61.大急ぎで進む結婚式の準備
ハンナが戻って、私の予定はさらに厳しくなった。仮縫いを行ったドレスを合わせ、太ったり痩せたりしないよう注意される。お針子さんの気持ちは理解できる。急に太るのも困るけど、痩せられてもデザインが狂うから。
注意すると約束し、三人がかりで脱ぎ着した。仮縫いなので、無理をすると破れてしまう。ひぃひぃはぁはぁ、大変な思いをして元のドレスに着替えた。ここで大急ぎでダンスのレッスンだ。今日はルーカス様が王宮へ出仕中なので、執事に相手役を頼んだ。
くるくる回ってポーズを決める。及第点をもらえて安心した。私が休憩する間に、今度はハンナが踊る。彼女も結婚式が近いから、私同様に忙しかった。
ある意味、お針子さんや宝飾店は助かっていると思う。一箇所で二人分の仕事が出来るから。私の手配が終わると、そのままハンナの確認を始める。遅れている分だけ、彼女の方が忙しそうだった。
午前中はお茶の時間をすっ飛ばし、全力投球。お昼を終えてダンスをしたら、午後はお茶の時間を設けた。エルヴィ様はいつも通り塀にある扉を抜けて来る。
「あの道って便利ね」
「ええ、外に出なくて済むから安全でいいわ」
私も向こう側へ行ってみたいな。そんな気持ちが湧き起こるも、今日はやめておいた。勝手な行動はルーカス様の過保護を招きそう。それに、この後夕食まで踊って、最後は礼儀作法の勉強が待っている。
スコーンのジャムに手を伸ばし、そっと引っ込めた。腹部を撫でてみる。やめておこう。万が一太ったら、痩せるのは一苦労だ。逆に痩せすぎたら甘いものを食べて調整すればいい。
「お嬢様は十分……」
標準体型? そんなの当てにならない。太る時は一瞬よ。その一口がぽっちゃりの素なの!
「ダメよ、ハンナ。その油断が命取りだわ」
やりとりを見ながら、エルヴィ様は首を傾げた。ご自身は細いので、わからないのかしら。それとも痩せる秘術を知ってるとか! 問い詰めたら、急に太ったり痩せたりした経験がないと返された。恵まれた人っているんだわ。
遠い目をしてしまう。自分に甘いので、一口を許せばもう一口となるのが目に見えていた。最初の一口を我慢できれば、次も我慢できるはず。厳しめにいかないと、このお腹がぷよぷよになってからでは遅い。
顔を隠しての結婚式だとしても、将来的に顔出しするのよ。あの時のぽっちゃり花嫁、あの人なのねと言われたくない。切実な私の訴えに、エルヴィ様が笑い出した。
「わかるけれど、わかりたくないわ」
控えめに済ませたお茶のお菓子が下げられるのを、もったいないと見送る。実際は侍女達のおやつになるから、捨てないので問題ない。気分は指を加えて見送る幼子だった。うう、食べたかった。
立ち上がり、再びホールでダンスを踊る。夕食前に帰ったルーカス様と踊り、隣で執事の手を取るハンナ……あれ? 私達以上に踊ってるのに執事は平気そう。コツがあるのかな。夕食前にこっそり聞いてみたら、慣れですと返された。
夕食時に「執事と浮気ですか」と笑顔で詰め寄られ、すべて白状する。こっそりの意味がなかった。自室へ戻る私は、廊下から庭へ目を向ける。さっと走った人影が気になり、足を止めた。ハンナを手招きし、そちらを指差す。
「こんな時間に」
「変よね……あれって、エルヴィ様のお屋敷へ続く扉じゃない?」
開いて人影が呑まれる。どきっとした。もしかして、侵入者?! 走り出した私にハンナが叫び、ルーカス様の声が重なる。後ろにいる二人に安心した私は、勢いよく扉を開いた。




