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2-4(諸説)

 夜の明るい町だった。

 遅くまで開いている店が多く、街灯としてランプも設置されているため、よほど狭い道や町はずれでなければ、暗くて足元が見えないなんてことはないだろうと思える明るさだった。まるで昼のようだとまでは言わないが、少なくともクリフたちの知る「夜」で、こんなに陽気な夜もない。

 陽気さは、町のあちこちからこぼれていた。何と劇場まであり、ランプを灯して演劇をしているというのだ。ひょっとすると王都よりも都会かも知れない。

 ここにも陽気が溢れていた。

“シェラ・ベルネ”の看板は、その側のランプに照らされて、まるでスポットライトのように浮かび上がっていた。扉を開ける前から、店内がわやくちゃに騒がしいのが聞こえてくる。

「凄いな」

 クリフが呟いた。

 早朝から市で賑わい、夜は夜でまた賑わい、一体いつ寝ているのだと聞きたくなる。この活気が町を栄えさせているんだなぁなどと思いながら、扉を開けた。

 音と光が飛び出した。思わずクリフは目をつむり、オルセイは額に手をかざした。店の光に目が慣れる頃、オルセイが「あ、そうか」と言った。

「何だ?」

「店の名前だよ」

 言われて、ポンとクリフも手を打った。“シェラ”が“光の”を意味し、“ベルネ”が“踊り”なのだ。店の名前はつまり「光の踊り」である。

「いらっしゃい!」

 すぐに店の娘が声をかけてきた。

「あっちの席が空くわ」

 2人は人波をかきわけるようにして、娘が指さしたテーブルから人が立つのと入れ違いに座った。娘が手早くテーブルを片付ける。

「何にする?」

「その前に、この店にルイサって女の人、いないかな?」

 娘は2、3度目をしばたたかせてから、

「探してくるから、何か飲みなよ」

 と言って笑った。

「じゃあ、麦酒」

「はいよ」

 娘は身をひるがえしカウンターにオーダーを入れると店の奥に姿を消した。その後ろ姿を見送ってから、2人は改めて店内の様子に目を移した。

 自分たちの座ったテーブルは店の一番奥で、その側に舞台があった。店の名前通り、ここで踊り子が舞うのだろうとすぐ想像がついた。その「踊り子」がおそらく彼女であろうことは、もっとたやすく想像できた。

 そしてその想像を裏付ける格好をした彼女が現れた。

「ルイサだ!」

「ルイサ!」

 何人かの客が声を上げた。どうやら人気者らしい。

「ルイサ、こっちに来て、酌をしてくれよ」

 などと言う客もいる。よく見れば、いくつかのテーブルには華やかな格好をした女性が座っていた。一瞬クリフはそういう店だったのかという感想を持ったが、すぐに頭から振り払った。偏見は良くない。

 ルイサは客たちにヒラヒラと手を振りながら、クリフたちのいるテーブルに着いた。ルイサが手を振るたび、肩からはおった大きなストールが揺れ、下から艶やかな舞台衣装が顔を覗かせる。真夏のように露出度の高そうな服が見えて、クリフは目をそらした。

「今日は先約があるの」

 とルイサが言うと、客たちはつまらなさそうな顔をして背を向けたり、クリフたちを一瞥して舌打ちしたりなどした。反応は様々だが、おそらく今、店内の半分以上からは嫌われたという気がした。なのに口からはつい社交辞令が出てしまった。

「呼び出さない方が良かったかな」

 何がおかしかったのか、クリフの言葉にルイサが笑った。

「呼んだのはこっちよ。変な風に気にするわね、あなた」

 クリフは、急に自分の感覚が田舎者に思えて恥ずかしくなった。憮然とした顔を作る。まぁ田舎者には違いないし、そこでそんな顔をしてしまう辺りも野暮と言えば野暮なのだが。

 ほどなく3つの麦酒が運ばれてきて、とりあえずという風に3人は乾杯した。ルイサの分まで頼んだつもりはなかったのだが、そういうものなのだろう。ちゃっかりしている、とクリフは少々腑に落ちない顔でジョッキを傾けるのだった。

「さっそくだけど、それ、見て良いかい?」

 オルセイがルイサの持つ皮紙を指さした。良いわよ、とテーブルに地図が広げられる。

 改めてよく見ると、地図には大陸の形だけでなく、簡単な点線も描いてあった。ここがロマラールだと教えられた半島は、上の大陸部分との間に点線が入っていて、逆三角形の形をしていた。国境線だ。

 大陸は、全部合わせると丁度ワの字の形をしていた。そのワの左下部分が、ロマラールに当たる。北の大陸が大きく2分しており、左がクラーヴァ国、右側がソラムレア国だとルイサが言った。

「左のクラーヴァ、右のソラムレアっていうのは、有名なのよ。でもま、国を出ない以上はいらない知識だけどね。で、こっちの右下には、これまた結構な大国で“ネロウェン”という名の国があるの。この上下の大国に挟まれて、今にも地図からなくなってしまいそうな、小さくて平たい国が“ジェナルム”というの。あなたが聞きたかったのは、この辺りでしょう?」

 ひととおり説明を終えると、ルイサは最後にワの字の真ん中にポッカリと浮かんでいる楕円の島国を指さして、

「これがヤフリナ国」

 と付け加えた。

「この国との貿易が一番盛んでね。店の中にもヤフリナ人は多いわよ」

「へえ」

 と言いながら、2人は素早く周囲に目を走らせた。ジロジロと見るのが失礼だと思ったからだ。しかしパッと見ただけでは、ヤフリナ人と言われても自分たちと変わりがなく、見分けがつかなかった。

「ヤフリナ人は同じ人種だし、こっちに来る人たちは同じ言葉を喋ってくれるしね。ネロウェン国まで行くと、ここは砂漠の国で肌の色も顔形も違うしで、別世界って感じよ」

 ルイサは楽しそうに説明してくれた。その様子に少し首を傾げ、オルセイが聞いた。

「他人の俺たちに、ずいぶん色々教えてくれるんだな」

「根がお節介なの」

 ルイサはフフと笑ってジョッキを口に運んだ。

 食べるものも欲しいわねと言いながら、先ほどの娘に適当に2、3品頼むとくるっと振り向き、

「あなたたち、苦手な食べ物があるなんて言わないでしょうね?」

 と聞いてきた。その聞き方がやたらテンポが良かったので、2人はつい笑ってしまった。

「いいや、ないよ」

 オルセイが言う。ルイサも2人の笑顔につられて、笑った。

「そうよね、子供に聞くみたいなこと聞いちゃいけないわよね。例え何が出ても」

「……そんなに変な物か?」

「いーえー? 普通よ。私は食べないけどね」

 おい。クリフは内心ツッコミを入れてしまった。

「良かったわ、2人ともちゃんと笑えるんじゃない。ずっと怖い顔してるから、何かまずったかと思ったわ」

 どうやら、警戒心が顔に出ていたらしい。また仏頂面になるわけにも行かず、かと言って笑うには場がそぐわないので、何とも言えない、所在なさげな顔になってしまった。それ見てさらにルイサが笑った。

「ついでだわ、何か他に聞きたいことがあるなら、教えてあげるけど?」

 ルイサが頬杖を突いた。クリフはオルセイを見た。

 クリフには、今言われて聞きたいことなど浮かばなかったが、オルセイにはあるようだ。液体を流し込んだ胃が熱くなるのを感じながら、クリフはオルセイの言葉を待った。

「じゃあ……君は、」

「ルイサよ」

「ルイサは、東へ行く船があるかどうか、知ってるかい?」

 その問いに、クリフは昼間の話を思い出した。オルセイはどうやら本気らしい。腕ずくで止めようとしても、きっとオルセイは行くのだろう。そういう男だ。

「どうしたの?」

 クリフが険しい顔になったのを、ルイサは覗きこんでから口を押さえた。

「あら嫌だ。私、あなたたちの名前も聞かずに喋ってたわ」

「そういや自己紹介がまだだったな。今さらって感じもあるけど。……よろしく、オルセイ=コマーラだ」

 オルセイは微笑みながら手を出し、ルイサと握手を交わした。

「ミ=ルイサよ」

「ミ?」

 クリフがいぶかしんだ。名前としては不適当だからだ。この国の言葉で「ミ」とは「ただ一人」という意味の冠詞である。名字でも何でもない。

「芸名なの」

「ふうん。俺は、クリフォード=ノーマ。クリフで良いよ」

「貴族の名前ね」

 何気なく言ったルイサの言葉に、ついクリフの手が止まってしまった。

「ごめんなさい、悪いこと言ったかしら」

 ルイサが驚いてしまったので、クリフは気を取り直して手をさしのべ、笑顔を作った。

「そうじゃないんだ。ただ、すぐ分かる人もいるんだと思って」

 通常クリフが名乗っても、少し長い名前だと思われる程度で、それがどのような意味なのかを知っている者はいないのだ。

「ついで言えば、俺は貴族じゃないよ。名前は、たまたま」

「でなきゃこんな所に、そんな格好でいないわよね」

 おどけたルイサの軽口に、場が和んだ。「そんな格好」と言われては少し癪に障るが、自分の名のことで険悪になりたくない。まさかルイサがこれを知っているとは思わなかったので、クリフは名をクリフ=ノーマと名乗っておけば良かったなと思った。しかし今は亡き両親が自分に残してくれたものはこの名前だけなので、軽んじたくもない。

「で、船だけど……」

 ルイサは地図に指を乗せた。

 オルセイが机に肘を突いて言った。

「ヤフリナ国までしかないなら、それでも良いんだ。そこから別の船を探すから。でも、もしこのネロウェンとかソラムレアとか、この辺まで行く船があるなら、」

「待ちなさい」

 ルイサはオルセイの言葉を遮った。先ほどまでの笑みが消えている。

 顎を引き、声をひそめた。

「多分、国交はないわ」

「え?」

 思わずクリフまで、予測していなかった言葉に目を丸くした。

「どうして。さっき、ヤフリナ国とか貿易してるって言ったじゃないか」

「そうよ。最近まではね」

 気色ばんだ2人を落ち着かせるように、ルイサは2人に手をかざした。手の平を下に下げる。ルイサは少し考える仕草をしてから、

「どうやら、戦争が始まるようなことを聞いたわ」

 と言った。

 寝耳に水といった感じで、2人の顔が呆けた。思いもよらない言葉である。

「ロマラールが?」

 オルセイが尋ねる。

 ルイサは首を振った。

「そこまでは分からないの。でも、だからロマラールは、とばっちりを食わないように、国交を断絶したってわけ」

「……」

 2人は言葉を失った。ロマラール国でぬくぬくと暮らしていたら、他国でそのようなことになっているという事実は、実感しようとしても、なかなかできるものではない。いや2人が平和な暮らしなのかと言えば、そこは決してそうではないのだが、しかしクリフたちの暮らしは、基本的に家族がいて仕事があって生活が楽しいと思えるものなのだから、そういう意味ではやっぱり平和だ。

 だから、特にクリフなどは、実感が沸かないながらもそういうものかと思えて、驚きは持続せず、すぐに受け入れたのだった。

 クリフはオルセイに対して一つ頷くと、オルセイを見た。

「どうする? オルセイ」

 オルセイは取りあえず「船がない」という点にのみ着目して、

「どうしよう」

 と言った。戦争だからと言って「行かない」という選択肢にはならないらしい。

 そんな2人を見比べた後ルイサは、

「取りあえず、ここまでね」

 と、立ち上がった。

 おもむろにストールを脱ぎ、沢山のアクセサリーをつけた、きらびやかな肢体を露わにする。周りのテーブルから歓声が上がり、気付けば、その歓声に混ざって音楽が流れ始めていた。

「踊りの時間なの」

 ルイサはウインクを一つ残して、サッと壇上に上がった。

 騒がしかった店内が一層騒がしくなり、そんな男たちの間を縫うようにして、踊り子たちが次々と舞台に上がってきた。

 ダン、と足が鳴った。

 音楽に合わせ、足を揃え、だが彼女らはてんでばらばらに歌いながら飛び跳ねる。それなのに、不思議と彼女らの動きが揃っているように見えた。いや、違う。揃ってきているのだ。色々な声が、同じ音をつむぎだす。複雑に絡み合いながら高みへと上っていく、歌。力があり、厚みのある歌声だった。

 中でも一番目立っているのは、ルイサだった。髪にだけ何も飾りを着けてないことが、かえって金色の美しさを際だたせ、彼女はまるで獣のようにうねり、風のように宙を舞っていた。

 店がうなりを上げる中、クリフたちはルイサに釘付けになった。

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