第10話 悪役令嬢はお茶会に招かれる
先生方の呼び出しは、学園を休んでいたことによる勉学の遅れを取り戻すためだ。わたくしは齢十八と、既に卒業間近の学年である。だからといって、公爵令嬢が卒業できなくなったなんて、学園にとっては醜聞となりえる。
どうにもならない負傷で長期間の休みを取り、復帰後に当人が努力するが、実を結ぶことはなく泣く泣く卒業できなくなった。しかも公爵令嬢、王太子の婚約者とされるほどの優秀な者が。これは当人に不足があったのでなく、学園に不手際があったのではないか―――なんて、言われることになる。
学園は優遇を図ってでも、卒業はさせるだろう。
わたくしはその優遇の証である大量の課題やテスト予告を持ち帰ることになった。王妃教育をやっていた以上、学園の授業を受ける必要がないほど教養は身につけているのだが……はあ、面倒くさいわね。手伝わせるヨトはいないし、お兄様に頼んでも確実に断られる。
「カルメリタ、よかったらわたくしの代わりにやってみる?」
「わたくし、お手伝いした気持ちは強いのですが……とても大切な用事があるので難しいですね」
「そう……もし手伝ってくれるのなら、お抱えの商会が開発したばかりの新商品を友情の証にお渡しするつもりだったのだけれど。今回もとってもいい化粧品を作ってくれたの。保湿クリームだけれど、とろけるような肌の触感に仕上がるのよ」
わたくしの名の元に、化粧品を主な商品として立ち上げさせた商会がある。開発者のパトロンになって援助を惜しまず庇護しているので、とても品質がいい。新商品は品切れになるばかりだ。材料に貴重なものを使用していることもあるが、わざと品数を限って貴重さを売りにしているためでもある。勿論、パトロンであるわたくしには関係がないことなので、お友達に分けることは可能だ。
「そういうことでしたら、どうかお手伝いさせてください。わたくし、教養について自信がありますの」
「大切な用事とやらはいいのかしら?」
「エルザ様をお手伝いをすることに比べれば、些末なものでした」
「ふふふ、ほんと利己主義ねえ」
「エルザ様と比べたら、課題を手伝うぐらいかわいいものですよ」
カルメリタは柔らかくおっとりとした雰囲気を持っているが、中身は利益を追求する狡猾さを持っている。欲しているものが分かりやすいので、利益を与えられる財や立場があれば、良好な関係を築ける。
次期王妃の信頼できる者として便宜を図り、また約束することで、カルメリタは堅実に功績を積み重ねていき、わたくしのお友達筆頭に君臨することになっていた。
「わたくし、殿下とは婚約解消をするつもりだけれど」
「お付き合いしますよ。既に殿下に見切りをつけられるほど、よりよい縁を見つけていらっしゃるのでしょう? そうでなければ婚約解消をすると決めていないはずですもの。それに」
カルメリタは立ち止まると、ほんの少し顔を傾ける。それだけでかわいらしく蠱惑的なまでに見えるものである。
「利益なしにしても、エルザ様のことは信頼していますのよ。どこまでも、末永くお付き合いしますとも」
「あらそう。初耳だわ」
カルメリタは昔馴染みで良く知った相手だ。そんなわたくし相手に、わざわざ立ち止まって顔を傾けてまでして、信頼していると言葉を強調した。
利益を与える者、与えられる者の関係だと思っていたけれど……長い年月を共にしていることは無意味ではないわね。愚王子でいうところのセザールのような親友ではなく……悪友かしら。仲がとってもいいことには変わりない。
「なら昔馴染みの悪友に、全面的にお誘いしようかしら。愚王子とその他を交えて、楽しんで遊びつくしましょう」
*
「本日は突然にも関わらず、呼びかけに応じてくださってありがとうございます。エルザ様、ささやかな快気祝いとなりますが、楽しんでいただけると幸いです」
カルメリタはその日の内に、学園にあるサロンでお茶会を開いてくれた。課題とテストは後回しだ。先生方にお願いして、通い始めの初日は許しをもらっている。
快気祝いなので少人数で丸テーブルを囲んで座り、ゆったりとお茶会を楽しむことができる環境だ。
「エルザ様、とっても心配しましたわ」
「もうお体は大丈夫と聞いていますが、無理せずお申し出くださいね」
「お気遣いありがとう、皆さん。そのときは遠慮なく言わせてもらうわね」
否定しないで、表情を綻ばせる。
「ええ、ええ」「私たちのことは気になさらないでいいですから」とまくし立ててくるので、親しくしているお友達にも弱々しさは発揮しているらしい。その中で口を挟まないにしろ、こくこくと頷いているメイジーは目立つ。
少人数のお茶会ならば、確実に男爵令嬢であるメイジーは省かれるものだ。そこをほとんどの事情や報復を話したカルメリタほどではないにしろ、見舞わせたことで他の者よりは事情に通じているので、メイジーは参加させた。お茶会の流れをコントロールするためであり、サクラのためだ。まずは試してみようかしら。
「メイジー、先日はお見舞いに来てくれてありがとう。寂しい想いをしていたから、メイジーとお話ができて楽しかったわ」
「私も楽しかったです。ただ私でなく皆様ならもっとエルザ様が楽しめたでしょうから、不肖を恥じ入るばかりです。私は類稀なる幸運で機会に恵まれましたが、皆様も同じように心配して再び会える日を待ち遠くしていましたから、なおさら」
お見舞いのときは親友だお姉様だと騒ぎ立てていた。だが、今はお淑やかに男爵令嬢の身分に相応しく、またこれまでは顔見知りに近いお友達だった立場に相応しく謙遜して他の者を立てている。
メイジーの台頭に面白くないと思う者は確実にいるはずだが、物分かりがいいならば可愛がってわたくしの印象をよくし、利用することを選ぶだろう。
思い上がることなく噂を広げてくれたというメイジーのことは、カルメリタから聞いていた。実際に目で見ることで、違いないと確認でき満足する。使い道は多そうだから、嵐のような暴走は……時々ならば許容して、これからも使っていきましょう。
「謙遜しなくていいわよ。メイジーだからこそ面白い話が聞けたのだから」
試すのは終了、これから取り立てていくために擁護しておく。「恐れ入ります」とメイジーが言って、次の話に切り替わっていく。
お茶会での話など、次々に移ろいゆくものだ。わたくしがいなかった間の学園から始まって、お茶会に出されている流行の茶菓子に、島国シャムニからとれる黒い宝石でできた装飾品、カルメリタが知ったばかりの新商品である保湿クリーム、安らぎの効果のあるオススメのオイルに音楽、親や兄妹とのちょっとした話をしていく。
わたくしと愚王子の関係を話題に出すものはいない。興味はあるだろうに、わたくしに配慮して徹底的に触れないでいるのには好感が持てる。話題にするとしても、わたくしが話し始めるのが前提だ。だが、それではつまらない。
「あ……」
わたくしの顔を見て、小さく呟やかれる。注ぎ続けられる目線もあって、お友達の中で驚きは連鎖する。
「エルザ様、こちらを」
カルメリタにハンカチを差し出されてから、さも今気付いたとばかりにわたくし自身の頬に触れる。そこには静かに流しておいた一筋の涙がある。
「ごめんなさい。わたくし、皆さんとお話しして安堵したみたいで……」
衝撃は与えられた。次は疑問である。
もごもごしているお友達を代表して、カルメリタが問いかけてくる。
「どうしたのですか、とは愚問ですね。殿下のことでしょう。お話ならお聞きしますわよ」
「カルメリタ……」
「私たちもですよ、エルザ様」
「無理にとは言いませんが、もしお話ししてくださるのなら秘密にすると誓います」
「皆さんも……」
女の涙はここぞという時に、惜しまず使うべきである。その準備として、わざわざ学園のサロンの一角を選んだのだ。個室ではないので、お友達以外にも衆目がある。
はらはらと涙を流してしまえば、わたくしのことは学園中に広がるだろう。不幸な事故以来、初めて姿を現したわたくしは注目されており、サロンにいる者の大半はわたくしを目的にやってきたと推測している。でないと、サロンがほぼ満席にはならないでしょう?
「ありがとう。御心だけいただくわね。私が至らなかっただけの、恥ずかしい話だから」
「そんな!」
このあたりはメイジーと同じ反応。
多くは語らない。噂は面白おかしい方に膨らむことは知っている。今回に関しては噂が悪い方向にねじ曲がることはよっぽどない。どうぞ皆さんでたくさん噂してちょうだい。
励ましの言葉が続く中、勇気あるお友達がこれもまたメイジーと同じような疑問をぶつけてくる。
「その、殿下とのお付き合いはどうなさるのですか? 本日のご様子では、エルザ様に想いをよせていましたが」
「あの庶民との関係も見直しているご様子ですしね」
登校時の宣言通り、愚王子は教室でうんざりするほど話しかけてきた。熱烈な愚王子に対し、わたくしは接触を避けようとする態度だ。当分は傷心でいるつもりなのに、愚王子は心が折れることなく羽虫のごとくうるさかった。
結局、察しのいいお友達がわたくしを囲んでガードするまで諦めることはなかった。わたくしは愚王子を思い出して内心苦々しくしながら、窓―――王城のある方向を見て悲し気に言う。
「殿下とは幼い頃からのお付き合いで、婚約期間も長くそれだけ想いを寄せていたけれど…………もう終わったのよ。少なくとも、わたくしはあの事故をきっかけに」
わたくし自身でも呆れるぐらい、愚王子には深い想いを寄せていた。お友達からしたら、わたくしの学園での様子を今日一日見ていても衝撃的なはずだ。微動だにしていないお友達の様子は見ていて面白い。
「よほどのことがあったのですね……」
メイジーがいいアシストをしてくれる。ただウインクするのは余計よ。眉を一瞬顰めて意を伝えておく。
お茶会に参加したお友達はわたくしの味方につけた。元々よく親しくしている子を選んだので、予定通りである。
このままわたくしのお友達内では周知され、わたくしと愚王子を引き合わせてくることはなくなるだろう。いても、お友達をやめるだけだ。
わたくしはこうして愚王子より有利な噂に変えていくのに加え、次の婚約者の座を狙う、野心ある女をけしかけていく。愚王子は余所見すらすることなくわたくしへ想いを寄せ続けてくるが、わたくしに付きまとう邪魔立てには成功した。これで多少はゆっくりと過ごせるわ。




