第8話 お友達は見舞う
メルデリューヒ公爵家。五大公爵の一つで、一番の苛烈と言われている。
現公爵のリュガー様は親を早くに亡くして年若く、それを狙い目として陰謀を企てた者が徹底的に報復されていた。性格はそれに相応しい冷酷さを持ち、多くの者が恐れを抱く。
妹のエルザ様もやはり同じ血が流れる。女性としての華やかさを持ちつつも、美しい花は棘をもっているということで、言葉に棘を含んで相手を追い込む。
そんなお二人がいる公爵家に、私は来ている。
なんでこうなってしまったんだろう?
妹のエルザ様が不幸な事故で重症となり、療養していることからその身を案じて手紙はしたためた。が、一介のしがない男爵令嬢である私がエルザ様に、よろしければお見舞いに来てくださいと言われる理由が分からない。
「よく来てくれたな。本日はエルザをよろしく頼む」
「は、はい。至らぬ私ですが、それでもよろしければ」
出迎えはリュガー様自らとは、なんて至り尽くせりなのだろう。
「謙遜はいい。エルザからはよく慕ってくれる、大切な友人だと聞いている」
しかも社交的な―――笑顔は振る舞うことはないにしろ、冷酷さのない丁寧で思いやりを感じられる対応である。
エルザ様が私を認識してくれていたことを知った重なりで、思わず卒倒しそうになる。伏せっているエルザ様がいるのに、これ以上病人を増やしてどうするんだ、私。
なんとか足腰を奮い立たせ、いざエルザ様の元まで案内される。そう、リュガー様は前座にすぎない。本命はエルザ様なのである。
リュガー様は案内だけして早々に去ってしまったので、ここからは侍女を除けば私一人だ。
ああ、すっごい緊張する。
エルザ様の数ある友人の中で、私以外でお見舞いをしているとは聞いていない。つまり、弱っているエルザ様を見るのは、私が初めてなのだ。
激レアすぎる。余すことなく見ておくのよ、私。
外見はしずしずとお淑やかに、中身はがつがつと食らいつく心意気で寝室に入る。
「療養のところ失礼します。メイジー・ロールウェインです」
ドレスの裾を軽く持ちあげてカーテシーをする。
「今日はよく来てくれたわね。会えて嬉しいわ、メイジー」
私はエルザ様を見て、息を呑む。
ベッドの上でわざわざ身を起こしてくださっているが、その頬はほんのりと赤く染まっている。笑みを私なんかに向けてくれるが、そのなんと弱々しいことか。
おいたわしい。
それと同時に思うこと。
なんて溢れ出る色気!
寝巻きなのでゆとりがあるが、それでも体のラインが一部盛り上がる形で出てしまっている。
それに、その顔は反則です……っ! 病状で頬が赤らんでいるのは分かっている。が、あからさまに好意がある、という赤らみである。色気が増して、異性愛者である私でもぐっと心をわしづかみにされてしまう。
「メイジー?」
「なんでもありませんメルデリューヒ様決して邪な心なんて持ってはいませんあっても鎮めます!」
おおお、落ち着いて落ち着いて。いけないことまで口が滑っている気がする!
「何よく分からないことを言っているの? とにかく近くにいらっしゃい」
「はいぃぃ」
待たせることがないよう機敏に駆けつける。
「それとこの家にはメルデリューヒは二人いてややこしいから、わたくしのことはエルザと呼びなさい。…………わたくしも、その方が嬉しいわ」
なによりも私にそう呼んでほしい、と。
思考がよぎる。
学園の教室、制服姿でエルザ様が私を見ている。他には誰もおらず、エルザ様が私に近づき、耳元で愛を囁く。
『メイジー、好きよ』
ふるり、と私は体を震わせる。
囁かれた耳元を手で押さえて顔を真っ赤にする私を、エルザ様は見つめる。
『勿論、お友達として、ね』
「お友達でも大歓迎ですぅううッ!」
一生に一度としかないと思われる幸運に、思わず滂沱の涙を流す。現実のエルザ様が仮面のような笑みを浮かべているように見えるが、気のせいだろう。笑みが完璧すぎるのだ。
「………………メイジー、あなたはわたくしにとって、奇態な人よ」
「ふわっ!? そ、そんな、エルザ様。いきなり稀代な人―――親友、だなんて」
現実のエルザ様が妄想上のエルザ様を超えた。私はよく妄想がすぎると言われるが、こんなことは初めてだ。エルザ様が私を親友と思ってくれていたこの感動に打ち震える。
「ですが、エルザ様。お気持ちはありがたいですが、私はまだまだ未熟。身分も釣り合うものではありません。なので、せめてお姉様として慕わせてください」
年は同じとはいえ、私はこれまで憧れの存在としてエルザ様を慕ってきた。それに言葉をつけるなら『お姉様』がぴったりと、前々から思っていいた。
「人目があるところではエルザ様と、二人きりの内密のときはお姉様とお呼びすることを、お許しいただけますか?」
「ええ、勿論よ」
ああ、なんて完璧な笑み。
私はうっとりと酔いしれる。
「けほっけほ」
酔いしれっている場合じゃない!
「お姉様っ! 大丈夫ですか、今、侍女をお呼びします」
「平気よ。このぐらい……なんてことないわ」
お姉様は目蓋を伏せて、物思いに暮れる。
ああ、そうだ。ただ不幸な事故で負傷しただけではないのだ。その直前まで殿下に加え、その殿下と睦まじくしていたアリスとセザール様も交えて話をしていたらしいのだ。
「お姉様……」
「わたくしのどこがいけなかったのかしらね。シリル様……いいえ、殿下とはこれまでうまくやっていたと思うけれど」
「お姉様は何も悪くありませんっ! ただ、ただ……」
殿下が一方的に悪いだけです。
なんて王族批判、たかが男爵令嬢ごときにはできない。お姉様を慰めることすらできないなんて。役立たずすぎる。
ああ、そういえば。
「……お姉様が療養している間の学園では、反省しているご様子でした。消沈している上、あの者との付き合いは控えているようです。お姉様を心配しているのは……ご存知ですか。毎日、お見舞いの品を贈られているようですが」
「そうなの? お兄様が隠しているのかしら。でも……」
お姉様は口を閉ざす。『でも』に続く言葉は、なんだろう。読み取れることは、決してプラスの内容ではないことだ。
ずっとお慕いして、姉と妹の仲となった私には、分かったかもしれない。
でも、今更どうしようもないわ。
冷ややかな声が再現して聞こえた。
それほどまでに傷心なのだと、私は確信する。
「私は裏切りません。何があろうとも、お姉様の味方です。―――メイジー・ランダナンテの名に誓います」
なによりもお姉様が信じられるように、名をかける。
お姉様は軽く目を見張っていた。それが嬉しくて屈託なく笑う。
「私なんかが役に立てる日がくるなんて、光栄です」
お姉様が知らないときも、私はずっと一方的に見てきたのだ。男爵令嬢のせいで、初めてお目にかかった際の挨拶以外、その挨拶すらできない身分だった。だが、そんな身分が、ついに日の目を見るなんて。
私ごときに価値を見出してくれたんですよね。思考がすぎる私とはいえ、そこまで馬鹿ではないんです。
わざわざ私を呼び寄せた意味は分かっています。棘を含む花の種となって、大量に芽吹かせてみせましょう。