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第24話 新理想の王子様は悪役令嬢に会いに行く

 俺は幼い頃、王位継承者争いによって朽ちそうになっていたところ、エルザに拾われた。


『これ、持ち帰るわ』


 これ呼ばわりされた俺は人扱いされていなかった。信頼していた友達に裏切られ、襲撃者によって何度も命を奪われそうになった結果、数日前の身綺麗な王子が浮浪者同然だ。

 俺よりも幼い令嬢から人扱いされなくても仕方ないと客観視しつつも、死にそうになっている状況を打開してやるという野心に溢れていた。


 この傲慢でわがままな子どもでも何でも、利用してやる。


「結局、利用され尽くされているのは俺なんだけどなあ」


 利用してやるという選択は正しかった。エルザはまだ存命中の両親と共にシャムニにやってきていた。シャムニで朽ちようとしていた俺はメルデリューヒ公爵家に保護されることで、追っ手から簡単に逃れることができた。

 メルデリューヒ公爵家が俺を第三王子と知ればシャムニに引き渡される可能性があったので素性は隠したのだが、調べれば行方不明と騒ぎになっている俺と結び付けるのは容易だっただろう。それを俺はバレていないと思い、エルザの忠実な護衛となるよう散々に躾けられた後に、お兄様たるリュガーに言われた。


『シャムニの第三王子が性悪な女に捕まり、護衛として酷使され、あげくそのような女を好きになってしまうとはな』

『俺の素性について知ってたんですか!? ていうか、言葉にすると酷い内容!』


 護衛のままでは現状を変えることができないとシャムニに出立する前には、エルザも俺の素性を知っていると言われる始末だ。俺、必死に隠してきた意味ない……。だからエルザまで俺を厚遇してきたんだって分かったけどさあ。滑稽すぎる。


 母国であるシャムニには、第三王子という身分を取り戻すために向かった。エルザは理想の王子様を求めている。容姿までエルザの好みで王太子で婚約者であるシリル・シーグローグが見せた決定的な隙は、俺が重い腰を上げて行動する決心となった。


 後継者争いで朽ちようとした俺であるから、シャムニで第三王子として認められるには苦難が待っていると思っていた。だが、俺がいない間による後継者争いによって王族の人数を激変させて、肝心の残っている後継者は求心力ない暴君だった。

 俺は貴族に歓迎され、その暴君に身分詐称だと捕らえるよう働きかけられ、なぜか神託が降りて第三王子として認められ、第三王子の立場を確立するために武を見せつけ、メルデリューヒ公爵家との縁を内々に示して、暴君に刺客を差し向けられて撃退して……と一変して慌ただしく新鮮さに溢れる日々を送りつつ、エルザの報復の計画に合わせて準備をしていった。


 大変の言葉では片付けられない日々だったが、エルザを手に入れるためだ。

 これまでは恋心を忍ばせてエルザの側にいられる安寧を甘受し、シリルに殺意を向けるしかなかった。それが報われる。その代わり暫くエルザと会えないことだって耐えてみせた。


「早く会いたい」


 だから、今はその気持ちでいっぱいだ。行ったら行ったで報復やエルザ個人のこだわりのため、理想の王子様立ち回りをさせられるのだろうが…………うん。今は待っている幸せだけを考えておこう。

 複雑な気持ちを抱きつつ、そんなエルザを好きになった俺は難儀だろうなあと自身でも思った。


 卒業パーティーには余裕で間に合うはずだった。だが、ヴェネフォスに賓客として行く俺に嫉妬した暴君から嫌がらせを受ける上、エルザのあの護衛がシャムニの第三王子だととうとう気付いたらしいシリルから徹底的な遅延工作どころか、不慮の事故で負傷させてシャムニに返さんとまでされる。

 このままでは卒業パーティーに間に合わない。俺は馬車から降り、護衛の一人から馬をかっぱらう。


「先に行く!」

「ヨト様!? お一人で行かれては危ないです!」

「ああ、俺の馬があああああ!?」

「安心しろよ、ヨト様ならお前より使いこなしてみせるさ」

「エリザベーーース!!!」

「誰?」

「馬の名前らしい」


「俺の心配一人しかしてなくない?」


 俺の腕前を信じているからだよな?

 シャムニで俺に武で敵う者がいないと、強い者は全員叩きのめして証明済みだ。それでもなんとも言えない気持ちになりつつ、エリザベスという名の馬を走らせる。あの護衛がしっかり世話をしているからか、俺の意思通りに駆け抜けてくれる。それでも度が過ぎる無茶をすれば馬を潰してしまうので、途中で馬を預けて別のと乗り換え、シリルの手の者は振り切っていく。


「くそ、やっぱり始まっているか」


 パーティー場には遅れて到着をする。そこからも妨害された。供周りがおらず第三王子か疑わしい、汗や身なりの乱れがある、と否定できないことを言われる。


 お前のところの王子に妨害されなければ、こんな風に来ることはなかったんだよ!


 無視してもよかったが、汗や身なりについてはエルザの理想の王子様像に引っ掛かるのは予想できた。

 体を拭うための水場は中で見つけられるとして、汗で濡れた服の替えは……目の前の野郎のをひったくるか?


 とにかく時間がないので、極端なことを考え付く。メルデリューヒ公爵家の使用人がやってきて全てを手配してくれたので実行には移さなかったが、危ういところだった。

 その間に揃えてきた妨害には、無理やり突破口を作ってしまう。そのため窓から会場に入ることになった。

 追いかけられていたので、床をカツンと鳴らせてしまう。数人、俺の存在に気付かれるが、それだけの人数だ。場は静かだった。一か所に注目が集まっていた。そこに俺が加わる。


 俺の窓からの登場に曲者かと思われるかと思ったが、シャムニの特徴的な小麦色の肌が俺の素性を推測させた。

 俺が先へ進めば、驚かれながらも人が割れて道が開く。ああ、やっと会えた。


「失礼。静かなもので、パーティーが終わってしまったのかと慌ててしまいました」


 ドレスも靴も装飾品も、どのようなものを身につけてくるかは事前に知っていた。俺自身の色を纏っていてほしいと、まだ婚約者の身であることに配慮して、黒翡翠のネックレスと耳飾りを選んで贈った。ドレスと靴は装飾品が合う形にとリュガーに聞いた結果、知ったものだ。


 だが、知っているのと見るのは全然違う。その美しさに目が離せない。

 青藍の髪より薄い色のドレスは慎ましいが、施されている細かな刺繍によって豪奢でありながら上品の印象がある。スカート部分はたっぷりと布を使われていることで、細い腰が際立っている。

 髪は一部だけ結われて他は腰下までさらりと流れ、光の加減によって煌めいている。卒業生がつけるらしい花がなぜか二つ、髪にあることが無性に気になったが、黒くとも存在感を大きく、光沢を放っている黒翡翠のネックレスと耳飾りを身につけていることで、喜びが胸を占める。


「道中、事故が重なりまして遅れました。シャムニの第三王子、ヨト・サイヌです。どうぞ、お見知りおきください」


 シリルには卒業生がつける花がないことを目ざとく見つけた。ホールの中央にエルザとたった二人、近い距離でもいる。堕ちゆく身であるのに何してるんだ、この愚王子が。


 荒れ狂う感情は内心に留めておき、曲者と追い出されないように名乗っておく。ヴェネフォスの王がいるので無礼とならないように挨拶もしておいた。本意か本意でないのか知らないが、王に歓迎の言葉を贈られたらようやく会いに行けた。


「エルザ」


 このような公の場で共にいられるのは初めてだ。俺の素性からとことん隠されて、外に出歩くのも肌を隠すなどと不自由だった。

 名前を呼べるのが嬉しい。シリルから冷たい目で見られているが、気にするものか。


「こうして再び相見えることができたことを嬉しく思う」


 手を取って、その甲に口づける。

 エルザはにこりと親愛の情のある笑みを作って、優しく話しかける。


「お久しぶりです。以前より立派になられましたね」

「元護衛としては世話になった。メルデリューヒ公爵家には返しきれない恩ができた」

「まあ、そのようなことはありません。当然のことをしたまでです。第三王子であったことは驚きましたよ」


 しれっと嘘をついているが、それでいいと思う。もし第三王子と知っていてひたすら匿っていたとなれば、シャムニからいらぬ怒りを買う。


 それよりも、と俺はエルザを見る。俺が敬語でなく、エルザが敬語であるのは違和感しかない。とても他人行儀に感じて寂しい。元々がただの護衛だったため、その感覚が残っていて不遜ではないかと不安もあった。

 そこにエルザより前にと出しゃばってきたシリルが言う。


「ヨト殿。遅れていると聞いていたけど、無事間にあってよかった。私は第一王子のシリル・シーグローグ。同じ王子として、舞い戻ってきたヨト殿のことを喜ばしく思うよ。それで、私の婚約者との関係を聞いてもいいかな? 私とは初めて会うよね?」

「確かにそうだろうな。訳あって姿を隠していたんだ。俺はエルザからよく聞いていたから、知り合いのような気持ちになっていた」


 婚約者だと言葉を強調してアピールしてくるシリルに、俺は護衛ではあったがエルザとの親密さを示していく。


「シリル殿がエルザをなおざりにして、他の女と親しくしていたこともよく知っている」

「……そう」


 俺がさっそく切り出すと、シリルは低い声で言った。


「そのことについては私が謝罪した上で、エルザとよく話し合っている最中なんだ。どうか見守っていてほしいな」

「長々と続く話なのだな。エルザの負担を考えてみてほしい。シリル殿が心を入れ替えて謝罪したとしても、深く傷ついた心は簡単に癒えることはない。相手の言動に疑いを持つことになり、耐えきれないと拒絶しても追いすがってこられるのだ。俺は護衛としてエルザの側にいたが……とてもいたたまれなかった」


 嘘だ。

 エルザは後遺症が残った体であっても、報復せんと息巻いていた。俺はエルザを手に入れられるかもしれないという、思いもよらぬ好機に気持ちを高ぶらせていた。


 事実はさておき、俺はいたたまれない気持ちをめいいっぱい演技しておく。演技は不得意なのだが、かつてエルザがシリルに熱中していて諦めるしかしなかった時期を思い出せば、似たようなものにはなっただろう。


「俺が第三者という立場であっても、とうてい見ていられなかった。……長年、忍ばせていた想いもある。だから、このように行動させてもらう」


 ここが正念場だ。大勢に囲まれた中で、まだ婚約者であるシリルに睨まれて、なによりエルザ相手ということで、緊張からばくばくと胸が鳴り響いている。

 ここまできて戻ることはできず、勢いに任せるしかない。俺はすうっと息を吸って、嘘偽りない想いを吐く。


「長年お慕いしていた。婚約者がいる身で困るだろうが、俺はエルザを想う一心から、護衛から王子として舞い戻ってきたほどだ。今の置かれた状況から俺が助け出すことを許してくれないか」


 シリルではなく俺を選んで、共に将来を歩んでほしい。

 情けないことに、油断すれば声が震えてしまいそうだった。俺がエルザを手に入れようと行動することを、言明はしなかったがエルザ自身が拒否せず応援してくれた。その過去がなんとか声を振るわせることなく、自信となった。


 エルザは長い睫毛を下に俯かせて目線を合わせず、戸惑いを表現する。色よい返事を待つ俺に、エルザは言った。


「仰った通り、わたくしは婚約者がいる身です。いきなり、このようなこと……許すことなどとうていできません」


 振ら……れた?

 あれ、報復するんだよな? シリルじゃなくて俺を選ぶんじゃないのか? エルザの好きな物語の姫は、王子の手を取ってた、よな?


 予想外の展開に頭の中が真っ白となって、その場で俺は固まるしかなかった。


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