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第6話 護衛は覚悟を決める

「先にエルザがからかってきたんだ。からかい返して何が悪い」


 リュガー様は反省することなく、ふんぞり返っている。

 厄介な、と俺はこの兄妹二人に頭が痛くなってくる。兄妹だけあって性格が似ており、どちらもプライドが高く譲ることはない。喧嘩が起きたら被害を受けるのは決まって俺で、翻弄されている。


 今回も嫌々喧嘩の仲立ちをし、お嬢のリュガー様を殴れという無茶振りまでやらされるところだった。お嬢は拗ねてふて寝し、話し合いは中断となって別室にてリュガー様と向かい合っているのが現在である。お嬢、こうやって時々素を見せるからかわいいんだよなあ。


 そのため厄介であるが、離れられない。勿論普段は普段で、それはもう美しく妖艶だ。いいように誑かされても敵わないなあ、まあいいかと許してしまう。


「おい、エルザで考え込んでいないで、目の前の主を見ろ」

「俺の主はお嬢です」


 きりり、とさも考え込んでいなかったように何事もなく答える。


「ほう。なら一生エルザの下僕で甘んじるということか」

「あ、嘘です嘘です。俺はリュガー様の下僕ですよ!」

「なら集中して、話を待て。筋肉馬鹿が」

「そんな言い方ないじゃないですかっ!」

「次は家から追い出すからな」

「……!」


 口を真一文字に塞ぎ、話を聞ける体勢を作る。


「エルザが愚王子を嫌ったからと言って、調子にのっているな」


 まあそうですけど…………第一王子のことは、ずっと愚王子の呼称なんですか?


 リュガー様は何かを投げつけてきたので、俺は難なく受け止める。


「ちっ」

「これは?」

「お前以上に生意気な奴からだ」


 それはぐちゃぐちゃに丸められた手紙だった。王家の紋章があったので、丁寧に広げてやる。


「第一王子からですか。………………一応、筋は通っていますね」


 手紙には揃えられた言い訳が述べられている。

 エルザの不慮の事故を防げなかったこと、その責任を感じ、またその身を案じて王宮で療養させたこと、面会謝絶も体調悪化することを懸念したこと。


「咄嗟の状況でも頭は回るのに、なぜエルザを蔑ろにしたのか」


 敵ながら墜落した後の対応は見事と、苦渋を飲まされた。


 バルコニーと墜落場所の立ち入りを制限し、セザール・オルコックとアリスの身を確保していた。

 エルザは王家のツテを使い呼び寄せた神官による奇跡で治癒し、王宮のそれも王族が住まう区画の部屋に運び込み、療養のためと監禁した。その行動の前か後かは知らないが王に話を通して協力を仰ぎ、メルデリューヒ公爵家の問い合わせに頑固たる拒絶をさせている。


 迅速な情報制限に立ち回りだ。墜落の原因やエルザの居場所の特定に目撃者はおらず、いても黙らせているので時間がかかった。

 また、特定した居場所は王族の住まう区画で、部外者が立ち入ることは本来できない。警戒体勢の近衛騎士を俺が強行突破して救出に至ったのだ。


 俺が今現在その罪に問われていないのは、王の手回しがあったためだ。


「王はどうするつもりなんですかね」


 王への手回しのため、リュガー様は一人で謁見してきた。第一王子には秘密裏に、お嬢救出への手回しをしてくれたことしか俺は知らない。



「王は……中立だ。優秀な第一王子を今回の暴挙で瑕疵を作るには惜しく、次期王妃として相応しいエルザを手放したくないと思っている。だが、エルザがその気ではないからな」

「完全に嫌うようになりましたからね」

「だから見るからに嬉しそうにするな。……理想の王子様とやらではなくなっているからな。再度愚王子を好きにさせるにはかなり難しいと分かっているのだろう」


 理想の王子様。


 お嬢は容姿も家柄も能力が良く、性格もまあ……性根が腐っているほど悪くなく、王妃として十分すぎる資質がある。

 だが、唯一ある欠点というべきものが、その理想の王子様という第一王子を物語の王子と重ね合わせて見ていたことだった。


 第一王子の王子という身分に、見目麗しい容姿、そこらの貴族より優れた知性に武力、優しい性格は、物語によくある王子様の理想像に合致していた。

 特に挿し絵そっくりの、線の細く華やかな容姿は、お嬢を日々うっとりとさせていた。小麦色の肌で、黒檀色の髪と瞳をした俺とはかけ離れた好みである。あ、駄目だ。落ち込んできた。


「王は愚王子がエルザを振り向かせられるならよしと思っている。だが、エルザの妙なこだわりがある以上、諸手を挙げて力添えはできない」

「つまり、いいとこ取りをしているんですよね」


 第一王子が王太子として支持されるよう醜聞はなかったことにし、その後の行動には責任を持たせて王は静観する。

 そのことにより王は、いざこざがあったにも関わらずエルザを王妃として迎えることができる。できなくとも、第一王子に責任を押し付けることで、メルデリューヒ公爵家を敵に回すことなく王家の体裁を保つことができる。


「いいとこ取り、か。不利益は人に押し付け、愚王子はともかく俺らをも顧みないことは気に食わないな。…………王の思惑通りに、事は進めてやらないがな」


 あくどく嗤っているリュガー様にうわあ、と関わりたくない気持ちでいっぱいになる。兄がこんなんだから、お嬢もそうなってしまったんじゃないか。


「ヨト」

「っはい! 俺は何も悪いことなんか考えてないですよ!」

「それは俺のことを悪く考えていたと白状しているものだ」

「うわあ……」

「お前は考えていることを表に出しすぎだ。計画を変更すべきか?」

「俺はほんとに隠さないといけないときは隠していますよ。で、計画とはなんですか」

「勿論、王家に報復する計画だ」

「な、なんですか、リュガー様。そんなに見たって、何もあげませんよ」


 じーっと外さぬ視線は居心地が悪い。


「……俺は、お前を捨てずに育ててよかったと思っている。エルザが拾ってきたときはどうかと思ったが、護衛として役立つようになり、愚王子の元に送り出さないで済む一品にも成れるからな」

「そう、ですか」

「なんだ。嬉しくないのか。ずっと諦めていたものを、あげてもよいと言っているのに」

「……」


 そうだ。ずっと諦めていた。

 出会ったときには既に第一王子と婚約していた。婚約を覆すことはできず、お嬢が理想の王子様として入れ込んでいたから、覆してやろうと夢見ることはあれど実行に移すことはなかった。

 恋心を胸に秘めてせめてもの側で居続けようと、諦めているのに見苦しくもがいていた。


「覚悟を決めろ。ここまで目をかけてやったからには大成しろ。どうせエルザも、お前をよいと考えている」

「お嬢が?」

「お前の過去を知っているのは、俺だけではないということだ。最初は容姿と気概だけを気に入って拾ってきたようだが」

「ははっ。お嬢らしい……」


 リュガー様に過去を暴かれ、突き付けられたことがある。それでも現状を、お嬢の側で護衛を続けるのか問われ、側でい続けたいために現状を望んだ。


 諦めなくて済むのか。


 お嬢が俺を望んでくれているかもしれないと知り、俺はじわじわと実感が湧いてくる。


「俺、覚悟を決めます」

「遅いな。もっと早く、愚王子が庶民と睦まじくする前からも可能性はあったというのに」

「そんなに前から……? リュガー様って、実は相当俺のこと気に入っていますよね」

「勝手に俺の感情を憶測するな」

「否定しないってことは、まさか、本当に……! あ、痛い、やめてくださいよ! いくらリュガー様が筋力も運動能力がなくても、多少の痛みはあるんですよ。蹴らないでくださいって! もしかしてぐちゃぐちゃに丸めた手紙を適当に投げても、俺がなんなくキャッチできた腹いせを今やっているんですか―――いっっっっ!?」

「無様に床を転がり棚に頭をぶつけて落下してきた花瓶で惨めに死ね」

「すっげえ具体的ですね!?」


「な、なんですか、リュガー様。そんなに見たって、何もあげませんよ」


 何も→筋力と運動能力。

 お兄様、学園の先生にとめられるぐらいに運動音痴。


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