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6-6(真理)

 黒船にクリフが訪れてみると、

「来たか」

 と、すでに魔道士がくつろいでいた。

 先の店主といいルイサのぼったくり術といい、どいつもこいつもーっ! という気分になったが、誰も抑えてくれる者がいないので、取りあえず一人で精神安定に勤しんでみた。明後日を向き、深呼吸する。

 ちなみに人形は60カインで買わされた。まだまだルイサのようには行かない。ラウリーへの土産にしようかと思ったものだったので「まぁ良いか」と妥協したのである。10カインは貴重だが、粘る気にはなれなかった。

「エノアはナザリの魔力を感知したんだって。明日にでも俺が迎えに行くつもりだったんだけど、ちょうど来てくれて良かったぜ」

“ピニッツ”の一人トートが説明してくれた。エノアの、なるだけ人世に顔を見せないという方針は変わらないらしい。

 エノアは“ピニッツ”が秘密裡の船であると知ったためか、皆の記憶を消していなかった。だからこそマシャもクラーヴァ国に来たのだ。そこまで利用するつもりで記憶を残したとは考えにくかったが、こうして再び“ピニッツ”に乗れることになった偶然は、この上ない幸せである。“ピニッツ”はクラーヴァに向かうのだそうだ。

 人間亜種のような魔道士もたまには気が利いたことをする、と思ったものだった。

 そんな魔道士の肩には、何やら醜悪な鳥が乗っている。

 狭い客室に洩れいる光を半身に受けて静かにたたずむ黒マントと鳥一羽。絵画のようだが、鳥がケーディなる鳥類の中でもっとも醜いと言われているものでは、せっかくの絵も台なしである。ケーディは潰れた、ラハウがうめいているかのような声でケーッと鳴いた。

 その声が人間の言葉を紡いだ。

「何じろじろ見てやがるっ。胸くそ悪いぞ、お前」

 外見にふさわしい口の悪さに、思わずクリフは事実を受け入れそうになってしまった。だがエノアの腹話術にしては、斬新すぎる冗談だ。天変地異が起こりかねない。

「……何の魔法だ?」

 クリフがエノアに聞いた。

 答えたのはケーディだった。甲高くザラつく声が耳障りで、無視もできない。

「オレの実力よ! オレには魔力がある。エノアがオレを強くした」

 敬語を使うほどの頭はないらしいが、会話が成立する辺り、かなり高度である。だが、それにしても声が悪いし、口も悪い。まさか、こいつが「ラウリーを守るのに役立つ」奴か? と思ったクリフは、心底このケーディをクラーヴァ城に連れて行きたくなかった。

 だがエノアにとっては価値があるのだ。

 クリフは憮然としながら捨て台詞を吐いた。

「こいつに迷惑かけられたり、ラウリーが気に入らなかったら、どうするんだ?」

「気に入らないなんて、とんでもないわ」

 ──とラウリーは、クリフの言葉を受けて目を丸くしたのだった。

 クラーヴァ城。

 2週間強を経て再会したエノアを自室に招きいれて、ラウリーはエノアからの贈り物を喜んでいた。人の言葉を解する鳥だ。劣悪な姿といえど、ラハウより可愛い。……という比喩も失礼かも知れないが。それにラウリーの魔力を補佐して守ってくれるというのだから、これ以上の土産はない。

「鳥籠になんて入れるんじゃねぇぞ。餌も下手なもん食わせるなよ」

「はいはい」

 ケーディの暴言すら嬉しそうだ。部屋中を飛びまわるケーディの相手をしながら、ラウリーは「そうだ」とエノアにふり向いた。エノアはマントを脱いで椅子に腰かけ、くつろいでいる。久しぶりに見るエノアの素顔は強烈で、ラウリーはすぐ視線をケーディに移したのだった。

「名前はまだですか?」

「ない」

「じゃあ、ケディにしようか」

 単純明快である。

「手前もっと頭使えよ! 何だよ、その名前は!」

 ケーディはさらに加速度を上げて、部屋を旋回して激怒した。ラウリーは大笑いしている。

「ラウリー」

 エノアが静かに呼んだ。ラウリーは笑みを消してたたずみ、「はい」と答えた。少し、顔がうつむいた。テーブルの上には、エノアがクリフから預かってきた荷物の数々が乗っていた。

「あ、そうだ」

 ラウリーはわざと明るい声を出す。

「これ。自信作なんです。水出しで味わえるお茶なので、エノア、飲んでいって下さいね」

 ラウリーはテーブルに並べられたものの中から、ラタティーの瓶を手にした。しかしエノアに「座りなさい」と言われて仕方なく、クリフの土産と向きあった。

 ラウリーが頼んだ3冊。だが一冊はタイトルが似ていたので間違えたらしい。別の本だった。それからラタティーと、集めた魔石。どれも、この間まではコマーラ家の自室にあった物である。ラウリーはぐっと息を詰めて、それらを握りしめた。

「これは?」

「クリフがお前に、と」

 包みを開けると陶器の人形が出てきたので、ラウリーは本気で驚いた。今までクリフからの土産といえば食べ物だとか虫だった……という記憶しかラウリーにはない。こんなにまっとうな、高価そうな贈り物をされたのは初めてだったのだ。

 黄色い髪をくるりと束ねて結いあげた、祈っているかに見える人形。どことなく、ミヌディラを思わせる。クリフなりに思うところがあったのだろう。

「大事にしますと、伝えて下さい」

 ラウリーはエノアに、ゆるく微笑んだ。

 クラーヴァ国に到着してから、クリフはクラーヴァ城に一度も来ていない。おそらく2度と来る気がないのではないかとラウリーは思う。城に用があるのはエノアだけであって、クリフは王都の宿なり何なりでエノアの術が終わるのを待てば良いだけなのだ。

 それが、クリフの答えなのだ。

 贈り物の人形は、そんなクリフがラウリーに示した決別のように見えた。

 ラウリーは胸が痛いような、どこか空虚になって軽くなったような、不思議な感覚を味わった。互いが互いに生きて欲しいと願っている、思いやっている心のまま離れて生きることが、とても自然なように思えた。クリフも自分も、おそらく死なないだろうという妙な自信があった。

 私たちを殺す者は、ダナだけだ。

 クリフの側にはエノアがいるからというのも、安心の一つになっているのだろう。

「クリフを宜しくお願いします」

 ラウリーは笑いながら立ちあがり、常備してある水のポットにラタティーを放りこんで席に戻った。

「私も頑張ります」

「少しは力がついたようだな」

「本当ですか?」

 珍しくエノアが余計なことを言い、2人の会話が弾んだ。

「まだ遠く離れると無理だし言葉にもできないんですけど、近頃リニエスと“念話”ができるようになってきたみたいなんです。でも心の底まで見すかされてる気がするから、“念話”になってるんだかどうだか分からないんですけど」

「無理は禁物だ。急いては『魔』に飲まれる」

「はい」

 エノアらが不在だった時を、ラウリーはまずまず楽しく乗りきったらしい。テーブルに置かれたラウリーの本に指をとんと置いてから、エノアは足を組んで目を伏せた。

「なぜ『魔』というか、分かるか?」

 指の下には魔の字がある。魔法全集。

「え?」

 突然エノアから示された質問の意味が分からず、ラウリーはうろたえた。エノアの肩にばさりとケーディ、いやケディが、降りたった。鳥なのに魔力を持っているケディ。

「人ならざる力だから、ですか?」

 ラウリーが読んだ本の中に『魔力はなぜ魔力と呼ばれるか』などと説明された本は、なかったように思う。魔は、魔だ。

 するとエノアが「違う」と言った。

「魔力は神からゆずり受けた力。神の力だ。人ならざるという言い方は適当でない。神々も人であった。それに、こうして人が使える力である以上、魔力は特別なものではないのだ。その量は人それぞれであり、使いこなすことには修行を要し特別となるが、元々は皆が持っている」

「……あ。そうです、ね。はい」

 ラウリーは今いちエノアが何を言いたいのか掴めず、あいまいな返事しかできなかった。

「本来は『神力』とでも呼ぶ方が正しい。なのに魔と名が付いている。『力』がよこしまな、禍々しいものだからだ」

 目を見開いた。

 確かに世間では『魔力』は恐ろしいものとして忌み嫌われる傾向にあるが、まさかその最たる者である魔道士が自らこれを肯定するとは思わなかったのだ。

「恐ろしいものだと自覚して使えということだ」

 エノアはラウリーがカップに注いだラタティーを口に含んだ。微妙に動きが止まったので、ラウリーは満足した。エノアが茶を味わっているというのは、うまいということだ。

「強すぎる力は人をおごらせる。神々もな。それを制御して高めるがために、魔道士は欲を断ちきることを望んだ」

「ああ……分かりました」

 合点が行き、ラウリーは神妙な面持ちになって頷いた。

「『力』を欲しすぎると滅ぶぞということですね。かつて神話で神々が滅んだように」

 エノアが若干ラウリーを見て、目を細めた。正解らしい。

「兄が『お前たちの自滅を』を言ったのも、そういうことですか? 私やクリフの魔力が強くなり、兄を元に戻すべく躍起になれば自滅するぞ、と」

「分からん」

 一つ答えが合っても、次はすぐ外れてしまう。エノアとの問答はなかなか、うまく行かないものだ。ラウリーは苦笑しながら、自分のラタティーを飲んだ。自分の部屋に招待した者にだけふるまっていた、自分にとって特別な意味を持つ茶である。

 クラーヴァ城の一室が、ここが私の部屋なのだという決意の現れだった。

「オルセイが何を望んでいるのかは分からないが、ダナの本質は滅亡だ。死の神は、死のみ欲する。その意志を受けいれて融合した今のオルセイが、滅亡を望んでいないとも思えない」

「兄がダナ神を……克服できたら」

 一縷(いちる)の望みだった。

 だがエノアは容赦がなかった。

「ラハウがオルセイを操るだろう」

 元々、暴走して人を滅ぼさんとしていたダナにわざわざイアナの剣をぶつけて仮死状態にさせたのだ。ラハウはダナによる恐怖と混乱を望みはしても、人の世を消し去りたかったわけではないらしい──という話になる。

「だが物事はどう転ぶか分からない。どちらにしろ言えることは、私は人の手で神を降ろし良いように(ろう)するラハウが気に入らないということだけだ」

 言いながら、エノアが立ちあがる。ラウリーは目を丸くしていた。エノアが露骨にラハウを評価したのを聞いたのは初めてだ。今日はずいぶん沢山エノアの初めてを見た気がする。それだけラウリーに心を砕いてくれているのかも知れない。

 もうすぐ出立するから。

「イアナザール王子の容体はまだ思わしくないようだな」

 マントを着たエノアが、扉に手をかけながら呟いた。離れていても分かるらしい。王子の『気』が弱いのだろう。

 ええ、と頷きながらラウリーも立った。

「半日ほどなら椅子にも座ってられるんですが、ずっと立っているとなると……。あの、エノア。クリフはやっぱり、殿下の婚儀には……」

 ラウリーも影武者の話は聞いた。大層クリフの嫌がりそうなことだと思ったので、断られたと聞かされても納得できた。しかし、それで婚礼の儀が遅れるとなると色々と支障も出るだろう。以前に王都を散歩していて出会った、イドゥロワ子爵のような、ああした輩もいる。

 婚礼まで、あと3日しかない。

 イアナザールは腹を決めて儀式をおこなうと言ったものだったが、国王より先に次期国王が、しかも結婚式に死んでは、あまりにも浮かばれない。ラウリーはエノアからクリフにもう一度頼めないものか……と言おうとしたが、エノア相手では徒労な気がして、口に出さなかった。

 ラウリーは質問を変えた。

「もう旅立たれますか?」

 エノアは「まだだ」と答えた。

「婚礼後の一室を借りて“遠見”をする。それまで城を離れる」

「離れるって。あ、“ピニッツ”にいるんですか?」

「そうだ」

 最初にエノアが部屋へ来た時、すでに“ピニッツ”の船に乗って戻ってきたのだと聞いている。おそらくはクリフも、そこにいるのだろう。ロマラールの要人も誰か乗っていて、城へ挨拶に来るのかも知れない。“ピニッツ”は婚礼後まではいるのだ。

 ラウリーはマシャだけでない“ピニッツ”の皆にも会いに行きたいなと思ったが、土産物などだけをエノアに預けて城に来なかったクリフの心情を考えると、足が止まってしまった。

 特に何の感慨も示さずに、エノアはさっさと退室していった。

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