの戦艦が近づいている。もうすぐ射程距離だ。ロマラール軍はサプサの砦に潜み、時を待っている。

「夜明けだ」

 兵の一人が呟き、乾パンをかじった。皆めいめいに、携帯している食料を摂っている。今日の戦いが済んだら食べるのだと、大事に干し肉を胸にしまっている者もいる。砦の内部で息をひそめて、皆、隙間から外をうかがって神妙に朝日を拝んでいる。登る日を背に大きくなっていくネロウェン船は、まるで自分たちの勝利を誇示するように、悠然と向かってくる。互いの投石機が届く距離までは何もできないのだから、悠然というのは気のせいに過ぎないのだが。

 だが実際、春の大勝利が幻だったかのように秋の現在、負けている。冬になる前に上陸したいのだろうネロウェンの攻め方が、厳しくなってきている。ネロウェンの後ろには属国ジェナルム、同盟国ソラムレア、敗戦国ヤフリナが控えている。大陸ごと相手にしているようなものである。最初から勝ち目がなかったのだ。

 一時は凌ぐも、日を経て体勢を立て直しては攻めてくる。ロマラールは疲弊する一方だが、ネロウェンには充分な余力がある。繰り返すたび力関係が移行する。防御箇所は港にとどまらない。南の浜辺、北の崖。あらゆる侵入経路を攻められ防いで封鎖し警備を置き、ロマラールは完全に孤立した。

「これが最期の夜明けかなぁ」

 別の呟きが上がったのを聞きとがめた者から、叱咤が飛んだ。

「戦う前から弱気になるな!」

 甲高い声が、砦内に木霊した。砦は鳥籠を細くしたような造りで、骨がわざと複雑に組まれている。声を出すと響くよう設計されている。響いた声は、マシャだった。

 船のなくなったロマラール軍は今や、砦をして陸地を死守するしかない状況に至っている。“ピニッツ”は先の功績を称える、という体のいい言葉によって前線の指揮を任されている。とはいえ彼らとしても、堅苦しい後方支援で悶々としているより前線の方が性に合っている。後方に押し込められたルイサは今頃、町の真ん中で苛立ちと不安を募らせていることだろう。

「ふんばるんだ。死ななきゃ負けじゃない。きっと巻き返す」

「どうやって巻き返すってんだよ」

「助けが来るじゃないか」

「助けだと?」

 先ほど呟いた兵が立ち上がり、休む仲間らをまたいでマシャに近寄る。内部の骨組みは剥きだしで、(はり)や柱が絡み合っている。人が減れば走りもできるが決して広くはない。梁に登っているマシャの足下に、ちょうど彼の頭が来た。もう少し機嫌が悪ければ彼の頭を蹴飛ばすところだが、マシャは冷めた目で兵を見おろすだけである。

 天井近くまで登って外を見る、そんな芸当も、小柄なマシャだからできることだ。階段はなく、それほど高さもない建築物である。人と投石機を隠すのが目的である。

「いい加減なこと言うんじゃねぇよ、このアマ!」

 男の言い草に“ピニッツ”の船員が気色ばんだが、マシャに手で制された。ナザリは砦の外で、投石機を指揮している。

「どこから助けが来るってんだ、こんな田舎国の、」

「北から」

 わめく兵に、マシャは静かに答えた。静かに、だが、力強く。

「ロマラールの軍神が。イアナの英雄がこっちに向かっている」

「な、なんだ、そりゃ。イアナ神なんて、」

「偶像じゃないよ、生身の人間だ。イアナを守護に持つ男さ。クラーヴァからの援軍を率いて、北にいたネロウェン軍を倒して、このサプサに南下して来てるんだ」

 マシャは少し降りて腰をかがめ、男に顔を寄せた。男はたじろいで退き、ぐっと黙った。マシャは内心で舌打ちする。この話をまだ知らないヤツがいたなんて、と。充分、噂を広めておいたつもりだったのに。

 外をちらっと見てから、マシャは顔を上げた。

「皆も聞いて!」

 砦の中だけでなく、外にも響く。マシャは、港にいる兵らにも声を届けなければならない立場だ。港中に澄んだ声が広がった。

「軍神が来る。率いる援軍の半分はクラーヴァの精鋭で、半分は私らの親兄弟だそうだ。数を増やしながら、こっちへ来てくれている。何より、軍神たる男がロマラール人だ。北の誉れある、グール狩人だ!」

 いったん言葉を切ると、兵らの間で「グール狩人だとよ」「あのグールを」と囁かれているのが聞こえた。そうさ、グール狩人だよ……と、マシャは昔を振り返った。

 すぐに気を取り直す。

「だが!」

 と叫んで皆を黙らせ、ふたたび目を向けさせる。

「援軍の半分は親兄弟だ。老いた父親や若すぎる弟が、私らのために戦ってくれているんだ。その者らまでサプサに巻き込みたいか? 援軍をだけ、あてにするのか?」

 少女の言わんとするところを汲んだ兵が「頑張ろう」と叫んで立ち上がった。周りも続いて、おうと立ち始める。

「俺たちで、くい止めよう。まだ砦は一つも壊れちゃいない」

「やつら、ここが落とせないから焦ってるんだ! ってことは勝機があるぜ」

 全員が立ち、港がざわめいた。様々な言葉が一つの叫びになっていく。誰かが、手にした乾パンを掲げたため、それにならって次々にパンが頭上に上がった。

「勝つぞ」

「勝とう!」

 前向きな団結が夜明けの光と共に、港の熱を上げていく。水で乾杯してパンを口に放り込むと、兵らは剣を手にした。いくらでも攻めて来いと大口を叩く者に、笑いすら起こった。マシャは兵らの頭上で、安堵の溜め息をついた。外の様子を確認して、手を挙げる。

「見張り兵!」

 叫ぶと、同じように梁に登っている兵がはいと応じた。

「東のナモン島を回りこんでいます」

「見りゃ分かる。距離は?」

 距離も見て分かっていながら、あえて訊いた。

「まだ2ズイークはあるかと」

「届く。投石用意、東だ!」

「届く?」

 疑問の声を無視して指示し、港では投石機がいっせいに東へ走る。ゴロゴロと音がすると戦闘開始だ。船のなくなった“ピニッツ”は代わりに、車輪と帆がつけられた投石機に乗っている。離島の布陣も潰された今、港に5台しか残っていない大型投石機が戦いの主軸だ。戦闘を重ねるごとに改良し、持ちこたえて今に至る。港を自在に走るようになったのも、改良されてのことである。小型の投石機が砦の天辺に設置されるなどもしている。

 港を走る重い音が止むと、石が乗せられる。ただし石でなく鉄球だ。慎重に扱われている。敵軍が開発した悪魔の球を、ロマラールも導入したのだ。球にも改良が加えられて小さくなっている。拳よりは大きいが、頭よりは小さい。

 つまり、敵軍の間合いよりも遠く投げられる、ということだ。

 ブンという音が頭上を越えた。弾が砦を越えて、海へと放たれたのだ。皆、覗き窓から海を見た。

 ネロウェンはおろか、弾の威力をロマラール兵も予期していなかった。ナザリ率いる開発部隊が生み出した球は、驚くほど軽やかに空を駆けて敵艦に届いた。肉眼では着弾まで球を追えないが、目を凝らす必要はない。

 船の倍以上に大きい煙が上がることは、実験済みである。

 次いで、耳がいかれるほどの轟音が押し寄せる。

 ラフタ山の麓で演習された時は、半分ほどの威力にとどめられた。それでも充分だと戦慄したものだったのに、この実戦には皆が絶句した。遠くに見えているネロウェン船が上げている煙の意味が、徐々にしか脳に浸透しない。どれほど凄惨な現場になっているだろうかと想像しはじめて、やっとどよめきが上がる。

 だが2発3発と続くうちに、驚愕は歓声に変わった。一隻が沈み始めたのだ。速い勝利に、皆が沸いた。あと一隻も沈めてやれば、敵は退くだろう。

「来るよ、投石機を動かせ!」

 マシャの号令が外に伝えられ、投石機が走る。敵も射程距離に入ったのだ。だが走る投石機は、ネロウェン船からは見えない。兵らも砦の中や裏を通って西に逃げる。敵からの球が飛んできても、もう誰もいない。

 鉄の骨組みは、ガラクタが積んであるような奇妙さだ。一ヶ所が壊されても周囲に影響せず、すぐに別のガラクタを積んで補修できるようになっている。

 次の球は、港の中で爆発した。

 だが港を攻められても、砦の中にさえ避難できれば爆風を受けずに済む。もしくは町の中へ逃げ込めれば安全だ。砦の建設と町の要塞化には、領主エヴェンが全財産をつぎ込んだと、もっぱらの評判だ。絶対に落とされないとまでルイサ・エヴェンは豪語して、ロマラールの有権者からも金を引っ張り出している。大人の事情としても、負けられない。

 西から反撃の球を跳ばす。

 とうとう一隻が沈み、港に雄叫びが響いた。

 沈んだのは、敵だがネロウェンの船ではない。敗戦国ヤフリナのものだ。ネロウェン軍の戦艦は大小合わせて6隻が押し寄せているが、うち3隻が正規で、残りはヤフリナの船なのである。前線に出ているのは、ヤフリナだった。不快を覚える陣形だが、ロマラールとしては叩き潰すしかない。

 ヤフリナと兄弟同盟の調印を交わした日が、遠い昔であるかのように。

「皮肉だね」

 炎上しつつ海に消えていくヤフリナの船を見ながら、マシャがごちる。

「あたしらは、キエーラ・カネンの重油で戦ってるってのにさ」

 ロマラール軍には、悪魔の球だけでなく重油の壺を投げる用意もできている。春の大戦で大活躍した残りだ。近づかれれば、樽ごとだって投げられる。炎上させられる火種があっての武器なので、火矢の準備もある。できれば接近戦まで至らず終わりたいものだが。

 ヤフリナの戦艦と、市民団体キエーラ・カネンの間には、何の関わりもない。あれがテネッサ・ホフムの船ならば、むしろヤフリナ国民の溜飲が下がらないだろうかと願うほどだ。だが、これがために税金が上がったら、やはり恨まれるのだろう。

「ん?」

 目を凝らす。敵からの球が止んだ。敵艦が遠ざかっている。様子をうかがいながらもロマラール側に安堵の空気が生まれ、広がり始める。2隻目に球が届かないのは残念だが、撤退してくれるなら、その方がいい。

「気を抜くな。保全を」

 隊長格の兵が指示を出し、マシャも同意して、兵が動いた。砦の破壊された箇所に、鉄骨が組まれる。元々壊されることを想定して造られているだけに、補修も早い。持久戦向きである。

 マシャは直っていく骨組みを横目に、海を見張る。

 すると背後に、寒気を覚えた。

 寒気。いや、気配?

 緊張にこわばる背中に、誰かが言った。

「なるほど。いい砦だ」

 真後ろである。梁に登っているマシャの真後ろということは、声の主も登っている、ということになる。見張り兵も登れるのだから、声の主も小柄なのだろう。が、不思議な言い回しだ。まるで、この砦を見るのが初めてのようである。

 今のサプサには常駐の兵しかいない。毎日砦を眺めたり点検したりで、風景の一部となっている者ばかりのはずである。初心者などいるべくもなく……いるとすれば、到着予定の援軍ぐらいで……。

 マシャは息を呑んだ。

「クリ……っ」

 だが言葉は消えた。

 振り返りつつ叫びかけて、はたと硬直した。違う意味で、息を呑んだ。

 ああ、と、虚ろに納得する。道理で聞き覚えのある声だと思ったのだ。だが低めの、滑らかで艶のある、そんな声はクリフじゃない。あいつは、ちょっとハスキーで歌が下手そうで凛としている、よく通る声だったはずだ。耳元で愛を囁くような甘い響きなど、持ち合わせていない。

 マシャは射すくめられた。目に映る男は小柄じゃない。多分、浮いてマシャと同じ位置にいる。だが目がそらせないので彼の足下を見られない。見つめていると意識が遠のきそうな、気が狂いそうな――紫の瞳。

 こけた頬の上で輝く瞳は、魔性の光を一層強くしていて、もう彼が人ではないようにも見える。ずいぶん痩せたねと思うも、唇がわななくばかりで言葉にできない。伸びた黒髪が紫の光沢を持って波打っている様子も、まるで昔おとぎ話で読んだ悪い魔法使いのようだ。と思ってから内心で苦笑する。ようだ、じゃなくて、まんまじゃないか。

 今ではダナと呼ばれる男が、微笑んだ。

「久しぶりだな」

 垣間見せてくれた人間性に弾かれて、マシャは金切り声を上げた。

「逃げてーっ!!」

 金縛りが解けてバランスを崩し、梁から落ちる。下に控えていたカヴァクに抱きとめられた。周囲の兵らが騒然と剣を構えるので、マシャは暴れた。

「駄目だ、戦うな! 殺される! 逃げるんだ、早く、逃げて!」

 腕の中で泣き叫ぶ副船長に戸惑うカヴァクの横を駆け抜けて、皆が黒い男に突進する。が、彼らは一度に呆気なく吹き飛ばされた。壁や後方の兵にぶつかり、バタバタと倒れる。壁にぶつかった者は、壁を粉砕して外にまで飛んでいった。梁や柱までが、ひしゃげた。ダナが土煙に紛れる。きっと微笑んでいるままだ。

 次々に破壊音が上がった。球で破壊するのとは違う、いやに生々しい音をしている。手で骨組みを潰しているのだろうか。魔法だろうが、何にしても気持ちのいいものではない。遠ざかりつつあるのを、カヴァクの手を振りほどいて追いかける。剣を抜いて、煙の向こうに見えてきた黒い背中に駆け寄る。

「マシャ!」

 カヴァクの制止を無視して大きく振りかぶったが、「安心するがいい」と呼びかけられて、ひるんだ。

「俺は邪魔な張りぼてを取り除きに来ただけだ」

 ダナの言い分に混じって、いくつかのうめき声が耳に届いた。砦の外からも聞こえる。全員を瞬殺したわけではなかったのだ。黒衣の男は地面に立ち、砦の骨組みを手折った。まるで小枝を手にしたような優しい仕草だが、異常な怪力だ。ダナは肩越しにマシャを見て、魔法を止めて振り向いた。

 人を馬鹿にしているダナの真意に、マシャは目を吊り上げた。

「何よ、それ。だったら初めから来なよ、おちょくってんじゃないよ」

「来ないで済むなら来たくなかったが、長引いてしまったのでね」

 魔法の介入が反則なのは、自覚しているようだ。そう言ってしまえば、この戦争自体が最初から反則だったとも言えるのだが。少なくともマシャは、そう思っている。

 ヤフリナの時には魔軍まで作って大量に殺しておいて、今さら傍観など。

「……ラウリーは?」

 連想して思い出した。忘れていた自分に気がつくほどに。

「ラウリーはどこ? エノアも。一緒じゃないの?」

“ピニッツ”の情報網は伊達ではない。ヤフリナの調印式に現われた緑の魔法使いは知っている。ネロウェンの魔女が、今は自国で怪我人の看病に明け暮れているという噂も聞いている。

 不思議な気がした。対ヤフリナ戦で見せた瞬殺を封印して身を潜めていたのは、いたずらに戦を引き延ばしているのかと思われたものだった。だがダナは、長引いたことを悔いて、攻めてきた。魔法を初めて見たロマラール兵は、ダナと魔法への恐怖に身を竦めて、萎縮してしまっている。

「置いてきた」

「オルセイ」

 ふいに名を呼びたくなった。自嘲の笑みが、そう呼ばせた。短い返答に込められている感情が、重大さが、意味が、マシャには分からない。だがオルセイは応えない。応じる代わりに、鉄骨がもう一本折られた。メキと鳴った音が意思の疎通を絶った。

「殺し合いには、ちゃんとネロウェン軍が来る」

 言われて、はっと外を見る。退いていた戦艦が再び迫っていたのだ。ダナの奇襲を囮にするとは。

「貴様!」

 叫んで剣を振り上げた真横に、カヴァクも踏み込んでいた。彼の半月刀がダナを両断しようとする中、マシャも剣を振り下ろした。だがカヴァクの刃は避けられ、マシャの剣は、オルセイの目前で金属音を立てて止まった。火花が散り、目を細める。オルセイの剣がマシャの刃先を止めていた。

 なぜか、わずかに安らいだ。剣を止めたものが、魔力でなくオルセイの剣だったからだ。

 だが交わりは途切れ、2人は吹き飛ばされてしまった。砦の弱い部分で背中を打ち、バキバキと音を立てて宙に放り出された。砦が遠くなり、海が見えた。そんなには高くない。海が見えたのも、迫る戦艦にディナティが乗っているように見えたのも一瞬だった。

「今だ!」

 ナザリの声が聞こえた。幻聴ではない。砦の中からだ。外で投石機を操っていたはずだがと思うも束の間、砦が音を立てて崩れた。球が落ちてきたのではない。中から、ごそんとへこんだのだ。目を丸くしたのと地面に落ちたのとは同時だった。尻餅をついたものの、意外に痛くなかったのは、受け止めてくれる者がいたからだ。外で投石機に乗っていた兵らである。カヴァクも無事である。

 砦のへこんだ箇所は、ダナがいた位置である。皆が固唾を呑んで凝視している。マシャが起きながら慌てた。

「早く! 戦闘準備だ、来るよ」

 だが、すでに射程範囲に入っていた。

「飛んできた!」

「逃げろっ」

 続いて砦の中から、叫び声が上がった。海に向けたマシャの目に、弧を描いて近づく鉄球が映る。青空の中、銀の球がいやに輝いて見える。兵らが、もつれ合いながら砦から飛び出してくる。そこへ鉄球が、落ちた。

 爆音が響き、兵が飛んだ。倒れ、地面に叩きつけられ、負傷者の山ができあがる。いつの間にかネロウェン軍正規の戦艦までもが全て集まっていた。こちらの投石機もすでに2台やられている。

「撤退だ」

 マシャは瞬時に判断した。

「撤退! 町に逃げ込め、投石機に乗って走るんだ! 弓も準備しろ」

 叫びながらマシャは兵らとは反対に、砦へ向かって走る。見咎めたカヴァクが飛んできて、マシャを羽交い絞めにした。

「放せ! ナザリが砦の中なんだよ、“ピニッツ”もいる」

「だったら任せればいい。砦には、まだあの男もいるかも知れん」

 強い声で制するカヴァクを、ぎっと睨む。その間にもネロウェンの球が、砦と港を破壊していく。彼らの上陸が近い、次の戦略が必要だ。

「オルセイは逃げたよ。あいつが潰されてなんか、いるわけがない」

 ギリと歯ぎしりするマシャの目前に、球が飛んできた。落下地点はマシャがいる位置。マシャは走れと叫んで砦へ走った。逃げ切れないなら、砦へ入った方が防げる。散々投げこまれて崩れても、まだ砦は骨を絡み合わせて雄々しく立っている。もはや芸術品の領域だ。

 砦に飛び込み、体を丸める。ほぼ同時に起こった爆風からは助かった。横を見ると、ちゃんとカヴァクもいた。結局入ってしまったと言わんばかりの苦い顔に、笑みが洩れた。“ピニッツ”は悪運が強い。

 さらに幸運にも恵まれている。

「マシャ」

「ナザリ!」

 飛び込んだ位置に“ピニッツ”がいるとまでは想定していなかった。だが声があったのだから、出会えても不思議はない。ないが、マシャはナザリにしがみついた。泣き声を上げかけたが、そこは耐えて体を放した。

「ディナティが来てるかも知れない」

「王様が?」

 全員が目を丸くしたが、今はそれどころじゃない。

「真ん中の戦艦が親玉だ。この崩れた箇所に船を着けるつもりだよ。早く撤退しないと!」

 投石機はまだ3台あるものの、おそらく全部を無事に町へ運ぶのは不可能だ。砦に据えつけられている小型投石機も、半ば使い物にならない有様である。港を捨てて白兵戦に備えた方がいいと判断したのだ。

 幸い、サプサの町並みは無傷だ。逃げたロマラール兵は町のあちこちに布陣して、体勢を立て直すことになっている。建物の内部に武器も仕込んである。町全体を要塞にした真価は、ここからが本番である。

 港から脱出できたら、だが。

「速かったな」

 ナザリが海を見ながら肩を竦めた。日がかげり、港がズズンと地響きを上げた。同時に頭上から大量の矢が降ってきて、港に残る兵らを串刺しにした。

「!」

 マシャが走り、無事な小型投石機に球を乗せ始める。“ピニッツ”の皆も集まり、反撃に繰り出した。港にいる兵らは、せめて守りたい。

 第2戦が始まった。

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