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第17話 悪役令嬢は独り踊る/親友は楽しむ

 愚王子と比べれば、猫なんてどうでもよくなっていたが、いざやりあってみると心が清々しくなった。

 身分不相応な言動に、階段へと突き落とそうとした殺害未遂といつでも確実に罪に問える罪状を手に入れ、びくびくと怯える様子も見ることができた。

 庶民とやりやすい相手であったから当然の結末だが、愚王子との睦み合いにより愚かさが浸透していたことで、よりやりやすくなっていた。それもわたくしは何もしていないのに、勝手に自滅したものだ。


「どうやって料理しようかしら」


 切る、焼く、茹でるなどというように、料理方法は様々だ。他の食材と組み合わせることだってできる。


「熟成させる時間があるから、まだまだ悩めるけれど」


 猫が学園にいる、罰を引き伸ばした最終日、来たる卒業パーティーまでにね。


 突き落とされることになった夜会と同様、庶民である猫も卒業パーティーには参加することができる。勿論学生のためのパーティーであるためだ。

 猫の他、愚王子、セザールと報復対象全員が卒業学年なので、皆が揃った楽しい楽しい時間となるだろう。


「下拵えが必要なのよね。いらないところはもう捨ててしまいたいし」


 わたくしは面白くなってきて、くすりと嗤う。報復内容を考えるのもそうだが、例え話にしろ貴族であるのに料理人となって料理をしようとしている。


「料理はしたことがないから、その分たっぷりと嫌悪(愛情)は込めてあげる」


 その料理を食べさせるため、だから猫は直ぐに罪を明らかにしない。慈悲を見せたように見せかけて、わたくしの都合が十割だった。

 愚王子と両親を引き合いに出せば、おおよそのわたくしの頼みも聞いてくれるでしょうし。


 愚王子報復への取っ掛かりにしたいのよね。


 突き落としてきた者同士、猫とセザールの方がお似合いであるが、以前睦まじくしていた者同士の忘れられない関係を新しく曝す方が、話題になるだろう。そもそも突き落としたことは、セザールはなかったことにされ、猫は直ぐには知らせることはできない。


 猫にはぜひとも頑張ってほしいわね。


 愚王子とまた睦まじい関係に戻ってほしい。わたくしに愛が紡いできて煩わしくないように、愚王子が庶民と関わることで先行きが悪くなるように。




 わたくしは机に置かれた紙を手に取る。書かれているのは他国シャムニのことだ。

 オークランディ家主催の社交に参加していたときも聞きつけていたように、関心を持っている理由は、報復に関係してくるからだ。しかも報復の決定打となるものである。加えてに言うならば、公爵家を発ったヨトがいる先がシャムニである。


 行方不明となっていた第三王子が見つかったところから、事態は大分進んだらしい。続々とシャムニの貴族を味方につけて派閥を大きくしている。順調なことに、よしよしと満足するが、そうでもない点が一つある。


 忙しく、争い事は絶えないのかしら。だから、手紙一つもよこさないの?

 そのせいで、お兄様から寂しいだろうと揶揄われている。


「別に寂しくはないわ。ただ……ずっといた習慣で呼んでしまうのよ」


 ヨト、と。


 誰もいない、森閑とした空間だ。紙は裏返しにして机に置いておき、両手を広げて持ち上げ、虚空を軽く掴む。相手がいることを想像して、わたくしはステップを踏む。


「ふん、ふんふん……」


 鼻歌を交えて踊る。指先一つの美しさまで手を抜かないで、くるくるり。ドレスの袖が靡き、裾はふわりと浮いて膨らむ。


「ああ、とっても楽しみね」


 今はいない人物に話しかける。

 いずれくる未来の予行練習。わたくしはもう暫く、衝動に駆られるまま独りで踊り続けた。


 *



「今日はちょっと寄り道をしませんか?」


 影のある表情だと気付けたのは、その言葉のおかげだった。逆に言えば、それまではアリスの異変に気付くことができなかった。


 アリスの誘いに乗り、学園からの帰り道に市井を巡る。安全のため俺は毎度アリスの家まで送り届けているが、いつも通っている道が新鮮に見える。最近は俺自身の罪の自責と、叔父のカミッロに恐怖する弟のレンをどうにか安心させることで毎日が手一杯となっていた。

 久しぶりに周りに目を向けて、アリスとの時間を楽しむ。そう、アリスも一緒に気が晴れてくれればよかった。何か抱えているのは後ででもいい。だが、アリスはずっと何かに怯えるようにして、周りに目を向けて警戒しており楽しむどころではない。


 俺は後回しではいけないと、その場でアリスと向き合う。


「アリス、今日はどうしたんだ。様子がおかしいぞ。……まさか、どこぞの女から脅されているのか! 誰なんだ!」


 日頃アリスを虐めてくる女の名前を覚えているところから言っていく。アリスは涙目になってふるふると頭を振る。どの女も違うらしい。


「なら、男か。それともエルザなのか!?」

「ち、違います。誰でもないんです。誰でもないから……」


 視線を定めずうろうろと迷わせているので、分かりやすく嘘だと見抜けた。アリスはそもそも日頃嘘をつかないためか、嘘をつくことが下手である。


「ほら、これ見てください! とってもかわいいぬいぐるみですね!」

「こ、これがか……?」


 誤魔化すにも程がある。縫い目が荒くほつれ、形は歪な熊のぬいぐるみを指差しながら言われる。


 呪われていると言われたら信じてしまいそうな熊だな……。


「それはないと思うぞ」


 女の好みがよく分かっていない俺でも、流石に違うだろうことは分かる。


「そんなことないです! この、その、そう! 右耳が丸くてかわいいじゃないですか!」


 必死すぎて、言っている内容を理解できていないのだろう。

 熊なのだから元々耳は丸いぞ。あと、かわいいのは右耳だけなのか。


「く、ははははははッ!」


 ああ、なんておかしい。

 熊もだが、アリスが特に。


「頑なにかわいいと言い続けなくともいいじゃないか」

「あ、うぅぅ。セザール様の意地悪!」


 顔が真っ赤になったアリスはそれこそかわいい。

 本人は睨みつけているつもりだろうが、痛痒も感じない。



 熊のぬいぐるみは通行人に見えやすいように店内に置かれていたのだが、俺とアリスの騒ぎを聞きつけた店主が登場。だが、店主が置いたわけでなく、幼い娘が不器用ながらも作って、勝手に置いたものらしい。

 幼い娘も登場して、懸命に熊のぬいぐるみのよさを自信満々に自慢する。アリスはそれを聞いて、自らもよさを見つけて伝える。


 怯えなんてなく、久々に心の底からの笑顔を浮かべていた。

 俺もそれに合わせて笑顔を浮かべてしまう。



 なんて楽しい時間だろう。

 アリスが怯える理由は分からないままになっているが、その怯えはなくなり、アリスは楽しそうだ。俺も久々の楽しい時間を過ごすことができている。


 この時間がいつまでも続けばいいのに。

 シリルがエルザを選び、俺はアリスを任された。知らないのはアリスだけだ。俺はアリスにこの想いを伝えていない。


 もうこの想いを告げてもいいんじゃないか。

 というより、俺が堪えきれない。


 アリスはシリルを諦めきれない。だから、告白するのはもっと時間をかけて、アリスが俺のことを好いてもらえるように努力をしてからにしたいと考えていた。

 だが、想いを告げることで、答えはともかく俺のことを男として意識してくれるだろう。そこから、俺のことを好いてもらえるように努力することも可能なはずだと、考えが変わっていく。


 この楽しい時間の内に告白する。

 即決し、後はタイミングと告白を口にする勇気のみ。


 だから、俺はアリスが怯えていた理由を後回しにした。寄り道をしようと誘いかけてきた時点で暗い表情をしていたことから、この寄り道には怯えるに値する何かがあったはずなのに、そのままにしてしまったのだ。


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