第14話 悪役令嬢は責任を持つ
セザールの裏切りが分かり、わたくしは遠慮なく報復するために動いた。
といっても、わたくしがしたことと言えば、仕掛け人に手を回しただけだ。
「人使いが荒いな」
「かわいい妹のためでしょう? 賠償金をたんまり取ってくれたのだから、その分は働いてもらわないと」
公爵家の書斎にて、ゆったりと落ち着いて腰を下ろして話をする。セザールの裏切りが分かったその日の内、お兄様が仕事に一区切りをつけた夜に話をしていた。
「社交界に出ているだけで報いていると思っていたら困るわ」
「出ているだけというが、女の目線はうるさく、男の醜く見当違いな八つ当たりの他に、愚王子の派閥を抜けた立ち回りをしているのだが?」
「お兄様にしかできないことなんだから仕方ないじゃない。殿方の集まりにわたくしが混ざってもどうしようもないわ」
我が国ヴェネフォスでは大きく二つの派閥がある。王の後継者争いに関係して、愚王子こと王太子を押す派閥と、五つ年の離れた弟君を押す派閥だ。愚王子は幼い頃から王としての資質を現わしていたことで、王太子として扱われており後継者に決まっているのだが、それを認めず諦めきれない者が弟君の方を押して足掻いている。
だが、最近の愚王子は庶民の猫と睦まじくして、わたくしが不幸な事故に追いやられた三人の内の一人であることから、王としての資質が問われており、小さかった派閥が急拡大している。
愚王子の婚約者であることから、かつてのメルデリューヒ公爵家は愚王子の派閥に属していた。だが、不幸な事故以降、その派閥から抜けて、弟君の派閥にいきなり入るまではいかないものの接近している。
これまで愚王子の派閥の筆頭だったことで信頼がないが、そこはわたくしが愚王子を嫌っている姿を見せていることで受け入れられつつあった。
政治は男がするものという風潮があることで、例外を除くと政治の担い手は男になる。例外と言っても、先代が突然死し、次代の子が成人するまでの空白期間を妻が務めるといったことだ。一時的な代替として女は立てられて、いかに男よりも能力が優れているといっても、女は嫁に出されて夫を支え、子を産むことが求められている。当主になることはない。せいぜい貴人の世話役として侍女になれるぐらいだろう。
両親が早世した関係でいかにわたくしがお兄様の補助として内政に関わっていても、女のわたくしは所詮お手伝い程度にしか認識されないもの。
女が行う社交は決して侮れるものでなく、人と人を結び付けて交易に繋げたり、親しくなった相手に便宜を図らせたりでき、政治に関わってくるものだが……女の立場とはそういうものよ。分かっている人は分かって、女性を頼りにするものだけれどね。
とにもかくにも、わたくしは女で求められる役割が異なることから、殿方の集まりに入って政治の話はできない。
「お前ならばできないこともないと思うが」
「わたくしが社交界の花と言われようともできないことはあるわ。なにより学園を休んで社交に出るわけにはいかないもの」
今日の学園は祝日だったかしら、と言われて終わりよ。学園をサボって社交に出ても説得力は何もない。
夜会と夜の社交はあるが、わたくしは長らく療養していて心身共に弱っていることを演じているのだ。同情心を買うことは成功して、愚王子があまりに鬱陶しいことから、次は強気に出ていきたい頃だが、学園に通いながら夜会に出るというのは肉体的な疲れが大きいものだ。弱っている演技に矛盾が出てしまう。
「休日の社交には出ていくつもりはあるけれど、お兄様はこれからもどんどん社交に出てちょうだいね。回数をこなすほどに情報戦は有利になるし、野心がある者をけしかけることができるから」
わたくしが置かれた状況をお兄様が訴えることで同情心を買い、弟君の派閥に属する者を勢いづける。そして、セザールへの報復のために、父親の宰相の立場を引きずり落とす。野心を引き出し、その者をけしかけるのだ。
セザールの父、バジーリオはその能力をもって宰相まで成りあがった。王の信頼が厚く汚職することなく潔白な人間であることで、失脚させることは難しい。だが、息子であるセザールが猫に今でも入れ込んでおり、わたくしが不幸な事故となる前に追い詰めてきたことでつける。息子のしでかしていることは父親の責任にして問うのだ。それがセザールを苦しめることに繋がる。
成り上がりの宰相には敵が多い。成り上がりでなくとも宰相の座を求める者は多いので、敵がとっても多い。いくら王が庇いたてても、宰相をやめるよう言う者が多ければ庇いきれない。
セザールは直情的だから、まだまだ醜聞になることをしてくれそうだし。
猫という弱点が分かりきっており、誠意を見せ、愛を紡いでくる愚王子と違って、セザールは貴族の間で評価が下がっている。とってもやりやすい相手で、報復の仕方は様々だ。
突き落として、裏切ってみせたことだし、一番よい方法で報復してあげるのだけど。
だから、セザール以外にも不幸せになってもらう。父親の他、愛すべき家族にも。
ちなみに王にも、信頼できる宰相をなくすことで報復できることになっている。宰相を引きずり落とすつもりであるが国を滅ぼすつもりは勿論ないため、王に関してはこれで報復を手打ちとする。
「それで、次は何をするつもりだ? どうせ俺に何かをさせるつもりなのだろう」
お兄様とは情報交換を頻繁にしているが、今日はセザールに裏切られている。新たに動くつもりだろうと確信を持たれていた。それに違いなのだけれどね。
「猫に関するお楽しみはとっておいて、カミッロをけしかけようと思うの」
「前に言っていた叔父か」
酒好きで女好き。バジーリオと口喧嘩した後は酷いもので、顔だけはいいことを利用して女に寄生し、女の家に入り浸っていた。だが、最近は顔のよさも年齢の衰えが現れてきており、女の間で要注意人物として知れ渡ることで効力が発揮しなくなっている。今では借金をしている上、賭博にはまっている。
「害悪にしかならない男を縁も切らないで放っておくなんて、馬鹿よねえ」
情が厚いことは世間ではよいことだと言う。わたくしも同意するが、情をかける相手は例え家族であっても選ぶべきだ。家門の恥さらしとなり、敵にその隙をつかれることになる。
「というわけで、お兄様―――はタコ殴りにされてしまうから、誰か腕が立つ者をカミッロまで送り込ませましょう?」
カミッロは落ちぶれて市井に行きつき、後ろ暗い者たちと賭博に励んでいる。
家族の危機よ、とわたくしたちが親切にも知らせてあげないとね。害悪にしかならない男が当主になって権力も名誉も財産も手に入れようと夢見ても、害悪しかもたらさらないだろうけど。どんな者にでも家族への情があるはずだしね。害悪以外にも、もたらしてくれるものはあると希望を持ってみないと。
計画を立てて気分よくなっていると、お兄様が重々しく口を開く。声が一段と低かった。
「これはお前の報復だ。俺はお前の計画に唯々諾々と従ってやるが……いいのか。幼い子どもを巻き込むぞ」
お兄様はセザールのかわいい弟のことを言っているのだろう。
「そんなの、今更な話だけれど」
「俺たちと同じ想いをさせることになるぞ。今ならまだぎりぎり、踏みとどまれる」
「……」
両親が早世し、まだまだ幼かったわたくしとお兄様はたくさんの苦難を経験することになった。今でこそ生き残って侮られないようになったが、親戚から家を乗っ取られたり他家から年若いからと交渉の余地なくすげなくされて、多くの苦労と堪えがたい屈辱を味わったものだ。
わたくしが報復を続ければ、セザールの弟がそれと同じ目に遭う。
「冷酷なお兄様にも、可哀想に思う気持ちは残っていたのね」
「おい」
「分かっているわ、お兄様。でも、可愛想であっても、わたくしはセザールへの報復の手を緩めない。報復は必ずするわ。それが、両親が早世してから必死に生きてきてできた、わたくしたちの生きざまだもの」
そうでしょう、お兄様。
そう問いかけてみせれば、お兄様は「そうだな」と不敵に口角を上げる。
「覚悟は聞けた。ならば、言う通りに動くとしよう」
わたくしが直接手を下さないにしても、わたくしが計画を立て、手を回して報復している。その責任は忘れることなく持っている。
お兄様にああ啖呵を切った手前、口には出さないが、セザールへ報復をするにしても家を取り潰すまではやめておこうと、幼くかわいい弟に免じて計画を立て直しておく。お兄様のせいで、幼かったわたくしたちと重ねて見てしまった。
そのせいでその弟が生き残って恨み事を言ってきても、真正面から受け入れよう。逆襲をしてくるなら、返り討ちにしてあげる。
次の日の夜、飲んだくれていたカミッロは家族の危機を聞きつけて、その足でオルコック伯爵家に行った。伯爵家の内部までは窺い知れなかったが、カミッロの深夜の訪れに混乱したようだ。そしてカミッロは兄であるバジーリオの怒りを買い、絶縁だと追い出されることになる。
これでセザールは自身と家族の置かれた状況を知っただろう。ようやく自身がしでかしたことに見合う苦痛が出てきたのではなくて?




