第20話 悪役令嬢は密会する
セザールは一旦、憲兵預かりとなったが、憲兵では貴族相手に無体はできず限界がある。直ぐに王家の騎士がやってきて、身柄を引き渡すことになる。
セザールは宰相の父を持っていて、王との繋がりが深い。王家の騎士に引き渡すことになれば、宰相の父に傷がつかぬようにと罪を庇いにくるはずで、わたくしは干渉できなくなる。
その前に憲兵に感謝の気持ちだと多めに賄賂を送り、様々な証言を取らせるよう働かせる。とある証言だけは確実に取りたかった。
セザールは最初こそ黙秘していた。だが、口が滑らかになる飲み物を猫からの差し入れだと誤解させるように言って渡せば、話すようになる。途中で気付いてセザールはわたくしを罵っていたようだが、欲しかった証言は手に入れた後だ。もみ消されないようメルデリューヒ公爵家の名の元にセザールの証言を訴え、社交界にも広めておく。猫への告白も合わせて広めたので、例え無罪放免となって貴族社会に戻ってきたとしても居場所はなくなっている。
「これでセザールは終わりね。後は落としどころだけれど」
セザールの父、バジーリオは実力で宰相の位を勝ち取ったとはいえ、由緒あるオルコック伯爵家である。宰相としての手腕も力も人脈もある。王が背後にいるのも大きい。
これまで報復してきた相手のように徹底的に叩き潰す訳にはいかない。逆にメルデリューヒ公爵家が危うくなる。
だが、オルコック伯爵家の強さが弱みになりえることだってある。宰相の立場なので瑕疵があれば非難され、息子の問題行動でも宰相である父親の責任として非難される。
メルデリューヒ公爵家は逆にやり返される可能性が、オルコック伯爵家は宰相の立場のための数多くの者たちによる非難がある。そのためお互い納得のできる落としどころを見つけて、セザールへの報復は終了だ。
この結末には納得している。セザールにはわたくしに無礼で乱暴な振る舞いを何度も繰り返し行ったことで無事、罪を償わせることになった。わたくしに対して突き落としてからも反省がなかったことで一生だ。そのための方便として、適当な罪を被せられることになる。
殺人未遂があるので処罰として死刑が提示されたが、わたくしは却下した。だって、一瞬で苦しみが終わってしまう。その代わり、まだ若々しく力があり余っているようだから、厳しい労役を科したらと提案はさせてもらった。これで死ぬまで苦痛を味わわせることができる。
被害者であるわたくしの意向が重視され、内々でセザールの処罰は決まる。まだ裁判が残っているが出来レースなので、セザールの反応を悠々と楽しめるだろう。憲兵に同行されるまでに味わい尽くした感はあるけれど。
処罰に関連して、わたくしが引き連れていた護衛も受けることになった。といっても謹慎だけと、実質おとがめなしだ。わたくしの指示に忠実に間違うことなく従っていたのだから、内密に褒美も与えている。功労には報いないとね。
わたくしがセザールに強く握られたことによってできた青黒い痣は、神官によって痕なく治療済みだ。くっきりと手の痕がついていたので、わたくしは同情をもらい、セザールを陥れることができた。骨が折れていても不思議ではなかった痛みに耐えた甲斐があったものよ。
「残るは愚王子だけね」
セザールの報復は裁判をお楽しみとして終わりとし、猫もわたくしを害したことを訴え出てとどめを刺すだけだ。
愚王子は猫と不義を働いているが、反省をしている様子を示して社会的に許されている立場だ。王族でも王太子の立場ではその程度で処罰されないだろう。だからといって、今頃想いを寄せて付きまとってきた報復はしたい。例え、かわいらしい報復しかできなくても。
「精神的に叩きのめすとして、懲りる姿すら思いつかないのよね」
なんど拒絶しても付きまとうことを諦めず、逆に喜んでいるのだ。いったいどうすればいいのか。愚王子のことを考えるだけでも嫌なのに、ろくに報復内容が思いつかないので頭痛がしてくる。
「……とりあえず、猫を使って密会させてみましょうか」
それを噂にして広めても、二人が再び睦まじくしているより猫が愚王子を追いすがっていると思われるだけだけど、愚王子への嫌がらせになるでしょう。
「これはどういうことかしら?」
密会相手は猫だったはずよ。なぜわたくしになっているのかしら。
「アリスには帰らせたよ。エルザが私のために会いに来てくれるからね」
普段以上の笑顔を咲かせて、愚王子はそんなことを言ってのける。
「アリスは何も話していないよ。私が一人推測したんだ。エルザならそうするかなって」
気持ち悪い。第一に思ったことで、第二に猫がわたくしに従っていることがばれていることだ。
「お会いしたのは偶然です。わたくし、帰りますわ」
「つれないね。偶然だったにせよ、話でも付き合ってよ。ここには丁度誰もいないことだし。積もる話は溜まっているだろう?」
愚王子と猫の密会場所として、学園の庭園を選んでいる。庭園でも人気のつかない場所で、偶然密会場所を目撃する人も手配済みだったけれど……帰らせる必要があるわね。
「メイジー、誰も近づけないようにしてくれる?」
「……よろしいのですか?」
「確かに積もる話はあるもの」
猫との密会を企んでいたことが、わたくし相手になってしまったことは気に入らないけれど、愚王子とは二人っきりとならないように悉く避けていたことから、お互い取り繕った話しかしていない。最後に話をしておくのもいいでしょう。
「エルザが素直になってくれて嬉しいよ」
「仕方なくです。殿下はよくもまあ、親友のセザールがいなくなったというのに、平気なのですね」
セザールがいなくなって既に数週間は経っているが、愚王子は変化がなかった。陥れたと知っているでしょうに、わたくしに想いを寄せてくる。
「勿論平気ではないよ。昔から付き合いがあったから寂しいし、乱暴な一面があったことに悲しいと思っている。でも私は王太子だからね。公私をつけているんだよ」
「そうなのですね。わたくし、殿下はもっと情が深いと思っていました。せっかく庇われましたのに」
セザールがわたくしを突き落としたことを事故にした。殿下にその意は伝わっているだろうに、表情一つ変わらない。
わたくしは面白くなくて、もっと踏み込む。
「せっかく話をしているのだから、もっと有意義にしましょう? 殿下、矛盾していることはお分かりですか?」
突き落とした罪をなかったことにしたのに対して、今のセザールには罪を庇うことはなく、公私をつけているのだと感情の揺らぎ一つ見せず過ごしていた。
「理性なき獣は不必要だと、切り捨てたのですか?」
「エルザが相手では敵わないとは思っていた。素直すぎるからね、セザールは」
やっと感情が見えた。愚王子は昔を懐かしんでいるのか遠い目をして、寂しさのある苦笑いする。
「そう思っていて、なぜ庇われたのですか?」
「……知りたい?」
「はい。知りたいです」
その疑問がやけに気にかかっているのだ。とても大切なことだと、不思議とそう思う。
「素直だね。今の言葉は本当に、駆け引きのない純粋な疑問だった」
人好きするような笑みではない、自然と零れた笑みだった。それならまだ見ていられるのに。愚王子の顔だけは今でも好みのままなのよ。
愚王子は人差し指を立て、口元に寄せる。
「教えないよ。教えられないんだ」
揶揄う口調でなく、愚王子も心底から残念だという口調だった。
立てた人差し指からして、教えられないという言葉ですら言ってはいけないように感じた。




