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4-6(終息)

 クラーヴァ軍は負けた。

 戦場に、白旗が掲げられた。

 降伏の決断をしたのは、王の副官ではなかった。

 イアナザール王たるクリフが倒れて形勢が変わった後、副官が大将を勤めて、撤退をはかった。早急にクリフが助け出されてエノアが援護し、隊の編成も組みなおされ、副官はみずから、しんがりを勤めた。それでも全滅しかねない状況に追いこまれた。

『降伏しましょう』

 副官に上告したのは、名もない騎士だった。

 かつてクラーヴァの船が沈められた折りに、クリフの側にいて支えた男である。機転をきかして、沈没から生き残った兵らを、すべて溺死からも守った。その手腕は見事だった。

 彼の功績を覚えてる副官は、騎士を無視しなかった。

「馬鹿を言うな!」

 真正面から、恫喝したのだった。

 彼にとっては降伏など、とんでもなかったのだ。

「ですが、このままでは全滅です」

「死してクラーヴァの誇りを守るのだ」

 副官のこの言葉に、騎士の心は決まった。

 騎士は「失礼」と副官に迫ると、素早く当身で気絶させた。近くの兵に彼を預けて、騎士が白旗を掲げたのだった。

 副官を預かった兵は、おののきながら騎士に言った。

「責任を取らねば、ならないぞ」

「元より」

 言い切った騎士の笑顔は、清々しく。

 ――かくて無名の騎士は処刑された。

 クリフの知らない間に。

 騎士は結局、名を明かさないまま死んだ。本来なら、クラーヴァ王とは言葉を交わすどころか、顔を合わせることもないような立場だったのだ。その引け目ゆえに、彼は名乗らなかった。他国の騎士たる彼をヤフリナ国が処罰する、などという屈辱が実現してしまったのも、騎士の立場が低かったから、副官がこれを許可したから、負けたからに他ならない。

 彼の命と引き換えに帰国できるとあっては、背に腹はかえられない。

 ヤフリナ国はクラーヴァ軍が降伏したと同時にネロウェンへ和解を申し出て、現在、協議中である。クラーヴァ軍は放免となった。

 とはいえクラーヴァ軍は、本来なら騎士を犠牲にせずとも帰国できたはずだった。クラーヴァ本国がヤフリナに対して再三、帰国要請していたのだ。キナ戦にまでクリフらを引っ張ったのは、エノアという魔法使いに守っていて欲しかったヤフリナ王の我がままと、それでクリフらが魔軍を片付けてくれれば儲け物、負けても、それを理由にヤフリナ国としての体面は保持できる……という、浅はかな虚勢ゆえに過ぎなかった。

 騎士の命もまた、そんな愚かな虚勢に巻き込まれた結果である。クリフの意識があったなら、もう一暴れしてでも回避した事件だっただろう。

 だが厄介な騒動になっただろうことは、いなめない。

「眠ったままで良かったと言うべきだろうな」

 呟いたのは、クラーヴァ本国で報告を聞いていた本物の王、イアナザールである。苦々しげな声音で、同じことを思った者は少なくなかっただろう。騎士一人の命で皆の体裁が保たれて、事が円滑に進む……という考え方を、クリフなら許さない。

 許さないままの男でいて欲しいものだ、などと無責任なことを、王は思う。

「無茶をさせたな」

 イアナザールはクラーヴァ城の執務室で、長い溜め息と共に言葉を吐き出した。半年分をまとめた報告は、それはもう長かった。しかも読後感が良くない。

 今さら言っても始まらないが、こんなに長く時間をかける気も、事態を複雑にする気もなかった。クリフォード・ノーマの使い道を間違えた王の自業自得だが、側近と二人きりの執務室でぐらいは溜め息の一つも吐いてみたい。

 王の目前に直立する新しい側近は、硬い声で「はっ」と応じる。

 外見は、イアナザールと変わりない年の青年である。だがイアナザールとしては、まだ居心地が悪い。彼は身じろぎしてから「アンデ」と呼びかけた。側近アンデノルクは、さらに硬くなった。

「それで、ヤフリナ国とネロウェン国の停戦条約は、もう出たのか?」

 アンデは胸を張った。

「分かりません」

 堂々たるものだ。イアナザールは苦笑をこらえて顎を撫でてから、続けた。

「条約がいつ出るのか、内容はいかほどか。ネロウェン国からは、誰が調印に来るのか……」

「調べます」

 返事だけはいい。彼なりに期待に応えるべく張り切っているところを、イアナザールは買っている。

 何しろノイエ・ロズの後釜だ、力が入るのも無理はない。並みいる重鎮を差し置いて大抜擢したのはイアナザールなので、時々人選に失敗なさったのではとも囁かれている。アンデノルク自身にも陰口は聞こえている。だが彼は本当に気にしていないのか、絶対に弱音を吐かない。そこにイアナザールは、期待をしている。

 クラーヴァ国は、ソラムレア国との和解に失敗している。撤退させただけで終わってしまったのだ。ソラムレアがネロウェンと同盟を結んでいるためだが、その輪に切り込みを入れられなかったのが、クラーヴァの甘さである。その失態を払拭せねばならない時期でもあって、政治は内外に困難を極めている。

 時々、思いがけない提案を出してくれる辺りも、アンデノルクの良さだ。

 この良さを分かる者は、あまりいないが。

「つかぬことを伺いますが陛下、メルピ男爵をご存知ですよね?」

 話がスカーンと明後日に飛ぶのである。彼と話していると、まま起こる現象である。イアナザールは慣れたが、熟練連中には顔をしかめられている。

 イアナザールは「先日、男爵夫人が謁見に来たな」と応じた。

 するとアンデが、またも話を飛ばす。

「そのメルピ男爵夫人は毎週、赤の日にサロンを開催なさっておられるそうです」

 それが今までの話と、何の関係が? などと口を挟んではいけない。

「イアナザール様、夫人のサロンに出向けるだけの手土産を、私に頂けませんか? 例えば……王室の紋章が入った茶器だとか」

 さすがに、ちょっと鼻白んだ。誰も聞いてはいないが、思わず周囲を一瞥する。アンデノルクはそんな王の反応をうかがってから、結論を述べたのだった。

「この赤のサロンに外交官の一人が出入りしているらしいことと、メルピ男爵がヤフリナ国の市民団体キエーラ・カネンに寄付をしているそうだと情報を得ましたので、その筋から調べてみたいのです」

「……それを先に言え」

 がっくりと肩が落ちた。挙動不審をさらけだしてしまった自分が恥ずかしいではないか。そんなイアナザールの反応を楽しんで、わざと回りくどく喋ってるんじゃないか、とまで思える。

 ノイエも馬鹿丁寧な男だったが、このように勿体をつけたりはしなかった。比べてしまう自分の迂闊さは自覚しているので『ノイエなら……』などとは言わないが、何よりアンデ自身が、それは感づいているだろう。

 だからこそアンデは、ノイエとの違いをことさらに強調するのかも知れない。

 イアナザールは気を取り直して、

「どうせ紋を入れるなら木箱にして、中に菓子でも並べるか」

 と反撃して笑った。

「めっそうもない」

 さすがに“菓子”と来てアンデが慌てた。水すらままならない飢饉は、いまだに民を苦しめている。この夏に大きな雨が降らなければ、蓄えた穀物が尽きる。非常事態も長く続くと、それが日常になる。国には全体的に、どこか諦めの空気が澱んでいた。

「冗談だ。かえって男爵夫人の立場が悪くなるだろうしな」

 濁った空気を吹き飛ばすように、イアナザールの笑みは快活だ。

 一撃を与えて満足したイアナザールは立ち上がり、固まった体をほぐすように胸を張った。

「表立った戦争は終わったが、これで終わりだとは思えん。今後は一層、内政と外交手腕が問われる。頼むぞ」

 話を締めくくるイアナザールの気配を察して、アンデは最初と同じ、硬い声で「はい」と答えた。さっと、きびすを返してアンデが扉に向かう。開けられた扉に向かいながら「ああ、そうだ」とイアナザールは気軽に言った。

「お前の案を貰うぞ、アンデ。今から王の間に行ってくる」

 振り向いたアンデの顔が、多少青くなった。イアナザールは気にする風もなく、彼の目前を通り過ぎて部屋を出る。横顔を見つめて、アンデは眉をひそめた。

「そんな顔をするな」

 王が苦笑する。

 側近は情けない表情をしている。

「私は自分の発言を、悔いています」

「お前の責任じゃない。誰も言わねば、自分でひらめいたかも知れぬ。提案を採用して実行するのは、他ならぬ私だ」

 イアナザールは手の甲で軽く、アンデの肩辺りをポンと叩いた。旧知の友を慕うような、柔らかい手つきだった。心なしか、肩から力が抜けた。

「本来なら、私が追うはずだった傷だ」

 そう言いながら去るイアナザールの背中に、アンデが敬礼をした。


          ◇


 王の間には、闇が横たわっている。窓からの光があり完全な闇ではなく、薄暗いものでしかない。だが室内に流れている古い言葉が、部屋を闇に見せるのだ。

 言葉を綴る男は、部屋の真ん中に描かれた魔法陣の中に座している。姿は白く浮かび上がっているものの、闇に溶け込んでいるようでもある。

 本来なら黒いマントに身を包んで精神統一をはかりたいところなのだが、あいにくマントは先の戦闘でボロボロになった。仕方がないので、エノアは白い長衣を着ている。クラーヴァ国の魔法師に与えられる正規の服装で、紋章まで入った代物だ。男物だが夏服なので、やけにスースーして見える。

 加えて、窓から流れ込む夏の風がエノアの翠髪を揺らしており、薄暗くさえなければ、やけに爽やかな風景である。

「似合うじゃないか」

 入室したイアナザール王はエノアの格好を見るなり、微笑んだ。とはいえ正視はできない。フードのない剥きだしのエノアなど、目の毒である。

 この魔道士を魔法使いとして接して、2年。長い付き合いになった。互いには、これといって特に話などしないが、どことなく通じ合うものもできている。案の定、エノアは王の無遠慮を非難しなかった。同時に応答もしないが、そこはイアナザールも心得ている。

 彼は構わず、魔法陣に近づいた。そこには、もう一人、入っている。陣の中心はエノアでなく、眠っているクリフだ。陣の外にも一人、ひっそりと座っている。エノアを補佐している少女である。

「入っても?」

 陣の外から眺めていたイアナザールは、エノアの伏せた目を承諾と受け取って、陣に踏み入った。体内を何かが貫いていったが、不快な刺激ではなかった。入って良かったようだ。

 イアナザールはクリフの側に、胡坐をかいた。ゆったりしたガウンに変わったクリフの姿は、イアナザールと大差がない。赤い髪をした2人は、知らない者が見れば、今でも瓜二つに見えるだろう。

 頬の傷を除いて。

「目覚めそうか?」

「まだだ」

 幻想かと思う声音が、言葉を紡ぐ。以前なら、この一言で彼は口を閉ざしただろう。だが今は、当然のように返答が続いた。

「イアナの剣を鎮めなければ、クリフを目覚めさせることはできない。心身ともに弱っている」

 心身ともという言葉に、イアナザールは少し眉をひそめた。が、気を取り直して能面を保つ。眠っているクリフに謝罪しても、ただの自己満足に過ぎない。

「打破の術は? このままではあるまい」

「このままかも知れん」

 おい。

 クリフなら思わず突っ込んだかも知れないが、イアナザールなので、それは言わない。呆れはしたが、エノアが話を続けてくれたので失望はせずに済んだ。

「応援が来なければ」

 と。

 では応援とやらが駆けつけてくれれば、現状が好転するのだ。どんな応援かと訊きかけたが、愚問な気がして、イアナザールは頷くにとどめた。

 エノアらが帰国した際、リュセスも、リニエスさえも血相を変えて詠唱に参加しようとしたのだ。エノアが彼らを陣に入れず遠ざけたのは、それだけ折れた剣が危険だからだ。と、イアナザールは解釈している。

 陣の外からだけでも、同じ室内にとどまっているだけでも影響が出る。剣の魔力に耐えられる人間は、ごくわずかである。その一人がリニエスである。

 少女は以前と変わらないままの能面をして、これが定めであると言わんばかりに業務を遂行している。リュセスも室内に入れる人間であり、リニエスとは交代で座っている。イアナザールは今ここにリュセスがいるのでなくて良かった、と思った。 

「リニエス」

「はい」

 少女の返答も、アンデとは違った硬さを持つ。

 だがイアナザールはなぜか、彼女の硬さには心穏やかになる。彼女の地だからか、近頃は硬さの中に変化を見るのが楽しくなったためか、そこまでは分からないが。

「リュセスとは、交代したばかりか?」

「はい」

 ならば大丈夫だ。イアナザールは自分をまっすぐ見つめる少女に微笑むと「では頼む」と言いおいて、視線を陣内に戻した。

 イアナザールが魔法陣の中にまで入れるのは、魔力に耐えうる器があるくせに魔法を使えない、という特殊な立場にあるからだと以前、魔法師たる奥方に教えられたことがある。しかも今は、エノアの守護がある。

 そんなエノアを補佐できるだけの、魔法師や魔法使いより強い存在が、応援に来るか来ないか、分からない。ここまで聞いて今までの知識を駆使すれば、おのずと答は浮かぶ。答が正しいかどうかを確認する必要はないし、問うてもエノアは言わないだろう。

 イアナザールはもう一度、頷いた。

 うつむいて、イアナの剣が視界に入った。

 仰向けに眠るクリフの胸に抱きしめられている、折れた剣。柄と剣先の、両方が揃っている。腕のいい鍛冶屋に預ければ、元の姿に戻るかも知れない。だが剣を魔法陣から出すわけに行かない。剣はクリフが手にしていて、やっと安定しているらしい。それも彼の意識がないから良いのであって、起きれば魔力に狂わされて、見境なく暴れるという。

 狂人と化した“黒の剣士”をなぞ止められる人間は、そういない。いや今は“赤の戦士”と言うべきか。どちらにしろ迷惑だ。

 帰国した、クラーヴァ王。

 頬に傷を負って。

 その姿は、ヤフリナ国の王に強い印象を与えた。

 ヤフリナ国で降伏の調印式が執り行われるだろうことに、イアナザールが出席したければ……。

「手にしても大丈夫か?」

「少しの間なら」

 イアナの剣に手を伸ばしたクラーヴァ王に対し、エノアは即答した。イアナザールは剣先の方を、クリフの手から外して持ち上げた。一瞬だけ『どうして私が、こんな目に』と不愉快を感じたが、すぐに感情を御した。生まれたのは宿命でも、以後の人生はすべて自分で選択したのだ。責務は発生している。果たす力も、まだある。

 脳裏で繰り返し、理性で感情をねじ伏せる。イアナ神の狂乱になぞ引き込まれはしない。

 イアナザールは若干の笑みをこぼして、クリフの頬に触れた。指先で傷をなぞらえて、それから自分の頬を触って、位置を確かめる。剣先を頬にあてがうと、イアナザールは一気に引いた。

「っ!」

 脳天にまで、肉の切れる音が響いた――気がした。

 声を出しかけたが、こらえた。頬の肉を動かせば、傷の位置が変わってしまう。イアナザールの右頬が真っ赤に染まった。ボタボタと血が落ちる。イアナザールは、あらかじめ用意しておいた布で剣の血を拭い、クリフの腕へ戻した。それから改めて、布を頬へあてがう。

 どんどん吹き出る血が、手を濡らす。我ながら思い切りすぎたかと思ったが、エノアやリニエスが何でもないことのように悠然と構えていることに、何やら苦笑が出てしまう。リニエスは多少顔色を変えたようだったが、イアナザールがリュセスの不在を確認した時点で、ある程度の想像と覚悟ができていたのだろう。彼女の詠唱に揺らぎはない。苦笑に頬が痛んで顔をしかめると、さらにジクジクと痛みが増した。

 だがクリフの受けた傷はきっと、こんなものじゃない。

「ゆっくり休め」

 後は私の役目だ。

 イアナザールは心中で呟きながら、頬を押さえたまま立とうとした。が、前かがみになった顔に手が伸びてきたので、そのまま動けなくなってしまった。

「!?」

 手は、イアナザールの手を頬から外し、代わりに傷を押さえた。

 クリフの向かいに座るエノアが、イアナザールの頬に触れているのだ。何がしかを唱えている顔をもろに見て、イアナザールは固まった。彫刻のように整って表情のない男の顔に、なぜだか慈愛が満ちて見えた。

 エノアと呟きたかったが、言葉すらも出てこない。まさかエノアが自分の所業に手を出すとは思わなかったのだ。エノアの言葉が、手のひらが、熱を帯びてイアナザールを包みこむ。決して不快なものでなく、体の芯から力が抜けていくかのような、心地よい脱力感があった。

“治癒”だ。

 気づいて驚いた時には、エノアの手が離れていた。

 せっかく決意して傷つけたのに、有無を言わさず治すとは……と思い、おそるおそる頬を触る。ぬるりと生暖かい液体が、指先を濡らす。もう新しい血は流れていないと分かる。熱い激痛が去っていた。その下にあるべき裂けた頬は……果たして、あった。

「……?」

 すうっと軽く撫でる。クリフのそれと同じ傷が、血みどろの下にちゃんと残っていた。

 何日かを経たような、かさぶたが出来た状態になっている。イアナザールが確かめている間にエノアは、彼の布で自分の指を拭っていた。

 だが辺りに飛び散った血を回収することは、いくら魔法でもできない。起こったことは戻せない。エノアが着る白いローヴにも、赤い斑点が染みこんだ。もちろん眠るクリフは、盛大に被害をこうむっている。だが返り血は、元から着いていたような自然さでクリフに馴染んでいる。

 血が似合う男になっている、というのがまた痛ましい。

 思いにふけるクラーヴァ王に、エノアが布を返しながら説明した。

「クリフの頬にも、魔法が使われている」

 だからエノアも魔法を使ってくれたのだ。まったく同じ傷を作ろうとするイアナザールの意図を汲んで、手を貸してくれたに過ぎないらしい。ならば、エノアらしい行動だと納得できる。イアナザールは笑いそうになったが、こらえた。まだ完全に痛くなくなったわけではない。

 すると、エノアがぽつりと付け加えた。

「ラウリーが“治癒”した」

 ラウリーさんが、と、少女が囁いたようだった。余計に言葉が染みた。

 意味を呑み込むと共に、暖かいものも呑み込んだようで、イアナザールの胸がほわりと温まった。

「そうか」

 クリフの傷を、ラウリーが治した。簡単な説明の裏に、どれほど凄惨な事態があったのかなど、イアナザールは知り得ない。今はただ、かつて恋人だった者が敵となり、それでも頬に触れる手があったことにのみ、感じ入るだけだ。

 敵ネロウェン国の魔女として思うことは、多々あるが。

「クリフォードが目覚めるならば、伝えて欲しい」

 イアナザールは立ち上がって言った。

「今からは、私が、お前だ」

 見上げてきたエノアと、一瞬だけ視線が絡まった。

「行ってくる」

 やや名残惜しげに王が去った後の間は、また何事もなかったかの静寂に包まれた。

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