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2-6(決意)

 翌日からクリフとオルセイの二人は、船を求めて捜し回った。

 だがルイサの言った「戦争」のためなのか、ネロウェン国はおろかヤフリナ国にすら出かける外船が、まったく見つからなかった。

 貿易で船を扱う組合などには、もうお触れが出回っているのかも知れない。どこを尋ねても「出航はない」と断られた。

「他の港町に行っても、多分どこも同じだよ」

 そんなことも言われたが、オルセイはそれでも諦めない。クリフは気の進まない探し方をしていたが、だからといってオルセイに船を探すのは止めようとは言えなかった。

「もう一軒だけ……」

 というような言葉と共に歩きまわるオルセイの後に付き、二人はサプサの町を網羅してしまい、北にあるという別の港町に行くことにした。

 そんな2人は、森に入っていた。

 近くの港町へ近道のつもりで海岸沿いに歩いたら、森があったのだ。切り立った崖が近くにあるらしく、うっそうとした茂みの中でありながら、どこかでずっと波の音が響いていた。

「おい」

 ふと思い出したことがあったらしく、オルセイがクリフに振り返った。

「この辺ってルイサが言ってた“北の森”じゃなかろうな?」

「そうだとしても、知るか」

 オルセイの問いに、クリフが不機嫌そうに返答をした。構わず森へ分け入るクリフに、オルセイも無言でついて歩く。二人の間でルイサの名は、やや禁句になっていた。

 というのも、シェラ・ベルネで過ごした夜の、終わり方が良くなかったせいだった。いやオルセイの方はそれなりに納得しているのだが、クリフがどうにも立腹してしまい、ルイサのことを言うと機嫌が悪くなるのである。

『2人で40カインでいいわよ』

 と、ルイサは言ったのだ。

 まだ踊りの熱狂が残るシェラ・ベルネは、クリフたちが入店した時以上に賑やかだった。その騒ぎに負けないほどの大声で、

「はあ?!」

 叫んでしまってから、クリフは慌てて自分の口を押さえたのだった。法外な値段だった。ルイサ贔屓の店内がクリフの不満にどよめいたので、慌ててオルセイがクリフの頭をどついたものの、驚くのも無理はないような金額だったのだ。

  クリフたちはルイサの飲んだ分だって持つつもりでいたのだが、それにしても高すぎた。何をどう計算したらその値段になるのだ、という疑惑の色ありありな目でルイサを見るが、彼女の態度は涼しいものだった。

 しれっと言ってのける。

「もし地図を買っていたら、もっと高かったと思うわ。この私の説明を聞いて、夕食も食べてお酒も飲んで、踊りも楽しんで! 私がお客のテーブルに着くことは滅多にないんだから。って、初めてのお客さんにこんなこと言っても、それは分からないでしょうけどね」

 矢継ぎ早にそう言われてしまっては、金額が妥当な気がしてしまう。しかも、ここでもめるのは絶対に良くないとはクリフもオルセイも悟っていた。店の一番奥に座ったままでは、逃げ場がない。一声上げただけで睨まれるのだ、それ以上の面倒は考えたくない。

 確かに「ルイサが客のテーブルに着く」ということの価値を、2人は知らなかったが、想像に堅くない。万が一逃げたり言いがかりをつけたら、確実に店は荒れるだろう。

 しかも極めつけが、この台詞だった。

「まだご不満なら、一人100カインで2人いっぺんにお相手してさしあげても良くてよ? それならこっちはお釣りが来るし、そっちも安い買い物したなってことになるわ」

「?」

 意味が分からなかった。

 どうしてさらに高くなるのだと思ったクリフと、説明が必要なのかしらと思ったルイサが口を開く前に、理解したオルセイが慌てて割って入って返事をした。

「そこまでの手持ちはないんでね。40にしとくよ」

 そう言いながら、10カインコインを4枚差し出した。

 あまりにすんなりと出すのは足元を見られてしまい、つけ上がらせてしまう可能性もあったのだが、ここで交渉などできないし、100カインの話を早く流してしまいたい。できれば和やかな雰囲気のまま退散したかった。

 そしてオルセイの願いは叶い、2人は何事もなく宿に戻る。

 宿を出る時にも、ルイサはまた言った。

「100カイン持って、またいらっしゃいな」

 クリフは納得の行かない顔をして、オルセイは腑に落ちない顔をした。

 その後につけ加えて、ルイサが忠告をしてくれたのだ。

「もし北へ行くなら、少し遠回りだけど西の街道を使って行った方が良いわ。良くない噂があるから」

「その情報はタダかい?」

 皮肉を込めてクリフが言った。ルイサは少々ムッとしたが、

「アフターサービスよ」

 と切り返し、2人を見送ったのだった。その夜きりクリフたちは“シェラ・ベルネ”に行かなかったし、ルイサに会うこともなかった。しかし彼女の印象が強いのは、やはり彼女が美人であったことと、金を巻き上げられたためであろう。彼女の言葉は、妙に心に残った。

 100カインの意味は宿に帰ってから、オルセイが教えた。

 本当に分かっていなかったのかと思うオルセイは、少し呆れた顔をした。

「お前、実は純情だったのか?」

「たまたま思いつかなかっただけだよ! そういう店なんだなとは思ったさ」

「王都で一度行ったこともあるしな。あっちはあれほど高くなかったが」

「うるせーっ!」

 ムキになる辺りがからかい甲斐があって楽しいとオルセイは密かに思ったが、それ以上は止めておいた。クリフが憤死しかねない。まぁな、とか何とか呟いて、ベッドに体を投げ出す。

「結局あの女、地図をタダで手に入れたあげく、雑貨屋のオヤジに食わせる分の金も俺たちから巻き上げたな、きっと」

 オルセイは後頭部に両手をまわしていまいましい調子でそう吐き捨てたが、機嫌は悪くない。40は高かったが、地図を見て情報ももらい楽しく飲み食いをして踊りも堪能したのだ。それなりに納得できる金額だった。

 何よりルイサが美人だったことのポイントが高いのかも知れない。美人で、しかも小気味良く頭も良い。いっぱい食わされたが、仕方がないと笑える相手だった。

 だがクリフの方は今ひとつ気の乗らない顔をしていた。考え事をしたあげく、オルセイを置き去りにして「グールのところで寝てくる」と部屋を飛びだしたのだった。

 100カインで。

 それがクリフの脳裏には残ってしまったのだろう、とオルセイは思う。

 男である以上、確かにそんな大金を払ってでもあの踊り子が抱けるならという男の気は分からないでもない。生活費としては相当痛い出費だが、そのために金を貯めるなら、貯められない金額ではない。念願叶った夜は、素晴らしいものになるだろう。

 だが、女の気は分からない。

 彼女は魅力的だった。黙って立っているだけでも華があり、歌と踊りは絶品だ。それだけでもう、彼女ならどこに行ってもやって行けるだろう。この町には劇があると聞いたが、おそらくそんな劇を見るよりもずっとルイサの方が素敵ではあるまいか。

 なのに、なぜルイサが体を売る商売をしているのかというのが理解できないのに違いない。

「いや俺だって別に理解はしてないが」

 取り残された部屋でオルセイは一人ごちた。妹が、ラウリーがルイサと同じことを……などとは考えられない。気の強さが幸いしたのか災いなのか、ラウリーに彼氏ができたことはない。もしそんな者が現れたら、自分はそいつを必ず一発殴るだろう。とオルセイは思う。

 会いたくないわけではない。

 だが今は、自分の中で何かが行けと騒ぐのだ。無視できない放っておけない強い力でオルセイを引っ張るのだ。オルセイは時々、その力に流されそうに思うことがある。

 自分もグールのいる小屋に行ってみるか? と一瞬思ったが、すぐに止めた。子グールらはあまりオルセイに懐いていない。もっとこの『力』を抑えて、もっと一緒にいれば慣れてくれるのかも知れない。

 オルセイが動物に慣れていないわけではない。むしろ家畜のゴーナはクリフよりオルセイの方が上手く手懐けていたし、世話もよくしてやった。子グールに会った最初のクリフを母と覚えたのかどうかは知らないが、できれば、子グールだけが自分に懐かないのだと思いたい。

 ──と、思い返しつつ翌日の港を歩くオルセイの足元で、急に子グール2頭が走りだしたのは、オルセイが「北の森って」と発言した時だった。ピクンと耳を立てたと思ったら、矢のように走りだした。

「おい、どうした?!」

 クリフが呼びかけたが、それでグールが止まるはずもない。2人は慌ててグールの後を追うことになった。コロンとした動物は迷わず、波の音がする方向へと行ってしまった。

「首に縄でもつけてやれば良かった」

「今度からそうしとけ」

 いい加減に疲れて息も上がってきた頃、森の奥でグールが立ち止まりうなっているところに追いついた。何せ朝からずっと歩き詰めであることも要因である。昼をすぎつつある太陽は、木々の間から高々と2人を照らしつけていた。

「どうしたってんだ……よ……」

 グールは、崖下に何かを発見したらしく、その切り立った岸壁ぎりぎりに立って、下を見下ろし、うなっていた。その眼下にクリフも目を向けて、思わず絶句してしまったのだった。続いてオルセイも見下ろし、同じく絶句する。

 取りあえず2人はおもむろに体を伏せてグールを押さえ、顔だけを崖から出して、下を覗くように見だしたのだった。

「ルイサが言ってたのは、これか?」

「かもな」

 2人は下にいる人間たちに聞こえるわけがない距離と知りつつも、小声で囁きあった。崖は、飛び降りるのも不可能なほどに高いのだ。けれどその距離から見ても、そこにいる男たちは何やら怪しい雰囲気だった。

 何より、船が怪しい。

 真っ黒に塗られている船。

 周りの男たちの大きさからすると、なかなか大きな船だ。近海の漁業船とはわけが違う。クリフたちが港で見てきた船らと比較して見当をつけると、あの船は、遠距離用だ。

 船の片側には桟橋が取り付けてあるらしく、周りで何人もの男があくせくと働いているのが見えた。表情までは分からない。

 船は大きさもあったが、港で見たどの船より細かった。つまり、多分「速い」ということだ。黒いと書いたが、黒さも半端ではない。甲板だけでなく、マストも外壁も全て黒い。たたんであるが、帆も黒いようだ。日はさしているが黒光りはしていなくて、静かにたたずんでいる。

「何だろう。真っ黒だな」

 オルセイが言った。

「良かった、俺の見間違いじゃないな」

「俺もちょっとそう思った」

 ぎりぎりまで首を伸ばして崖下を眺めると、どうやら真下に洞窟があるようで、男たちは崖の下から出たり入ったりしていた。男たちのかけ声が飛び交う中に桟橋の木をギシギシと踏む音が混じっており、相当重い荷物なども積み込んでいる風である。

「出航するんだろうか」

 そう呟いたオルセイの胸中は、容易に察しがつく。彼が何を言い出すより早く、

「止めとけ」

 クリフが言った。

 ルイサが忠告したほどの場所だ。隠れるようにして停泊していることと言い、まっとうな船ではないだろう。

 クリフは身を起こし、グールら2頭をあぐらの上に乗せて、肩からさげた鞄から縄を引きずり出した。

「あ、こら動くな。オルセイ、一頭持っててくれ」

 そう言われてオルセイも起きあがり、グールをクリフから受け取った。かまれないように、地面にグールを押さえつける。その間にクリフは縄を3重にくくって、グールの首に引っかけた。預けたもう一頭の首にもひっかける。縄は、取れない程度に緩くダランと垂れ下がった。

「あんな場所に止まってる船なんて、どう考えても怪しいぜ。それにあの船がヤフリナ国に行くのかどうかも分からないんだ、近づかない方が良い」

 船が見つかるのが一日遅くなれば、問題を一日先送りにできる。そうした想いがなかったとは言い切れなかった。後ろ向きな考えであることは、分かっている。

 だからクリフはオルセイが立ち上がって崖下に降りる道を探し出した時、強く言えなかった。クリフを無視してでも進もうとするその背中を見た時に、クリフはようやく決意した。

「クリフは来なくて良い。前も言ったが、お前は家に戻って、このことを皆に伝えてくれよ」

「ふざけんな。誰が帰るかよ」

 クリフは崖を降りようとするオルセイの腕を掴んで、乱暴に引きずりあげた。

「こんなところから降りたら落ちるぜ。下に通路があるんだ、どっかに入り口があるだろ。……俺は戻らない。最後までお前の旅に付き合うぞ。こんな煮え切らん気持ちのまま、帰れるか」

 クリフは今までのモヤモヤを断ち切るかのようにそう吐き捨ててオルセイの手を放し、顔をそむけた。

「お前が逆の立場なら、どうするよ」

 オルセイが黙った。反省しているのだろうか、うつむいたままの唇から小さく「すまん」と言葉が洩れた。他人に気を遣うオルセイらしくない自己主張だったなと思いながらも、クリフもそれまでにオルセイが見せた意地に対して許容した。

「だがそうなると、伝える者が誰もいない」

「だから早く帰りゃ良いんだよ」

 クリフはぶっきらぼうに言った。

「何の用だかどうなるんだか分からんが、さっさと済ませて帰るんだ。父さんや母さんが、俺たちのことを死んだと諦めて葬式を出さんうちにな」

 そこまで言うと、クリフは少し振り返って笑った。

 オルセイも腕を組み、笑った。本当はどういう用件が待ち受けているのかも、何日何ヶ月かかるのかも分からないのだからと言おうと思えば言えたのだが、それを言っても仕方がない。だからオルセイも、一緒に笑った。

 一人で行くつもりだと言いながら、心のどこかでクリフもついて来てくれるのではないかと思っていた自分に気付いて、オルセイは、

「ありがとう」

 と呼びかけた。

 クリフは聞こえなかったふりをして森を下った。

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