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第22話 悪役令嬢は卒業パーティーに出席する

 藍色よりも薄い色を基調としたドレスを身に纏い、わたくしのためだけに作られた化粧でめかし込み、後ろ髪の一部を編み込んで一つにまとめ、あとの髪はそのまま流す。


「お嬢様、こちらを」


 侍女が恭しく蓋を開けてみせるのは黒翡翠のネックレスと耳飾りだ。わたくしはじっと見つめてから、身につける。


「お似合いです」

「当たり前よ。わたくしに似合わないものはないわ。あったとしても、不格好にものが作られているのよ」


 その点、ネックレスと耳飾りは精緻な細工でできていた。であるならば、わたくしに似合わないはずがない。

 いつもと異なり、誉め言葉に対してつれない言葉で返す。相手は侍女であるのにつまらない意地を張ってしまったわね。


「今のは忘れて頂戴」

「承知いたしました」


 微笑ましい表情と感じるのは気のせいかしら。

 メルデリューヒ公爵家に長年よく務めてくれている侍女なので、わたくしについてもよく知っている。身の内に燻る複雑な感情が分かっているのでしょう。それを本人でないからと面白がっている。


 ……顔すら見せないなんてね。


 学園の全ての履修を終了し、卒業パーティー当日。卒業生として、待ちに待った報復の日として、わたくしは主役に相応しい装いをしていた。

 その中でも、黒と言えども光沢があり珍しく目を引く黒翡翠のネックレスと首飾りは、誰かさんから顔合わせもなく贈られてきた品だ。手紙はようやく一通、つらつらと長文で添えられてきたが、こんなものでは足りないと返信はしないでおく。ただ必要なものとは理解しているし、いつ打ち合わせをしたのか、ドレスに最も合うように作られており他の装飾品では見劣りがする。そのため仕方なく、そう、仕方なくネックレスと耳飾りを身につけるのよ。


「嬉しそうだな」

「どこを見たら嬉しそうだと思うの、お兄様」


 表情は絶対に緩んでいなかった。睨みつけるが、お兄様は気にすることなくすました顔のままだ。


 わたくしと同様にお兄様も着飾っている。家族枠でパーティーには出席するためだ。パートナーではないのでわたくしとダンスすることはない。家族枠でもダンスはできるが卒業生と違って必須ではないので、お兄様は安心してパーティーに出席するのである。


「きっとまた外見だけに騙されてしまう令嬢が出てしまうわね。中身は冷淡で極度の運動音痴の残念な男なのに」

「お前こそ令息を誑かすのだろう。中身は冷酷であるも、理想の王子様と幼心を引きずる女であるのに」

「そのまま返してあげる。冷酷なのはお兄様もでしょう」

「そうだが? 俺はエルザと違って取り繕っていないからな」

「晴れ舞台を迎える妹に嫌味なこと」


 着飾ったことに誉め言葉の一つもない。そんなものを貰わなくても、わたくしが美しいのは変わらないけれど。


「お兄様、ご感想は?」


 それではつまらないので、ドレスを持ち上げてくるりと回る。にこりと笑って圧をかければ、お兄様は言うまでしつこく続くだろうと思ったのだろう。


「いいんじゃないか」

「それだけ?」

「……」

「……」

「似合っている」

「女性の誉め言葉ぐらい、十か二十覚えておいた方がいいわよ」

「俺は言わないでいるだけだ。言うべき相手が他にいるからな」


 追及はこの程度でやめておく。言うべき相手を引き合いに出されたためではない。お兄様は社交辞令が嫌いではあるが、苦手ではないのだ。女性の誉め言葉ぐらい覚えているし、その女性個人を褒めることもできる。


「ここまでお膳立てしたんだ。しくじるなよ。俺から言うべきことはこれだけだ」


 確かに、お兄様には奮い起こさせる言葉の方が向いていたかもね。だからといって、褒めないでいいことはないけれど。


「手札は揃えてきたわ。後は出し尽くすだけよ」


 だから、しくじることはない。お兄様が期待している報復を成し遂げてみせるわ。


 *



「新しい宰相がいるらしい」


「派閥関係から中立派が選ばれていたでしょう。人柄的にもどうにも動かないわね」


「他国からの賓客はシャムニで話題の第三王子が臨席するからな。他も豪華な面子が揃っている」


「いい計らいね」


「愚王子に宣戦布告をしたこともあって、その分警備は厳重だぞ」


「宣戦布告まではしていないわ。今日を楽しみに待っていてと言っただけよ」


「それだけで通じるとお前は思ったのだろう。現に通じた。隙間なく目を光らせているぞ」


「思った以上の舞台の出来栄えね」


「……残念だったな。ヨトがいなくて」


「残念なことなんてないわ。知らないの? 王子様はね、遅れて助けに来てくれるものなのよ」


「…………今回ばかりはヨトに同情する」


 だって、わたくしは待っているだけのお姫様ではないもの。助けに来るようにけしかけたし、遅れてくるよう愚王子に仕向けた。



 扉が開かれ、眩い光が瞳いっぱいに占める。衰えることの知らない自信を持って、光の中を突き進み、舞台に立つ。


 静寂から波紋が広がる。観客は予想外だったでしょうね。わたくしが誰をパートナーに選ぶか。

 愚王子ではない。お兄様はいるが、主役とならないよう後ろからついてくるだけ。



 わたくしはパートナーを選ばなかった。一人を選んだのよ。

 まだ婚約者である身。愚王子を拒絶するが、その他の男との仲を見せることもしない。


 ただパートナーがいないと憐れまれることも望まない。


 一人でいるのはわたくしの意思よ。意思を見せつける。

 屹然と、純潔と、美麗と、崇高と、存在と、魅了を。


 非難なんてさせない。全員、吞み込ませる。


 ゆっくりと歩きながら、舞台上と観客席を見る。

 卒業生とその家族と婚約者と学生は思い思いに友好と親愛を確かめ合っていた。我が国ヴェネフォスの要人は社交をしつつ、進路にと勧誘してみせた人材にさっそく手塩をかけていた。他国の賓客はヴェネフォスの現状と未来をはかり、シャムニの第三王子の到着の遅れに嘆いていた。

 カルメリタはお友達を取り纏めて歓談し、メイジーはわたくしの登場をまだかと気持ちを浮かせていた。突き落とされたわたくしを治療するだけして直ぐに発ち、再びこの地に戻ってきたフィリプ神官は群がってくる人を受け流していた。

 セザールは罪人なので不在、猫はパーティー後に待つ断罪を恐れながら、ひっそりとやり過ごそうとしていた。


 とまあ、こんなところかしら?


 最も注目するべき愚王子は、わたくしよりも後に舞台に立つ。王と共に出てきて、パートナーがいない代わりにわたくしに第一に微笑みかける。わたくしが作り上げた場の雰囲気を壊し、形勢を元通りに引き戻す。


 王の祝辞が述べられる中、控えていた側近に何かを告げていることは見逃さなかった。大方、ヨトに関すること。姿はないが、気は抜かないように警備をするように伝えているのではないかしら。


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