3-4(同胞)
ノイエの号令を、大将が繰り返した。
「全軍、突撃!」
それを聞いて、中将が。少将が。隊長が。叫びは意味をなさない音の波になり、全軍をうならせた。
うねり、動き、波は高く速く流れだす。前線の騎馬隊はすでに全力疾走で、旗持ちの旗は振り折れそうだった。クリフらの叫びは、一帯に響きわたるほど盛大だった。
叫声を先頭に、黒髪の騎馬兵へ続くようにして隊列ができていく。まさしく軍神、イアナの勇者たるにふさわしい光景だった。戦場に立つだけで、剣を振るだけで圧倒的なカリスマをかもし出しているなどとは、本人が一番気付いていない。
草原の中にいた東軍は、やけにひるんでいた。理由は衝突した後で判明した。
「本物だ!」
と、敵軍がどよめいたのである。幻覚がどうの、という声も聞こえる。東軍の中に黒ずくめの者ら十数人が見えて、うち一人は仲間割れしているかに見えた。フードをかぶった姿には、嫌なくらい心当たりがある。
魔法慣れしてしまったクリフには、エノアが何をしたのかが想像できた。
鈍っていた東軍は、クリフらに体当たりされて吹き飛んだ。黒い者らの半数はひらりと衝突を避けたが、半数はうろたえながら騎馬隊の餌食になった。彼らはまるで軍人らしくなく、まるで迷子のようだった。
避けた半数は軍人を避けて、黒装束同士で戦っている。遠目から見える彼らの戦い方は、魔法だ。魔軍に違いない。先ほどの迷子も魔法使いか何かなのだろう。エノアらしき影が魔軍をすり抜けるたび、うろたえる男ができた。
魔法を封じているようだった。
クリフは彼らに近付こうとしたが、敵味方が入り乱れており、なかなか前に進めない。すっかり混戦していたが、クラーヴァ軍が有利に見えるのは、気のせいではないだろう。東軍の兵はよく見ればネロウェン人ばかりで、しかも戦いに慣れていなかった。時折、達者な男がクリフと斬りむすんだ。だがクリフの敵ではなかった。
オルセイに比べれば。
イアナの剣を持っておらずとも戦えた。彼らより、ラハウの方が強かった。エノアも、多分。この者らを束にしたより、エノアの方が強い。
すでに黒マントの者らは倒れ、逃げて数人になっている。辺りに転がる男には、ナイフを刺されてうめく者もいた。エノアの右手にはナイフが光っている。エノアは魔軍だけでなく、東軍の兵らをも相手取っていた。生身の攻撃を避けて魔法をはね返し、その上で確実に勝っていく。
もしエノアが敵だったら、ラハウより恐ろしい相手だったかも知れない。エノアが戦う姿は、華麗だった。一分の隙もない。剣と槍が交差する中を疾風のように走りぬけ、指先一つで相手の動きを止めるのだ。ためらいもない。隙なく情もなく、殺せる者から殺していく。
殺す必要があるから、ではない。殺さない必要がないから、だ。
クリフはエノアを眺めながら、改めて魔道士の冷徹さ、非常さを思い知った。足が止まりかけたが奮い立ち、気力でゴーナの腹を蹴った。いななきが戦場を突き抜ける。
「エノア!」
クリフに呼ばれて、エノアはふり向きざまに少しだけクリフを見た。フードの影から見えた彼は、まったく息を上げていない。肩も動いていない。だが彼の目は、クリフを歓迎しているようだった。クリフは手綱を持ちかえて剣を振った。
魔軍はほとんど皆、フードをしていない。顔が露わだ。黒髪や金髪と様々な者がいたが、望む姿は見えなかった。
「……え?」
一人だけフードの者が見えた。が、どう見ても女の体躯ではない。マントで隠れていても分かるほど、長身でがっしりした体形だ。髪の色までは見えない。一瞬あれが彼女だったらどうしようと余計なことを考えたが、そんなわけはないだろう。
クリフは周囲を見回した。
「危ない!」
叫んだのは、クラーヴァ軍の誰かだった。混戦の中、クリフを見知っている者が手助けしてくれたのだ。クリフを襲った兵は仲間に討ち取られたが、クリフが乗っていたゴーナも首を刺されて絶命した。クリフは「ネイデっ」とゴーナの名を呼びながら飛びおりたが、ネイデはほぼ即死だった。
だがクリフはすぐに、その場を離れなければならなかった。自分に向かってくる敵をなぎ払い、味方を襲ってくる敵を斬った。皮を切る弾力と抵抗が、ビリビリと手から腕を通り、胸に響いてくる。断末魔と恨みの眼光がクリフの心を狂わせる。嫌な感触だった。
正気を保っていられるのは、信じるものがあるからだ。
ネロウェン兵をまた一人、斬った。剣の持ち方がなっておらず、ここぞとばかりに隙だらけだった。クリフはその隙を避けて、真っ向から斬った。そうする必要などなかったが、そうしたかった。ネロウェン人は無念の声を上げて、クリフにしがみつきながら倒れた。
倒れた兵の向こうに、長い黒髪を束ねている男が立っていた。黒装束に黒いマントだ。どうやら、エノアの戦地へ到着したらしい。
男からは強い魔力を感じた。ちょうどエノアと対峙しており、緊迫した空気がよどんている。クリフは空気を切り裂くように叫んだ。
「ラウリーはどこだ!」
無視された。
「おい!」
クリフが再び叫ぶ。直後、張りつめていた空気が切れた。魔法合戦に軍配が上がったらしい。男とエノアが同時に飛んだ。
「うわっ」
何かが耳元をかすめていったのを、クリフは本能で避けていた。避けてから、ナイフだったと気が付いた。エノアが飛ばしたものだった。クリフの側で、ネロウェン人がナイフを喉に突き立てて倒れた。
元々の標的は黒い男だったはずだ。そう見えた。男が避けてクリフに当たりかけたのが、たまたまネロウェン兵に当たった……と思える。だがエノアなら偶然でなく狙ったものかも知れない。ネロウェン人は、クリフに一撃も浴びせられないまま死んだ。
黒マントの男は小さく舌打ちした後に、やっとクリフに意識を向けた。それでも意識だけであり、目は合わない。彼もネロウェン人らしき容貌をしている。男は「ラウリー?」と、とぼけた。
「シュテル」
エノアが男の名を呼んだ。魔力の大きさからして彼は魔道士だろうと予想できていたが、聞いて納得できた。シュテルの雰囲気はエノアと同じものだ。
声には非難の色が含まれている。
シュテルはエノアに咎められ、少し笑った。
「彼女は成長したな」
魔道士らは、ラウリーの姿も名も知らずとも、彼女が持つ『気』の色を憶えている。エノアが不在でも、彼らは“遠見”をする。エノアと共にいた、微弱で特徴ある『魔の気』が、段々と練られて慣れて大きくなるのを、魔の山から見守っていたはずなのである。
それを裏付ける一言がシュテルから出たので、クリフはカッとした。
「悠長に見物しておいて、今さら出てきて、しかも敵かっ。やっぱり俺は手前ぇらが理解できん」
シュテルはわめくクリフを一瞥もせず、エノアに向いたままクリフの言葉に応えて、言った。
「なぜ私がここにいるかは、訊かないのだな」
言葉には色がなかった。懐かしがっているのか感情を殺しているのか、エノアをあざ笑っているのかすらも読みとれない。エノアが応える。
「お前たちが私に訊かなかったように」
なぜ魔の山を出るのか。なぜダナを封じて、ラハウを倒さねばならなかったのかは、シュテルがソラムレア軍に味方して戦わねばならないのと同じ理由だ。
抑揚に欠ける会話は、戦場の中で異彩を放っていた。2人を包む気の流れだけが止まっているかのように静かで強く、人々の介入を拒絶する。
「たち、か」
シュテルは動かない表情の奥で、満足げに呟いた。途端、2人は飛び、方角を変えた。エノアはそのまま走りぬけたが、避けたものの体勢を崩した。
魔法による暴風に。
「さすがエノア。外したか」
「大丈夫か!」
やけに軽い口調とせっぱ詰まった叫び声が、続けざまに上がった。後者はクリフだが、前者は今までになかった声色だ。だが、どこか聞き覚えのある音色をしている。人離れしている響きは独特だ。
先ほどクリフが目をとめた、フードをかぶった者だった。
フードが外された。
初めて見る男が、満面の笑みをたたえていた。短く刈った水色の髪が、金色に見えそうなほど光っている。壮年の顔だが、少年のような表情だった。パアッと空気が明るくなったような気さえする。彼の背後では今もなお皆が互いを殺しあっているというのに、とても好感ある笑顔をしている。だが黒いマントに、黒いフードである。
敵側についた魔道士は、シュテル一人ではなかったのだ。
水色の魔道士。ナティの魔道士である。
彼は武器を手にしており、それは血がしたたる巨大な斧だった。
「クスマス」
シュテルが名を呼び、ナティの魔道士に並んだ。隣に降りたったマントの裾が落ちないうちに、2人はふわりと入れ替わった。入れ替わりながらクスマスが、ゆるりと斧を構えた。
構えられた斧の刃に、クリフの剣が落ちた。
つばの攻めあいがかき鳴らす激しい音に、周囲がふり返った。どちらかの刃が、嫌な響きを含んだ。刃が欠けたか、ヒビが入ったのだ。
クスマスは反撃せず、クリフの2投目を避けた。クリフの勢いは止まらない。流れるような、それでいて力強く一刀一刀をくり出すクリフの手腕には、皆が目を見張った。だが、それをわずかな動きでかわすクスマスなる魔道士の実力は、やもすればクリフ以上だ。
実力を痛感しているのは、他ならぬクリフだった。どこか楽しまれている避けられ方に苛立ち、クリフの息は荒くなった。鈍った動きに合わせて、クスマスも足を止める。ナティの笑顔は変わらない。
クリフの剣先が地に落ちた。
ナティの魔道士は、攻めずに構えたままだ。エノアはエノアで、再びシュテルたちと対峙している。シュテルの表情が険しい。何としても、ここでエノアを潰す算段なのだろう。
クリフは剣を構えなおして、クスマスに凄んだ。
「ラウリーはどこだ」
ナティの魔道士も、魔道士だ。ラウリーを知らないわけがない。クスマスは肩を竦めた。
「問うて、どうする」
「追う」
クリフは間髪入れずに答えた。瞬発的に閃いただけだった。言ってから言葉の意味を考えたが、考えても返答は変わらなかった。今はただ追うだけだ。
ラウリーがオルセイと共に消えた時は、待つしかないと思った。自分だけの問題ではなくクラーヴァ城の皆をも危険にさらしてラウリーを取りもどそうとするのは、我が侭だ。
だが、あげくにラウリーが選んだ道はどうだ。戦争に加わって人を殺して、ダナの魔女と呼ばれる現状を許すわけに行かない。どんな思いで剣を振っているのか、知らないままではいられない。
取り返したいし、説得もしたい。彼女に対しての執着がなくなったわけではない。だが時期じゃないと思っている。ただ「知りたい」とだけ感じるのだ。彼女を理解しているつもりだったのが、ダナの魔女と聞かされて分からなくなった。分からなくなったから、会いたくなった。
「ならば、追うか?」
クスマスは突然そう言って、声を上げて笑いだした。単純明快な答えが気に入ったらしい。
「彼女は今、ヤフリナ国にいる。ヤフリナの南が、東軍の本命なのだ。殺されに行って来い。私がお前を飛ばしてやろう」
バッと手をかざされて、クリフはギクリとした。“転移”だ。
無駄口を叩いている間に術を練ったのだろう。本当にヤフリナまで飛ばされるのか、海の中か空の果てかも分からない。クリフは思わず目をつむってしまった。
「いかん」
小さく叫び、慌てて目を開ける。景色の激変を覚悟した。
だが視界は先と同じだった。変化は、目をつむった隙にソラムレア人がクリフに向かって剣を振りかざしていたぐらいだ。クリフは一瞬この光景が夢であるかのように感じて反応を鈍らせたが、身体が正直だった。クリフはすかさず体をひねりながら剣を振り、これを避けていた。“転移”に失敗した魔道士は、ソラムレア人の向こうで呆然としていた。自分の手を見ている。
顔を上げてエノアを睨んだところを見ると、エノアがクスマスの魔法を封じたということか。当のエノアはクスマスを見ておらず、ずっとシュテムの魔法と兵の剣を相手に立ち回っている。
クスマスが舌打ちして、エノアに『力』を放った。表情豊かな男だな、とクリフは明後日なことを考えた。一瞬の思考が動きを鈍らせた。
『力』がエノアにぶつかった。辺りが閃光に包まれた。
「エノア!」
ナイフを飛ばした直後だったエノアは体勢を崩した。光の中でエノアが大きく揺れた。マントがはためき、フードが取れた。翠髪が広がった。だが髪の間で輝いている瞳には、遜色がない。見つめていたクリフは安堵した。
他の者らも、違う意味でエノアから目が放せないでいた。
敵味方の別なく、すべての者がエノアに見とれてしまったのだ。いや、見とれるという語彙は正しくない。存在そのものを疑いたくなる端厳さに戸惑い、凝視させられたのだ。美貌は今なお健在で、慣れない常人には武器となり得る。誰も彼もが隙だらけになった。同胞以外。
それは、エノアの視界がマントでさえぎられている間の短い時間だった。クスマスとシュテルが同時にエノアを襲っていた。クスマスの大斧にシュテルが『力』を加えて、クリフの追いつけない速さを生んでいた。クリフはただ、血の色をした斧がエノアの額に向かっていくのを、見ているしかなかった。いや、走りだしてはいた。走りながらも自分の足が自分のものでないような、目前の光景がまるで絵画であるような奇妙に止まった時間を感じていたのだ。ものの数瞬でしかなかっただろう時間が、やけに長かった。
エノアが頭を動かす。
次いで、肩を。
腕。
腹。
クスマスの斧がするりと空振りして落ちていく。紙一枚すら挟まる余地がないほどの密着ぶりで、斧はエノアの体を撫でていき……突然、向きを変えた。
黒装束の中心に。
「エノアーっ!」
クリフの絶叫が響く中、腹に斧をくわえこんだエノアが、体を曲げて崩れた。クスマスの豪腕ぶりは、尋常ではなかった。クリフが絶望を覚えるほどに。それでも立ちむかわずにはいられない。
自分の中に巣くう“怒り”が、揺りうごかされる。
クリフは赤い瞳を光らせて、ナティの魔道士に斬りかかった。肉を切る手応えが、手の平に伝わってきた。クスマスの肩を捕らえたのだ。彼は斧を掴んだまま慌てて避けようとして、動けなかったのだった。
かすっただけだったが、赤い一筋は勝利の色に見えた。エノアがクスマスの斧にしがみついたまま、丸くなっている。クスマスは斧を捨てるしかなかった。クリフの視界から消えたシュテルは、クリフの背後に回りこんでいた。これに気付き、クリフは剣を振って威嚇した。だが剣は、シュテルが掴んだ盾に当たった。
甲高い音が響き、クリフの剣が折れた。クスマスと最初に斬りむすんだ時に嫌な音がした箇所だった。
クリフの脳裏に、イアナの剣がよぎる。やはり魔力を持った者との戦いには、魔力が要るのだ。
「畜生」
クリフはうなりながらシュテルを蹴りつけて盾を落とさせ、クスマスに向かって剣を投げつけた。当たるわけがなかったが、けん制している間に走り、周りに倒れている兵から剣を奪おうと試みたのだ。
しかし、それはシュテルの体術にはばまれた。クリフは内臓をえぐって来そうな鋭い指先を叩き落とした。拳を突き出したが、それは両手できっちりと受けとめられた。蹴りが飛んできたのを腕で止めたら、腕がしびれた。
シュテルの長い黒髪が宙に舞う。彼は踊るように途切れることなく、クリフを攻撃する。彼は魔法専門なのかと思っていたクリフは、苦戦した。
「!」
攻撃の合間に流れた違和感を察知し、クリフはその場に倒れた。転がって背中から一回転して起きあがり、再びシュテルに向かって構えを取りながら──クスマスを見た。
ナティの魔道士は、またも手を挙げていた。今度は、避けられたことに悔しがるのでなく、皮肉げな薄笑いを浮かべていた。
「送ってやろうと言っているのに」
困った子だ、とでも言いたげな苦笑である。
「余計なお世話だ」
「ラウリーが心配じゃないのか?」
諭すような言い方が勘に障る。
その時、西軍の誰かがクリフらに割って入った。向かった相手はシュテルだ。周囲の戦いはまだ続いている。敵がいたから剣を振った、という感じの条件反射に近い動きでしかなかったが、クリフにとっては充分な援護だった。
「悪い」
クリフは小さく口走って死体が手にしていた剣を蹴り上げて、手に取った。すかさずシュテルに向かい、彼の餌食になりかけた味方を突きとばして、斬りつけようとした。剣先は空を切っただけだった。だがシュテルの足を止めることはできた。
間髪入れずにクリフは向きを変えて、クスマスに剣を振った。クスマスはこれを両手の平で挟んで止めた。クリフがのしかかるが、クスマスは潰れない。力比べの中、クスマスがふと笑った。
「こうしている間にもラウリーは戦場を駆けている。死んだやも知れぬ」
明るい風貌とおだやかな笑みが、余計に苛立つ。
「だったら、どうした。あいつが選んだ道だ」
「追わないのかね」
「順番があるんでな!」
クリフは怒りまじりに返答し、クスマスを蹴りつけて離れた。手は放した。横からシュテルが迫っていたのだ。
やはり2対1は不利である。シュテル1人でさえエノアが苦闘していたのだ、今の自分はなぶられているに等しい。
「くっ」
クスマスが、クリフから奪った剣で斬りつけてくる。それを避けても、シュテルが襲ってくる。先ほど手を貸してくれた西軍の兵は、いつの間にか殺されていた。誰もクリフを助けられない。
永遠に続くかに思われた攻防だったが、決着は早かった。
クリフがつまづいたのだ。
疲れが足に来たのか、単に足場が悪かったのか。草原は平坦でなく穴だらけで、土も軟らかい。どちらにしても集中力の限界だったのだ。
クリフの目前に、錆びた剣が迫った。
クリフは目を閉じなかった。
徐々に迫ってくるクスマスの剣を見ながら、あっけないものだ、とふと思った。死ぬ時ってのは、こんなにあっけないものなのだ。
けれどクスマスの剣は、クリフに届かなかった。直前で何かが起こったのだ。何が起こったのかは、分からなかった。閃光が視界を焼き尽くしてしまったせいだった。
「!?」
“転移”でないのは、感覚で悟った。何度も体験している魔法だ、間違えはしないだろう。エノアがシュテルに『力』をぶつけられた時と、同じ現象だった。クリフに向かってではなかった。消えていく光の中で、シュテルとクスマスが苦悶の表情を露わにしている。
2人、一度に。
クスマスらの前には、今までにいなかった人物が座していた。巨大な『魔の気』が感じられた。まとう気配も魔道士のそれだ。
だが目を閉じており髪もない彼が、何の神を守護に持つのか、分からない。黒い髭からするとクーナの魔道士かと思えるが、シュテルだって黒い髪と瞳を持っている。魔道士は、守護月に一人というのは思いこみだろうか。
何者だろうかとクリフがいぶかしんでいると、小さな声が聞こえた。
「……ウーザ」
伏せるエノアが男の姿を認めて、そう呟いた。