表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/100

03.心配はしないけど遅い

「なんで名乗るんですか!」


「だって、間違えるなんて失礼だもの」


 ハンナの非難に、反射的に答えてしまう。ネヴァライネンは父方の家名だ。結婚前の母は、カーシネン家の一人娘だった。この国は「ネン」の付く家名がとにかく溢れている。


「黙れ、貴様ら状況を理解しているのか」


 恫喝されて、ハンナと口を噤む。だが怖さはない。この辺は慣れてしまった。やれ、お前のせいで商談が壊れた、王家との繋がりが断たれた、だのと悪党共は騒がしい。


 正直、緊迫感は数年前に叔母の跡を継いだ時点で捨てた。大事にとっておいたからと、役に立つわけでもない。何より、私には王家の監視がついていた。そろそろだろうか。


「状況を理解していないのは、お前らの方だ」


 呆れ返ったと口調に滲ませ、大柄な男が入ってくる。大胆に着崩した制服は、王宮第一騎士団だった。焦茶の髪に黒い瞳、険しい眉間の皺と強面。山賊より迫力ある男だが、これでいて騎士団長だ。


 近衛騎士団を擁する第一騎士団は、王宮に関する騎士の全員が所属している。その頂点に立つとは思えない熊男は、乱暴に扉を蹴飛ばした。耳障りな音を立て、蝶番が壊れる。二度と閉まらないだろう。外からは呻き声が聞こえた。誘拐犯の部下は排除済みのようだ。


「待たせたな」


「遅いです」


「寒いから早く」


 冷える私達の訴えは切実だった。ヒーローならぬ熊乱入の現場に、後ろから美青年が飛び込む。副団長のリーコネン子爵だった。鮮やかな赤毛はくるんと癖があり、空色の瞳が涼やかな印象を与える。細身の彼は、自分の倍近くある大柄な団長を押し除けた。


「お待たせしました」


 さっと短剣で縄を切ってくれる。この辺は気が利くというか、熊団長が大雑把すぎるというべきか。解いた手をさっと掴み、リーコネン子爵は私を起こしてくれた。素直に手を借りる。


 美形に触れると得した気分になるのは、何故だろう。性癖を知っているから惚れることはないが、肌に艶が出そうなお得感がある。笑顔の副団長は、続いてハンナに手を差し伸べた。さっと逃げられる。悲しそうに眉尻を下げる表情に対し、ハンナは顔を引き攣らせた。


 好きになった相手をつけ回し監視し、屋敷に監禁したがる男。そんな性癖さえなければ、ハンナも喜んで手を取っただろう。ちなみに、私は好みの対象外なのだとか。安心して手を借りられるというものだ。副団長のお目当ては、ハンナだった。


「エサイアス、陛下に報告は?」


「すでに連絡を飛ばしました。さっさとそこのゴミを捕獲してください。私の大切なハンナに触れて、縛りつけた変態ですよ」


 いや、あなたも似たようなものよね。以前、ハンナに一目惚れしたと追い回し、屋敷に監禁しようとして逃げられたくせに。まあ、逃す手助けは私がしたのだけれど。半年前の事件を思い出し、遠い目をしてしまった。


「ネヴァライネン子爵令嬢、体調が悪いのか? まさか、手をケガした……とか」


 青ざめる騎士団長ソイニネン伯爵に、首を横に振った。


「平気です。ここから出ましょう」


 私の一言に、さっと道が開かれる。予想通り、廊下には叩きのめされた男達が転がり、後ろからも悲鳴が聞こえた。


 今回も一件落着かしら。ハンナと手を繋ぎ、私は転がる男を数人踏んづけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ