5-8(満足)
北の国境から上陸したネロウェン軍は、大きくは二つに分かれて南のサプサと西の王都を目指して進軍していた。サプサを陥落し主要軍隊を港に迎え入れることが第一の目的……と見せかけて、北軍が真に狙うのは、王都なのだ。王都への道は山越えとなるので困難である。あえて困難を選択し敵の目を欺く作戦が功をなし、王都進撃隊の足並みは良好だった。
暑い季節だが山の涼しさがちょうど良い。それに砂漠の熱に比べればロマラールは天国である。
王都進撃隊、60人。順調な進軍と快適な気候に多少のタガも緩んでしまうが、まさか少数精鋭の自分たちが襲われるとは夢にも見ていなかった。
夜風が心地よい、獣すら寝静まるような暗闇の中。
悪夢が訪れた。
「な、何だ?」
「地震か?」
木の上で見張る2人の兵が互いを見やり、幹にしがみつく。風にあおられたぐらいでは揺れない大木が、ゆさゆさと木の葉を揺らしたのだ。わずかな地響きが聞こえるので2人は静かに、揺れが治まるのを待つ。が、なかなか止まらない。2人は落ちるようにして飛び降りた。
「……まだ揺れてるな」
「音がでかくなってきてないか?」
地響きが何かの足音だと分かるまでに、たいした時間は要しなかった。地面を揺るがすほどなのだ、駆け足で複数で迫るそれは、ほどなく姿を現した。
「うわ、うわああぁぁ!!」
闇をつんざく悲鳴が、森に木霊する。バキ、グシャという生々しい音が響き渡る。起きない兵はいなかった。が、すでに遅かった。
「た、助け、助け……っ!」
転がるように駆けてきた兵の背後から、黒い物体が押し寄せてきたのである。木をなぎ倒して突進してくる巨大な獣の名を知らないネロウェン兵はいない。
「グールだ、グールが!」
名を呼ばれると同時にグールが立つ。前足を振り上げて吼えた姿は巨大で、兵たちの倍にも見える。ズンと降ろした足に地面が揺れ、穴になった。顎には先ほどの兵の残骸が引っかかっている。灯りが松明しかなくて、あまり見えないのは救いなのか恐怖なのか。たった一頭だったが、一頭で充分だった。
彼らが知るグールは、国王ディナティ2世が率いるペット”オルセイ”だけである。大人しく座する、ころころとした姿しか見たことがない者も多い。あれが牙をむけば、さぞかし恐ろしい動物であろうとは想像していただろうが、きっと、想像以上であったに違いない。
天幕をなぎ倒す音、阿鼻叫喚。獣の咆哮と駆ける音がネロウェン軍の駐留地を揺るがす。松明が倒れて天幕に燃え移り、周囲を照らした。逃げる足を止めて火を叩いて消しにかかるも、止まっているとグールに突撃され、踏み潰される。炎にもひるまないほど怒り狂っているということだ。数人がいっせいので取り押さえにかかるも、一斉に吹っ飛ばされる。逃げていれば去ってくれるかといえば、そうはならず。血の味を覚えたためかネロウェン兵を敵と見なしたか、グールは向きを換えて襲ってくるのだ。
あまりに予想外な襲撃に、皆が慌てふためいた。が、散りかけたところに閃光が一筋、闇を切り裂いて輝いた。閃光の中、ネロウェン人特有の長い黒髪がひるがえる。
「臆するな! 斬れば死ぬ」
男の太刀筋は、正確にグールの喉元を斬りつけていた。だが浅かったのかグールが強すぎるのか、まったく勢いが衰えず、グールは吼えながら男に突進する。男はざんばらな髪の合間で、かすかに歯軋りした。
「っ!」
獰猛な哺乳類の体当たりを、すれすれで避ける。燃えさかる炎だけが灯る混乱の中で男は、グールの背に何かが刺さっているのを目にした。深く考える余裕がないが、あれは……。
「……矢?」
「隊長!」
呼ばれて意識を目前に戻す。意外なほど機敏なグールが、己を傷つけた敵めがけて身をかえしている。
男もグールに向かって走った。グールの足がひるむ。衝突寸前で足を止めて半身をずらし、思い切り半月刀をふりかぶる。
「ぬん!」
走るグールの身体から、首が飛んだ。
手負いだったグールは数歩走ってバランスを崩して倒れたが、なおも足だけが宙を蹴っている。噴き出た血が辺りを黒い水溜りにしたが、斬った当人は汚れていない。先の傷を正確に斬りおとした半月刀は、血の洗礼を受けているが、炎に照らされて白い輝きを見せている。が、喜んでいる暇はない。
隊長と呼ばれた男は息をついて剣をぬぐうも束の間、兵らに隊列を組めと叫んだ。がむしゃらな獣より恐ろしいものが、すでに来ていたのだ。人の手で作られた武器が。
グールが倒れるか否かのうちに、矢の雨が空から降ってきた。皆が盾をかざす。が、盾を掴んでいない者も多かった。男も持っていない。飛んでくる矢の軌跡を読んで避け、斬りつけ、凌ぐ。矢の次に来る本陣に備えつつ。
「山賊だぁっ!」
兵が叫んでいる。
すぐに、グールに刺さっていた矢が思い出された。線はたやすく、つながった。こちらが真の敵だ。
起き抜けのまま戦っていた彼はすかさず、手首に巻いていた革紐で長髪をしばった。剣を振って握りなおす。
「乱れるな、賊ごときに我が軍は負けぬ!」
叫びと共に側にいた兵が、松明を掲げた。旗のように。
男が走り敵を斬りつける背後から、部下の灯りが付いて来る。こんな時、魔法使いがいたなら光を与えてくれるのだろうかと男はふと思ったが、この隊に魔法を使える者はいない。いない方が進軍しやすいという、ダナの忠告を受けてのことだった。確かにと男も思った。隊長たる自分が、魔法使いを使う術を知らないのだから。
だがネロウェン軍第一部隊はおかげで、ずいぶん散り散りになってしまった。しかも敵は、こちらが列を組むより速い。ただの賊と思えない襲撃に、男の顔が曇る。彼みずからが先頭にまで躍り出た。
ここいら一帯に、ロマラールの男は少ないはずだった。なるだけ根絶やしにして来たのだ。
元々北部の村はどこも、のどかなものだった。ダナの進言は的を得ていた。ロマラール側にも魔法の存在がなく、ネロウェン軍は易々と村を落として回れたのだ。制するのが簡単だっただけに逆に、激情を抑えきれないことも多かった。豊かな山と海に囲まれ、緑の中で安穏と暮らす種族を、妬まず羨まずにはいられない。国では仲間が、妻が、子供が貧困にあえいでいる。
この地に子供を住まわせ子孫を残すには、彼らが邪魔なのだ。
王都進撃隊として隊長たる彼は、自分の判断で男を殺した。老人に子供、女はなるだけ生かしたが、その者達が襲撃してきているとは考えにくい。南から援軍が上がってきたとも思えない。となると生き残って徒党を組んだ男たちか、もしくは全く別の……。
はっとして男は剣を構えた。
「誰が山賊だぁっ!」
同じくネロウェン語で、だがとてもたどたどしい口調で遮られて、彼は思わず呆けた。呆けながらも反射的に剣は振り上げていた。鈍い金属音が目前で響き、顔をしかめる。細めた目線を元に戻した隊長は、そのまま目を皿のように大きくした。半開きの口から「まさか」と言葉が洩れたが、それは相手も同じだった。
赤い髪、赤い瞳。炎のせいではあるまい。男は、ロマラールの青年が以前よりも赤くなったと感慨深く思った。頬の傷が痛々しく、年月を感じさせる。だが名前は忘れられるわけがない。
「クリフォード様」
「お前……サキエドか」
隊長、サキュエディオ・イヌマンナ。ロマラール王都攻撃の命を受けた北軍の前線は、ネロウェン国王の第一親衛隊だった。ディナティは本気だ。実際この部隊の攻め方は、容赦がない。
「お久しぶりです」
サキエドはロマラール語で言い、微笑んだ。だが剣を押す力は少しも緩めない。上段から振り下ろしたのはクリフだったのに、力関係はじりじりと逆転しつつあった。
「王、いるのか?」
クリフはネロウェン語を使った。サキエドがロマラール語を解するのだから不慣れな外国語より母国語で話せばいいのに、この青年はそうしない。彼なりの敬意なのだろうと解釈したら、サキエドの胸が暖かくなった。
だからこそ敢えてサキエドは、ネロウェン語で応じた。
「いいえ」
剣の向こうで、赤い眉がひそめられる。
「恐れ多くも我が主君を、王などと呼び捨てにするとは。我が主君は南より、船にておいでになる。ここにいるのは国一番の部隊であるが、もとより死を覚悟しているがゆえに我が主君のおわすべき場ではない。貴様は残念ながらネロウェン国王ディナティ2世を拝すること叶わぬであろう。今ここで命を落とすのだから」
しかめられた表情に戸惑いが浮かぶ。サキエドの口上は早口だった。クリフには何を言ったのかが聞き取れなかったろうと分かっていて、サキエドはまくしたてた。せいぜい二言三言だったことだろう。主君がここにいないことが伝わればいい。
それでもクリフはひるまない。
「もう一つ、教えてくれ」
互いが神妙に剣を重ねる中で出された問いは、サキエドを複雑にさせた。
「ダナと魔女、生きてるか?」
この期におよんでもネロウェン語を駆使して2人をわざわざ俗称で呼んだクリフが微笑ましかったが、サキエドは口をつぐんだ。これ以上は話せない。話せば……心が、言葉に表れてしまう。
サキエドは吹っ切るように、体ごと剣を押した。気付いたクリフが反転してサキエドから剣を放し、身を退く。すんでのことろで刃先から逃れる。剣を振り切ったサキエドは、体勢を戻して横に腕を突き出していた。
「ぐあ!?」
サキエドの腕の先で、潰れた声が上がる。闇のどさくさに紛れて襲いかかろうとしたロマラール人を、サキエドが斬ったのだ。
「皆、手を出すな! こいつは俺がやる」
赤毛がロマラール語で叫ぶ。この時にはサキエドはもう、この襲撃者が山賊でないと分かっていた。彼らの身のこなしと統率の取れた攻め方が烏合の衆でない根拠だったが、何より、サキエドが尊敬した英雄クリフォードが蛮族などであるはずがない。それにロマラール人にはグール狩人なる職業があることを、サキエドも知っている。赤毛の英雄がそうであったらしい、ということも。
サキエドも部下の勇み足を止めた。
「お前たちは他のロマラール人を殺せ」
殺せの言葉はクリフも理解できたらしく、目が吊りあがっている。サキエドは妙に冷静にクリフの激昂を見守りながら、部下に対して命令を付け加えた。
「一人残らずだ」
言い終わるかどうかのうちに、クリフが飛び込んできた。彼の足下には気を配っていた。踏み込んでいるのは知っていた。だからサキエドは避けることができた。
まさかグールを送り込んでくるとは思いもよらない作戦だったが、人間が相手なら予想が立つ。まして英雄の剣なら記憶のうちだ。手合わせする機会はなかったが、脳裏に焼きついている。軍神たる雄々しい姿が一人の男を支えていたなど、きっと本人は夢にも思っていないだろう。
王弟を斬ったサキエドの心情も、斬ったことを、クリフには知られたくないと願っていることも。
「なんでだよ!」
クリフが叫ぶ。何を指して何故と問うのか。自分でも理解できてなさそうな、やるせない叫びである。何故サキエドがここにいるのか。何故サキエドと斬りあわなければならないのか。何故サキエドがロマラール人を殺すか、なのか。
今さら答えるに値しない、答えようのない問い。
「鈍ったな」
サキエドはネロウェン語で言い、もたつく赤毛の足を狙った。クリフが飛びのき体勢を失った隙を、さらに攻める。ネロウェンの半月刀は踊るように横になびき、ロマラールの長剣は叩きつけるように振り下ろされる。どちらにも一長一短があろうが、戦い方がまったく違う以上、自分の剣技を崩さずいられる方が有利だ。
しかもサキエドは、クリフがまだ剣に慣れていないらしいことに気付いていた。クリフは片手に剣を握りながらも盾を持っていない。そして時々剣を両手で持つ。だが剣の長さが違うようで間合いを取りすぎ、慌てて踏み込んでくる一刀も見受けられる。
もしくは、本人の迷いのせいもあるのかも知れないが。
「斬りたくない」
英雄の素直な弱音が、心地よい。サキエドもつい退きたくなるほどだ。だが、そうは行かない。サキエドは返答代わりに剣を振る。周囲にまでは斬りかかれないほど、周囲も2人に手が出せないほど、張り詰めていた。
だからなのか神経は、身体中が目になったかのように研ぎ澄まされ、ネロウェンの不利も感じられた。ロマラール軍は強かった。数で負けているせいもあろう。だがサキエドの隊は精鋭だ。国の将来を背負って、鬼となってここまで来たのだ。気を抜くな。
と。
考えた瞬間のサキエドの、それこそが油断であったと果たして本人は自覚していたかどうか。
すでに、英雄の剣が自分の左肩に食い込んでいた。
「……え?」
呟きは、クリフだった。サキエドは目を丸くしている赤毛に、苦笑しそうになった。いや実際、口元が緩んでしまった。奥歯を噛み締めてサキエドは肩を見おろし、長剣を掴んだ。
「ふん!」
引き抜くと更に筋が切れて、血が噴き出す。それでも自分の肩に食い込ませたままにはできない。赤毛の青年が「退いてくれ」と呟く。辺りにも叫びあう声が轟いて聞き取りにくかったが、クリフの声に耳を傾けるサキエドには聞こえていた。その上で聞こえないふりをする。
サキエドの利き手は右だ。左肩をだらりとぶら下げたまま、サキエドは斬りかかる。お荷物と化した左腕を斬りおとす暇があれば、サキエドはそうしていただろう。だが腕に構うよりも今は、戦意を喪失した英雄を仕留める方が先決だ。
と、サキエドは読んだ。
だが読み間違えていた。
「あ……」
再び攻めたサキエドに対して、クリフは容赦しなかったのだ。戦意あらば斬る、という意思を示したクリフの変化を、サキエドは見抜けていなかった。頬の傷は甘さの責でなく、成長の証だったのだ。今度は腰を砕かれた。
骨盤がいかれたらしい。立っていられなくなり、サキエドは崩れ落ちた。足に力が入らない。膝では支えきれず倒れ、地面に頬をこすりつける。肩で息をしている自分に気がついた。あっけないほど早い勝負だったが、一晩中戦っていたような長さにも思えた。おそらく実際、長かったのだろう。途中までは時間を忘れるほど、互角だったのだ。暗くて集中力が必要で疲れたのもあった。上陸以来ずっと進軍して来て、疲れていたのもあった。身体ではなく、おそらくは、心が。
見上げたら、英雄の背後に薄日が差していた。サキエドには神々しく感じられた。しばらくしたら朝日が拝める。だが、その“しばらく”が今のサキエドには危うい。寝そべる自分の周りに血の海ができている。目がかすむ。クリフの表情が見えにくい。泣きそうな顔に見えるのは多分、気のせいじゃないのだろう。
サキエドは観念して、仰向けに転がった。戦いは続いているのだろうが、あまり聞こえない。手を動かそうとしたが、わずかしか浮かなかった。だが、わずかで良かった。すぐさま掴んでもらえて、サキエドは嬉しくなった。サキエドが思うクリフの本質は、変わっていない。
「強くなりましたね」
ロマラール語で、なるだけ大きく話したつもりだったが、果たして聞こえたかどうか。握られる力が強さを増したので、きっと聞こえたのだろう。返事に「馬鹿野郎」とも頂いた。笑みが洩れた。
自分が満足していることに気付いた。どんなに勝っても、殺しても得られなかった充足感が胸を満たしている。妻と結ばれた夜の喜びにも似た、娘が生まれた朝の喜びにも似た、何かを作り上げた充実がある。すべてに懺悔し祈る気持ちになれたとしても、自分はきっと墜ちるだろう。
このように死ねるとは、なんと幸せな軍人だ。
「馬鹿野郎」
再び言われてサキエドは、声に出していたのかと気付いた。仕方がなく改めて「いいえ」と呼びかける。
「今が一番いい」
「俺は年とって死にたいよ」
「ああ、それは最高です」
年が取れるほど、生き抜けるのならば。そうしたら晩年、平和な空の下で再会し、酒を酌み交わしたりなどもしただろうか。話したいことは山ほどある。マシャは元気ですかとも訊いてみたかった。こちらのグール“オルセイ”も元気ですよと言ったら、彼はどんな顔を見せてくれただろうか。我が君も元気です。ただ少し疲れておられます。どうか励ましてやって頂きたい。
「生きておいでです」
「え?」
クリフが耳を押し付けてくれているのに向かって、ほとんど息だけが洩れているような声を振り絞る。
「ご兄妹は生きています」
救ってあげて下さい、とまでは、言えなかった。
「おい、サキエド。サキエド!」
すべてが消え去る。
「サキュエディオ!」
精一杯のネロウェン語がサキエドの耳をつんざき、それと同時に彼の首が、ことんと傾いた。
将の命が尽きると共に、辺りも静かになっていた。サキエドの最期の息が聞こえるかの静寂が男らを囲み、戦いが終結していた。皆、大将激突の行方を見守っていたのだ。
重苦しくも、どこか解放されたかの空気が漂う。ネロウェン隊長の死に際があまりにも穏やかだったためかも知れない。敵の腕に抱かれて死ぬことへ、屈辱どころか平穏を顔に浮かべていたのだ。毒気を抜かれても仕方がないだろう。まして勝ち目がないと悟ったなら、なおさら足掻くだけ無駄だ。
朝靄に浮かび上がる光景は凄惨を極めていたが、何本もの光の筋がまるで、彼らの死を清めているかのようでもあった。
埋葬を終えて休息した一団は、南へ向かうこととなった。数百の敵に対して降参した数十のネロウェン兵も捕虜となり、共に南下する。王都の前で敵を食い止めたのだし報告もすぐに王都へ行くだろうが、クラーヴァ助勢軍は、王都への拝謁を考えていないらしい。
これを疑問に思い、しかも助勢軍の攻撃が地理に明るかったことに舌を巻いたネロウェン兵が、どうしてと訊ねた時、赤毛の大将は肩を竦めたものだった。
「俺の実家が、この先にあるだけさ」
彼が王都へ拝謁しに行かない理由も分かった気がしたネロウェン兵だった。
「せめて俺の村へ辿り着く前に間に合って良かった、なんて言ったら不謹慎だろうけどな」
などとおどける赤毛の青年の真意を皆、理解していても黙って聞き流す。
戦闘に使われたグールは埋葬でなく、皮を剥がれ、肉を切り分けられて翌日には皆の腹へ収まった。それが礼儀だとロマラール人は言う。ネロウェン人はグールの肉を初めて食べた。もっと香草があれば良かったのだがと笑われた料理の脂ぎった匂いにむせるネロウェン兵もいたが、おおむねは神妙に口にしていた。
皮や爪、牙で戦闘道具にならない部位は、南下途中の村に配られた。代わりに食料を調達して軍は進み、噂を聞いて志願する男も駆けつけ、助勢軍は増えていった。
噂話は人の歩みよりも早く。
軍神来光の報は本隊が到着より前に、サプサに広まるのであった。