第16話 恐怖 ー盗賊トドリー
茂みの中から外を見る。
森の中を馬車が走っている。真っ直ぐこちらへ向かって来ている。ここ最近作られた交易ルート。今日も動いているな。
「トドリのアニキ。なんで今までこんなやりやすい土地狙わなかったんスか?」
「この辺りの森に入って行方不明になるヤツが多かったんだよ」
弟分のラップが首を傾げた。
「なんで行方不明なんか……」
「話によるとヤベェ狼種のモンスターがいたらしい。今は狩り尽くされて出なくなったらしいけどよ」
「ふぅん。じゃあ穴場ってことスか?」
「俺達の新しい狩場が出来たっつーことだ」
俺達盗賊にとっても縄張りがある。有名な交易ルートは大規模盗賊が牛耳ってるし、新参の俺達としちゃ新しい狩場を見つけるのは至難の技だ。
「おい、お前ら。俺らはもっとデカくなんぞ!」
ライドにダスイン、ラップも含め10人の仲間達は皆目を光らせ、口々に気合いを入れる。
そうだ。ヒューメニアを追い出されて各地を彷徨った俺達にもやっとツキが回って来た。この前襲った馬車にも中々の品が積まれていたしな。
辺りを見回し、あの馬車に護衛がいないことを確認する。
「おっしゃ行くぞ!!」
場所を取り囲むよう走り出す。
馬を止め、馬車夫に向かって剣を突き付けた。
「オメェらは荷台を!」
「ウス!!」
ラップが他の仲間を引き連れて荷台へ向かう。
「悪りぃな。ここは俺らの縄張りなんだよ。通行量代わりに頂いてくぜ」
「抵抗したら?」
「あ? 殺すに決まってんだろ!」
馬車夫はなぜか怯えることなく俺の顔を真っ直ぐ見て、何かを呟いた。
「おい、今何つった?」
「いえ何も。ところでなぜこの森に? ヒューメニア人が来る場所では無いはずですが?」
「ガタガタ言ってんじゃねぇ! 殺されてぇのか?」
「貴方達はヒューメニアの命令で動いているのですか?」
「んな訳あるか! テメェマジで殺されてぇのか!!」
馬車夫の首元に刃先を当てた。剣が当たった首筋からじわりと血が滲む。
「なるほど。国から捨てられたか」
なぜか馬車夫がブツブツと独り言を言う。急に変わった口調。一切死を恐れない姿に気持ち悪さが込み上げる。
その時。ラップが焦った様子で戻って来た。
「アニキ!! 何も積まれてません!!」
「なんだと!?」
ラップが馬車夫へと詰め寄る。
「テメェどういうつもりだコラァ!!」
「スパイでは無いか。他のメンバーも傀儡にするには技能が低すぎる」
馬車夫はそう言うとラップの目を覗き込み、再び何かを呟いた。
次の瞬間——。
「う、あああああああぁぁぁ!!」
ラップが何かに怯えるように俺達に剣を振るって来た。
「よせラップっ!!」
他の仲間達が止めようとするが、ラップは攻撃の手を緩めない。
「お前達は終わりだ。我らの交易ルートに手を出したのが運の尽きだ」
男が姿を変える。そして、黒いフードの奥から赤い瞳を光らせる。
「レオリア。もう良いぞ。殺せ」
男が口にすると、黒い何かが目の前に飛び込んで来た。
それはよく見ると黒い装備に身を包んだ獣人の女だった。ソイツも同じ眼……なんなんだコイツらは!?
「もう良いのヴィダルぅ!? あっはははは! 興奮して来たぁ! ははひひははは!!」
レオリアと呼ばれた女は不気味な笑い声をあげながら2本のショートソードを交差させる。
「ダスインっ!! なんかヤバいぞソイツ!」
「あぁ!? 今それどころじゃねぇんだよラップのヤツが!?」
ダスインはラップの攻撃を防ぐので精一杯だった。
「おい2人とも——」
そう言いかけた時、技名が聞こえた。
「連環煌舞!!」
女がダスインへと飛び込むと無数の斬撃が繰り出される。
次の瞬間。
ダスインが全身から血を吹き出し地面へと倒れ込んだ。まるで、ボロ雑巾のようにズタズタになった姿で。
それを見た瞬間頭が真っ白になる。
仲間達の叫び声が聞こえる。逃げようとするライドを女が追う。
「オラオラぁ! 逃げんなぁああはははは!」
女が2本の剣を構え、高く飛び上がる。逃げるライドへと振り下ろす。2本のショートソードはライドの両肩から縦に引き裂き、ライドが3枚に下ろされる。
「あははははっ! 次ぃ!!」
女が仲間達の中を舞う。その度に仲間達の腕や首が飛ぶ。徐々に仲間達の悲鳴が少なくなっていく。
「ああああああっ!!」
錯乱したラップが女へと向かっていく。
「ダメだラップ!!」
必死に止めようと叫ぶがラップは俺のことなど一切気にも止めず、女へと斬りかかってしまう。
「錯乱したヤツが1番勇敢だねぇ」
ラップが薙ぎ払った剣を女が飛んで避ける。そのまま空中で縦に回転すると、ラップが真っ二つに引き裂かれた。
「あ、あ、あ……」
「良いのか? このまま見ているだけだと仲間が全滅するぞ」
フードの男の声に我に帰る。
「て、テメェ……っ!!」
剣を男へと振り下ろす。
しかし。当たらない。
「な、んだと……!?」
何度剣を振っても男に当たらない。
「無駄だ。お前はもう精神支配されている。俺の本体を捉えることはできない」
男が剣を触ると、俺の握った剣が蛇へと変わる。
「ひ……っ!?」
思わず手を離してしまう。堕ちた蛇は、地面に落ちると乾いた音を響かせ、普通の剣に戻った。
「なぜお前を生かしているか理解できるか?」
声が出ずに首だけを横へ振った。男が顔を近づけて、その悍ましい眼で覗き込んで来る。
「お前達が先日殺した商人。あの獣人の家族から頼まれたんだよ。犯人を殺して欲しいとな」
「え、あ……っ!?」
この前襲った馬車か!?
「首謀者のお前には恐怖を味わいながら死んでもらう」
「く、来るなぁ!!」
男を突き飛ばし、全速力で走った。
◇◇◇
訳もわからず、自分がどこにいるかも分からずひたすら走った。
走って走って走って体力が尽きて寝転がった。
「はぁっ……はぁ、はぁ……」
奴らからかなり離れたはずだ。しかし、まだ安心はできない。体力が戻ったらこの森を出よう。
木々の隙間から青い空が覗く。まだ日は高い。早く……早く体力を……。
空に鳥が舞っている。黒い鳥。俺が死ぬのを待ってやがるのか?
鳥が円を描きながらゆっくりと降りて来る。近付くに連れて、その輪郭がハッキリして来る。
いや、鳥じゃ、無い?
……人の姿をしている。黒い翼に紫の肌。長い赤髪に羊のような角……そして……。
黒い眼球に赤い瞳!?
ヤツらの仲間か!?
無理矢理、体を起こして逃げようとするが、体が言うことを聞かない。体を引きずってその場を離れようとした。
早く……早く逃げないと……。
しかし、目の前に黒い翼の女がゆっくりと舞い降りる。
「貴様か。我が民へ苦痛と悲しみを与えたのは」
女が氷のように冷たい視線を向ける。それに射抜かれたように、体の自由が一切効かなくなる。
「絶望はヴィダルとレオリアが与えたであろう。後は我が——」
女が手をこちらへ向ける。その手に青い炎が灯る。
「貴様に後悔と苦しみを。楽に死ねると思うな」
その言葉を最後に、俺は何も考えられなくなった。
ただ、熱さと痛みと苦しみだけが永遠に続き……。
この森へ足を踏み入れた後悔だけが残った。





