すいません、公爵夫人が暗殺できません
俺の名はジョーカー。
その世界じゃ名の知れた暗殺者って奴だ。
俺に狙われたが最後。逃げ切れた者はいない。
何処へ逃げようが追い詰め、どれだけ厳重に警備しようがかいくぐって命を頂く。
今回のターゲットはパレオログ公爵夫人。
何でも平民出身でしかも元は冒険者だったらしい。
パレオログ公爵といえばこのイリス王国で大きな権力を持つ人物のひとり。
厚い信仰心と確かな知恵と閃きで彼を支えているのが平民出身の公爵夫人である。
そんな彼女を疎ましく思う者もおり、今回の依頼もそういった人物からのものであった。
政治に興味はない。ただ依頼をこなすことが俺の仕事である。
公爵夫人は表舞台に顔を見せることはほとんどない。どうやら病弱らしく屋敷で伏せている事が多いとか。
そんな公爵夫人がとあるパーティーに来賓として呼ばれているとの情報を得た俺はそこで彼女を暗殺する事とした。
恐らくは女傑ぞろいで有名な『パレオログ侍女隊』が警備に当たっている事だろう。
特に侍女長であるフルーレは元王国騎士ということもありかなりの使い手として有名だ。
とは言え、俺にとってはさほど脅威でない。
別に正面から闘り合うわけでは無い。
あくまで俺の専門は『暗殺』だ。
□
パーティー当日。
驚くほど簡単に潜り込むことに成功した俺は少し拍子抜けした。
だが油断は禁物。侍女達の中にはやはり『侍女隊』のメンバーが混じっていた。
情報通り、公爵夫人は若い女性であった。病弱そうには見えないのだがな。
朗らかな笑顔を周囲に振りまく彼女に少しずつ近づく。
大勢の人がいる中だが逆にこれは俺にとって好都合。
隙を見て隠し持っていたアサシンダガーで背後から首に一撃を入れた。
カンッ!
「え?」
何か変な音がした。
普通ならターゲットが硬直し動きを止めるものだが公爵夫人は平然と歓談をしていた。
あらら、何か変だぞ?見間違いじゃ……ないよな?
とりあえずじっとしているのはまずいので離れるとしよう。
距離を取り、公爵夫人に突き立てた獲物を確かめてみると……ものの見事にポッキリと折れていた。
馬鹿な!?ドラゴンの皮膚すら貫く一級品だぞ!?
まさか首筋を狙われる事を予見して防御結界を貼っていたのか!?
否!このアサシンダガーには『魔法無効』のスキルも付与されている。防御結界など意味を為さない。
という事は……まさか皮膚が恐ろしく硬い?
いやいや、だってさっきも言ったがドラゴンの皮膚を貫くんだぞ!?
ならば……結論。恐らく武器の手入れを怠った。そうなのだろう。
全く、一流の暗殺者の名折れだな。自省せねば。
ならばプランB。毒殺といこう。
用意したのは猛毒を持つモンスター、イビルタイパンの毒だ。
ほんの1滴で数百人を死に至らしめるというこの猛毒で確実に死を運ぶとしよう。
ウェイターに成りすました俺はさり気なく毒が盛られた軽食を勧める。
「ありがとう。美味しそうだね」
微笑みながら公爵夫人は軽食を手に取ると口に運んだ。
一口かじると間もなく、公爵夫人の表情が変わる。
「うぐっ……こ、これは」
よし、成功だ。少しの間苦しませる事になるが仕方ない。
口元を抑え、呻く公爵夫人を尻目に俺は逃走を開始するが……
「すっごく美味しい!!」
え?お、美味しい!?
驚いて振り返ると公爵夫人は目を輝かせながらピンピンして軽食を頬張っていた。
おかしいな。イビルタイパンの毒だよな?数百人を死に至らしめるんだよな?
まさか持ってくる毒を間違えた!?
もしくは毒を盛っていないやつを食べさせた?
いや、この俺がそんなミスをするはずがない。
ちょっと意味が解らない。とりあえず失敗だ!!
次にバルコニーの手すりに細工をしてみた。
もたれかかったら転落死するようにしたのがあっさりと着地された。まあ、そりゃそうなるよな。
シャンデリアの真下に来た時にシャンデリアを落としてみた。
だがあっさり受け止められあろうことかそのま床に置かれた。そんな事出来るの!?
ちょっと待て。これは流石にマズイ。
これだけ変な事が起きたら暗殺者の存在が疑われだす。『侍女隊』も警戒しながら仕事をしている。
というかこれだけ妙な事が起きても続いているパーティーって凄いよな。
そして何より……この公爵夫人。『どうやったら殺せる』んだろう?
もう半ば投げやりに『魔導爆弾』を仕掛け俺は立ち去った。
暗殺者の矜持などあったものではない手段だがどうせ失敗するんだろう。
丁度依頼者から渡された『最終手段』で俺には邪魔なブツだったから処分できて助かったぜ。
□□
酒場でグラスを傾けながら思った。
騒ぎになっていない。爆弾も失敗したんだな。
参ったな。任務失敗という事は口封じで刺客が送られるかもしれない。
まあ、もういいや。だってさ、あんなの『どうやって暗殺したらいい』んだよ!!
「はい。これ、『忘れ物』だよ」
置いたグラスの横に金属の塊が置かれた。折れたアサシンダガーの破片だ。
見れば先ほどの公爵夫人が俺の隣に座っていた。
会場で見たドレスでは無く冒険者風の格好をしている。
店内には数名の侍女達の姿があった。ああ、終わったわ。
「ははっ、どうも」
やっぱり爆弾でも殺せなかったか。そうだとは思ったよ。
「あんたさ、どうなってるんだ?」
「まずさ、あたしは『闘気硬化』が出来るんだよね」
『闘気硬化』とは『闘気』を纏う事で身体を硬質化させ攻撃を防ぐ高等スキルだ。
ただ、それでも俺のダガーを受け止められるというのはおかしな話だ。
「あたしの『闘気硬化』時の最大硬度は『アダマンタイト』に匹敵するからね」
意味わかんねぇ次元の硬さだぞそれ。
そりゃダガーも折れるか。
「イビルタイパンの毒は?」
「あれはさ、最初ちょっと効いたんだよね。あたし、家族に『毒使い』がいるから大抵の毒には抗体を持ってるんだけどイビルタイパンの毒は抗体が無かったんだ。だから……根性で抗体を作った」
すいません。意味が解りません。
え?抗体って根性で作れるの?
というか家族に『毒使い』とか物騒じゃね?
「ちなみに爆弾は?」
「危なそうだったから穴を掘ってそこで……『叩き潰した』!!」
ごめん。マジで意味が解らない。こいつだけ違う世界の生き物なんじゃないのか!?
ただ、とりあえひとつだけずわかったことがある。
もう依頼受けた段階から詰んでるじゃん。『理不尽』に足が生えてるような生き物だ。
無理。超無理。こんな生物殺せない。
「それで、今度は俺を叩き潰しに来たわけか」
「え?違うよ?あたしはあなたを雇う為に追いかけてきたの。その身のこなし、ただものではないと一目でわかったよ。是非ともウチで働いて欲しいな」
「自分を殺そうとした男をスカウトする気かい?随分と胆が据わったお嬢さんだな。だけどそれだけ強かったら俺なんぞ雇わなくても身は守れるだろ?」
「あたしがひとりで守れるのはこの両手の届く範囲だけ。そうすると零れ落ちてしまうものも出てくるんだよね。だから、あなたみたいな人を傍に置いておきたいな。ああ、暗殺したければいつでもOKだよ。ただし、あたし限定でね」
物好きな女だな。
まあ、ターゲットを殺せず次に行く事は暗殺者としてのプライドが許さない。
「だが問題があるぜ。依頼に失敗した俺の元へ口封じの刺客が送られる。俺は結構な厄介者になっちまうんじゃないのか?」
「そう言えば外に変な気配の人達がいるね。それじゃあ……」
公爵夫人は立ち上がると背伸びをする。
「まずはあたしがあなたを守ってあげようか」
「おいおい、いいのかよ。立場ってものがあるんじゃないのかい?」
「いつから公爵夫人が暴れられないって錯覚してたのかな?それじゃあ、答えを決めておいてね」
にこっと微笑むと公爵夫人は外へと出て行った。
聞こえてくるのは刺客の悲鳴とうめき声。
何が起きているかは大体想像がついた。
「はぁ。やべぇのに捕まっちまったな」
しばらくしてまるでその辺を散歩してきた様な、何も起きていないといった表情の公爵夫人が戻ってきた。
これは覚悟を決めるしかねぇな。
□□□
時が経ち、俺は何だかんだでパレオログ家に仕え続けた。
時折、思い出したように暗殺を試みるが当然一度たりとも成功しなかった。
「ねぇ、じいや。お祖母様はどんな人だったの?」
「そうですね。数々の伝説を残した方ですがそれはそれは……」
壁にかけられた肖像画の中では俺にとって生涯殺すことが叶わなかったターゲットが微笑んでいた。
「破天荒且つ理不尽の塊みたいな方でした」
今回登場している公爵夫人は関連小説、『光の戦士デュランダル』の主人公、ホマレの妹であるメールです。