筋肉は裏切らない
魔王様の元で四天王を勤め上げ、半世紀が過ぎようとしていた。
五年前から導入された完全週休二日制のため、四天王は現在六人。
二人が休み、四人が魔王城の警護につく。
儂のように仕事しか生きがいの無い武人は、休みの日も体を鍛えている。
筋肉こそ正義であり、筋肉の維持こそ忠誠心なのだ。
だが、時代は変わってしまった。
最近の若い者たちは、身体を鍛えようとはしない。
魔法や超人的な力とやらで、楽して勝利を得ようとする。
休みの日も、酒だ女だと享楽的な遊びにふける。
しかも平気で有休を取る。
儂の若い頃には考えもつかないことだ。
だが、時代は変わってしまったのだ。
「ブジンさん、おつー」
先輩の儂に対してフランクすぎる挨拶で、魔導士の山田君が出勤してくる。
その横でタイムカードを押しているのは、蛇女のメデューサ君だ。
メデューサ君は挨拶すらしてこないが、何か言えばすぐにパワハラだセクハラだとキーキーわめき散らすので黙認した。
朝礼が終わり、その日の待機場所と休憩のローテーションを決めていると、最後の四天王が出勤した。
「黒龍君。いつも言っているが遅刻するときは連絡をしてくれないと困るよ」
「さーせん」
「もしかして事故に巻き込まれたのではないかと、心配するわけだからね……」
「ちっ、うっせえなじじい」
黒龍君は名前の通り、バカでかいドラゴンだ。
事務所に入ることもできないため、黒龍君が出勤の時は魔王城正門前でコミュニケーションを取る。
彼が本気を出せば、ほんの一瞬で儂などは簡単に地獄へ落ちるだろう。
だが、儂にもプライドがあり筋肉がある。
ドラゴンには遠く及ばないが、二メートル近い身長と鋼の筋肉で振るう大剣は鉄をも切り裂く。
「じじー、やめとけって」
山田君が、揶揄するように儂に言う。
黒衣のローブからのぞく腕は枯れ木のように脆弱そうだが、彼の魔法は一瞬で儂の全てを凍らしてしまうだろう。
「うざ、石。マジ石するよマジ、石」
メデューサ君の異常に少ないボキャブラリは問題だが、彼女の持つ石化能力は儂の心臓を永久に止めてしまう。
巻き毛気味の毛蛇を指先でくるくる回しながら、残忍な目でこちらを見つめている。
後ろを振り向くと、ちょうど魔王様が立ち去るところだった。
メデューサ君に挨拶代わりのセクハラでもするつもりで来たのであろう。
だが、ややこしそうなので元来た道を帰って行くようだ。
時代は変わってしまった。
儂は歯噛みしながら、その場を後にした。
若者たちの失笑が、刃のごとく儂の心に傷をつけた。
勇者一行が魔王城に突如現れたのは、儂のお昼休憩時間であった。
普段から若者たちを優先して休憩に行かせる。
彼らは時間より必ず遅れて帰ってくるので、そのぶん儂の時間を削って帳尻を合わすためだ。
そのためにいつも、儂の休憩は最後にしていた。
今回はそれがあだとなってしまった。
四人チームの勇者の連携は素晴らしく、瞬く間に儂以外の四天王と魔王を亡ぼしてしまった。
弁当の空容器をゴミ袋に入れようとしている状態で固まった儂に、一人の勇者が近づいてきた。
唯一の女性勇者である女は、品定めをするように儂を見つめる。
「私はアネスガントの王女ナターリア。あなたを捕虜とするわ」
王女と呼ぶには少し年を取りすぎている気はするが、音楽的な声と、健康的な肢体は眩い。
儂の腕や背中や腹を手のひらでピタピタと叩きながら、微かに混じる欲情の光が目に輝いていた。
のちに儂の妻となる女である。