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番外編「謝肉祭」前編(本編より2年前)

独立しています。本編を知らずともご笑読いただけます。

 ロマラール国の秋、ライニ神の守護月は、一年に一度行われる謝肉祭を楽しみにする人々で、通常よりも賑わう。山も色づいて華やかで、果物も穂もたわわに実り、そこに暮らす人の体と心に満足を与える。お腹いっぱいの美味しい食事は心を豊かにするもんだ、とは、誰が言った言葉だったか。

 狩猟と農耕で毎日を汗する平民が、開放される日でもあった。

 だが、このせっかくの行事をあまり楽しみにしていない、珍しい者もたまにいる。

 この謝肉祭に着るドレスは自分で縫わなければならない、という習わしがあるのだ。

「誰が決めたのよ、そんなこと!」

 盛大な独り言で風習に八つ当たりをするのは、裁縫が器用でない娘だった。

 彼女はどちらかというと森を駆け回って狩りをしたり、家にいても彫刻など工作の方が好きなので、滅多に針と糸など手にしない。真鍮の針は折れそうに小さくて、その穴に糸を通すなどという行為がまたちんまくって、やってられないのだ。

 しかも通しぞこなったり縫い方を間違えたりして糸や布を無駄にすると、「街の糸売りがこれを()るのにどれほどの苦労があると思ってるんだ、このバカムスメ」などと父親に怒られるので、余計にやる気が失せるのだ。

「誰か早くこの習わしを変えて欲しい……」

 あまりにも遅々として作業の進まない彼女は、とうとう外出禁止令を出されてしまい、小さな部屋に閉じこもって祭りの日までにドレスを完成させなければならなくなってしまった。

 だが部屋にいればいたで、色々な誘惑が彼女の手を止めてしまう。コツコツと買い溜めた魔法書やら、乾燥させたラタの葉。春の若葉を摘んだので、この葉で煎れる一番茶は美味しい。これを飲みながら『7人の魔道士』でも読んだ日には、最高に素敵な休憩である。

 しかし、そんなことをしている暇は、本当にない。

 祭りは明後日なのだ。

 なのに今日に限ってもの凄く良い天気だったりなんかして、部屋に閉じこもる自分の体がジメジメと腐ってしまいそうな錯覚に陥る。太陽の光が大好きな、まだまだお子ちゃまな16歳だった。

 3つ年上の兄と、兄と半年違いの同居人は、犬ころのように外で走り回っていることだろう。いや勿論それは狩人という仕事ゆえなのだが、16歳の女の子には羨ましいもの以外の何ものでもないわけで……。

「ラウリー」

 突然ノックの音が部屋に響いて、名を呼ばれた娘ははっとした。ベッドの上に放り出していたドレス(というより、まだ布きれ)を慌てて掴んで、さも今まで作業をしていたような顔をしつつ、扉を開けた。

 声は兄のものだ。父親ほどではないが、兄も厳しい時には厳しいので用心に越したことはない。

「何?」

「はかどってるか?」

「大きなお世話」

 兄オルセイは妹のつんけんぶりに肩を竦めて苦笑した。

「ご挨拶だな。欲しいかと思って持って来たのに」

 そう言って兄が取りだしたのは、握りこぶしより大きいぐらいの石の塊だった。ただの石ではない。彫刻に適した柔らかい石で、魔法力を高めると言われている石なのだ。きちんと彫って磨いてやれば、鮮やかな赤い光沢をはなつ。

 本当に『力』が凝縮されている石は硬くて、決して割れることがないと聞いたこともあるが、そんなものにはお目にかかったことがない。

「わぁ、ありがとう!」

 現金な妹だった。

「どこにあったの?」

「崖の近く。グールは逃したが、良い土産ができたよ」

 ここ数日狩りに出ていないラウリーは、その様子を想像して微笑んだ。グールを狩るのは真剣勝負だ。それを逃しても自分への土産ができたことを良しと言ってくれる兄の心遣いが嬉しかった。

「あ、そうだ、入って入って。お茶、煎れるわ」

「裁縫の途中じゃないのか?」

「休憩」

 オルセイはちょっと何かを考えたようだったが、それは口に出されなかった。ので、ラウリーも半ば強引に兄を引き込み、扉を閉めた。

「招待されるのは嬉しいけどなぁ。お前のラタティーは滅多に飲めないし」

「大丈夫よ、まだ2日あるもん。その気になれば、こんなもん」

「きちんとお洒落しろよ」

「別に見せる相手もいないから良いわ」

 兄に顔を向けないで素っ気なく話しつつ、ラウリーは茶の用意をした。湯を取りに台所へ行くと見咎められるかも知れないので、「アイスで我慢してね」と言い置いて、ポットの水にラタの葉を放りこむ。それでも芳醇な香りと色を出してくれるのだから、ラウリー向きの紅茶と言えるだろう。

 椅子は、ラウリーの机に一つ付いているだけだ。だからオルセイはベッドの端に腰かけた。ぐるりと見渡す。滅多に入らせてもらえないラウリーの部屋には、物がひしめいていた。

 作りつけの本棚に並んでいる皮紙の書物や、オルセイが今日持ってきたのと同じような石、彼女が自分で作ったアクセサリーなども壁にかかっている。武器も丁寧に保存してあるし、乾燥させた紅茶の葉はラタだけでなく、何種類かが瓶に入れられ並んでいる。天井にはランプだけでなく、篭もぶらさがっていて、その中には何が入っているのか想像もつかない。

 そう広くない部屋だからとはいえ、一層狭く感じる。

 だが部屋の隅に焚かれている香が、部屋を落ち着いたものにさせていた。誰にも入らせない、ラウリーの城だ。オルセイは思わず、ラウリーは結婚などして家を出ても、その先でもこんな部屋を作るんだろうか……などと考えてしまった。

「見せる相手かぁ。王都に行けばどれだけでもいるだろう」

「ヤだよ、祭りの時なんて特に色んな人がいて厄介だもの」

 そう言いながらラウリーは自分の髪を触って振り向いた。カップを置いたトレイを、ベッドの上にそっと置く。あまり柔らかくもないベッドはテーブルのようにトレイを受けいれた。ラウリーはそれを揺らさないために、自分の椅子へと腰かけた。

「今でも、まだ言う人はいるのかなぁ」

「いるわよ。子供が私の髪を見てはやし立てるのは、親がそう教育してるからだわ」

「綺麗な色だがなぁ」

 オルセイが真顔で言い、ラウリーは思わず照れて顔を背けてしまった。肩の辺りで紫色の髪が揺れた。この色のせいで過去、何度不快な目にあったか分からない。だからラウリーは、あまり村の女の子たちとはつるまない。一人で森に出ている方が楽だ。

「でも今年はセディエと約束してるんだろ?」

「セディエは別よ。兄さんの恋人じゃない」

「ああ、まぁ、なぁ」

 ラウリーのツッコミに、今度はオルセイが顔を背けて天井を見上げた。頬をポリポリと掻く。実際はまだ恋人云々という段階でないのだが、セディエに押し切られて今に至るという感じだ。ので、ラウリーもその辺りは親切に言及しないでいたのに、

「あ、クリフには見せてやれよ、ドレス」

 と言われ、

「なんでよ!」

 思わず声を荒げてしまった。

「なんでって、そりゃ同居人だし……あいつもお前のドレス、心配してたし」

「はっ。それこそ余計なお世話様。私なんかを心配してどうするわけ? 去年の彼女みたいな可愛らしい女の子が良いんでしょ、クリフこそ王都で相手探ししたら良いじゃない」

 妹の剣幕が激しくなってしまったので、オルセイは口を閉ざさざるを得なかった。まずいタイミングでまずいことを言ってしまったらしいと気付いても後の祭りだ。とはいえラウリーに対してクリフの名を出すのは、どんな状況下においても絶対に禁句という気がするが。

 そんなに毛嫌いするほど悪いヤツじゃないんだがなぁ……と本気で悩む辺り、兄とはいってもまだまだ10代の青少年だった。

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